76.田舎のカジュイ
セシリアを馬車に乗せ、俺たちはセシリアの故郷に向かっていた。
腕の良い鍛治師がいるようで、元宮廷に仕えていたらしくセシリアと仲が良いのだとか。
せっかくだと思い、俺は一度会って剣を作ってもらうことにした。
馬車の窓から見える綺麗な田畑を眺めながら、ウルクが言う。
「美しいな、自然を感じる」
「まぁ田舎ですから、これくらいしか取り柄がありませんけどね」
セシリアが謙遜すると、ウルクが鋭い視線を向けた。
「それでも素晴らしいことだ。これだけの美しさは、ドラッド王国を探してもそうあるものではない。自信を持て」
「あ、ありがとうございます」
俺と似たような照れをするセシリアに、思わず微笑む。
「ふふっ、昔のアルトを見ているようだな」
「奇遇だね、俺もそう思ったんだ」
「まるで今は違うみたいな言い方だな、アルト」
「え、だいぶ変わったと思うんだけど」
うん、自己否定や自分を卑下することはなくなったと思う。
だけど、自分の力で変われたとは思っていない。
「変われたのも、俺一人の力じゃないよ。ウルクが支えてくれたおかげだ」
「そ、そうか? わ、私も少しはアルトの力になれていたのなら、嬉しいが……」
ウルクが照れた様子の挙動をする。
セシリアが「……男同士なら良かったのに」と呟く。
「え? 何か言った? セシリアさん」
「へっ!? いえ! 何も言ってないです!」
セシリアが汗だくになって思う。
(あ、あぶっな〜! この二人と一緒に居るとつい気が抜けちゃう……うーん、年齢的にはアルトさんとウルク様の方が年下だからかなぁ)
しばらく馬車を走らせると、目的に到着して停まる。
セシリアさんの家には馬小屋があるらしく、そこを少しの間借りて馬車を入れさせてもらうことにした。
一軒屋の前に、俺たちは立つ。
「あの、本当におもてなしとかできないんですけど、大丈夫ですか……? 来賓の方が泊まる部屋もかなり貧相ですし……」
セシリアの中で、貴族といえば威張っていたり、豪華な装飾品で身を包んでいる人間が当たり前だと思っていた。もちろん、学園なら平等ではあるが、ここは学園ではない。外の世界なのだ。
最高級品のベッドもなければ、屋敷もない。農民が暮らす普通の家だ。
「何か問題があるのか? 多少の汚れなら気にしないぞ。いつも外では血まみれだったしな」
「床で寝ても十分休めるから、問題ないよ」
(この人たち! 本当に貴族なんですか!?)
普通の貴族をある程度知っているセシリアにとって、やはり二人は異常な存在に見えた。
セシリアがため息を漏らしながら、家の玄関を開けた。
ギギィと木製の音を立てて開く。
「ただいまぁ。ユフィ、いる?」
あ、そういえば妹さんが居たんだっけ。
セシリアさんは妹好きって言ってたけど……どんな子なんだろう。
部屋の中に、見知った人物がいた。
「あーん……うむ。なかなか行けるな、悪くない。もう一口だ」
金髪に軍服のような服装をした男性だ。
ポニーテールをした元気そうな黒髪の少女に、あーんをされている。
ウルクが驚きのあまり、頬を引き攣らせながら呟いた。
「ラ、ラズヴェリー侯爵……か?」
「ほら早く、あー……」
ラズヴェリー侯爵と視線が合い、固まる。
見てはならぬ光景を見たような気がした。
向かい側にいる少女が、声を上げた。
「あ、お姉ちゃん! 帰ってきたんだ!」
だが、それ以上に驚いた表情をしていたのはセシリアだった。
「し、知らない人が……私の家にいる……!」
それもそうだろう。
俺とウルクは、ラズヴェリー侯爵を知っているものの、まさか『あーん』されている光景を目にするとは思っていなかった。
セシリアからすれば、家に帰ったら知らない人と妹が恋人のように振る舞っているんだ。
そりゃ怖い……。
「……おやこれは、ウルク様。こんな場所で出会うとは、奇遇ですね」
何もなかったかのように平然と喋り出すラズヴェリー侯爵に、ウルクがさらに顔を引き攣らせた。
「いや、流石に流すのは無理があるだろう。さっき、その少女にご飯を食べさせてもらっていたではありませんか」
「はて、なんのことですか? 私は侯爵であり、この国の国防を背負う者です。片田舎の娘にご飯を食べさせてもらっていた? ハハハ! 見間違えでしょう」
「ラズ? 田舎を馬鹿にする癖、まだ治ってないの?」
ラ、ラズ!?
様も付けず、ラズヴェリー侯爵を呼び捨てに、しかも軽く言うユフィに俺は怒るのかと思っていた。
「す、すまない……その、もう二度としないよ」
「約束だからね、ラズ」
あまりの変化にカルチャーショックを起こしたウルクが、頭を抱える。
「誰だ、あれは誰なんだ。私の知っているラズヴェリー侯爵ではないぞ……別人じゃないか」
俺も同意し、言葉に詰まる。
平民を馬鹿にして見下していたラズヴェリー侯爵の姿は見る影もない。
完全に別人だ。
「なんだ。貴様もいたのか、アルト」
「は、はい。まぁ……」
横柄な態度は変わらないままだが、どことなく前よりもかなり柔らかさを感じる。
馬鹿にされているような気が一切しない。
「ふん、知りたいか。私が変わった原因を」
そりゃもちろん、と思い首を縦に振ると、ウルクも首を縦に振っていた。
「話してやろう。私とユフィとの出会いを」





