75.腕の良い鍛治師
アルトは今日も礼儀作法の手伝いを終え、レフィーエ先生が用意してくれたサロンで考え事をしていると、次第にウルクやレインたちが集まってくる。
俺はこの前のゴーレムでの戦いを思い返していた。
必要以上の攻撃力や魔法は要らないと俺は思っている。
でも、人を守りたい時に守れないことが一番嫌だ。
「アルト、何を悩んでいるんだ?」
「この前のゴーレム戦のことでさ。剣をどうしようかなぁって……悩んでるのバレバレだった?」
そういうと、ウルクがクスッと笑う。
「何度も言ってるが、お前は分かりやすいからな。それに、アルトは悩んでいると頭のてっぺんにある毛が動くだろ?」
「てっぺん?」
そう言われ、頭上を向くも見えない。
意識していなかったが、どうやら俺のアホ毛? みたいなのが悩んでいると左右に動いているのだとか。
「アルト。お前が驚いた時は、その毛がピンッと張るんだ」
「へぇ~……知らなかった」
それを聞いていたレアが横から言う。
「あら、それしか知らないんですか? アルト様は落ち込んでいるとてっぺんの毛がシナシナになるんですよ?」
「そうなのか?」
俺の方を向くが、苦笑いする。
「アハハ……俺に聞かれても。初めて知ったから」
特徴というのは、自分から見て分からないからなぁ。
みんなの反応を見るからに、嫌われてるような変な癖ではなさそうだから良いけど。
ふと視線を上げる。
サロンに遊びに来ていたレインと、その付き添いであるウェンティが居た。
ウェンティはこちらの会話が聞こえていたようで、「私の方がもっとアルトを知ってるわよ」と笑みを浮かべている。
それに気づいたウルクとレアが言う。
「凄く腹が立つな……」
「同感ですね……」
会話してないのに、目だけで邪険になるのはやめて欲しい……。
なにやら怖い雰囲気なので、俺は触れないでおく。
そうしていると、レインに呼ばれてやってきていたセシリアが俺に耳打ちした。
「アルトさん。あの、剣なら私の故郷に良い腕の鍛冶師がいますよ?」
「本当ですか?」
「はい。昔は王国専属の鍛冶師をやっていたらしくて、農作物で使う道具の質が凄く良いんです」
セシリアの故郷は農作物を良く育てており、暑い時期になると緑色の草原が広がっていると話してくれた。
その地の名を『カジュイ』ということを教わる。
盗み聞きしていたレアが言う。
「セシリアさん? アルト様にこそ、王国最高の鍛冶師を付け、英雄が使うに相応しい装飾品で飾った武器を使うべきでは?」
「へっ!? あっ……そ、そうですよね!」
「おいレア……実践で装飾品は役に立たないんだ。ただ輝くだけの剣に、意味があるのか?」
ウルクに言われ、レアは「……確かに、そうかもしれませんね。ごめんなさい、セシリアさん」と珍しく納得した。
「レア王女殿下。その申し出は有難いんですが、そんな凄い剣が欲しい訳じゃないんです」
俺は英雄や勇者じゃない。
伝説の物語にあるような、聖剣や魔剣が欲しい訳じゃないんだ。
「ただ、安心して人を守れる剣が欲しいんです」
レアが軽く笑う。
「アルト様らしいですね。そういう所が好きなのですが」
「ありがとうございます」
好き、というのは人としてだろう。
レア王女殿下はやっぱり優しい人だ。
「じゃあ、セシリアさん。カジュイにいる鍛冶師さんに剣をお願いしに行きますね」
どんな剣があるのか、少し楽しみでもあった。
「アルト、セシリア。馬車は私が、イスフィール家が用意しよう」
「有難いけど、いいの?」
「気にするな、私も行きたいんだ。それに……」
セシリアを数秒ほど見つめて、つぶやく。
「お前たちを二人っきりにするのは少し不安だからな……」
俺ってそんなに心配に見えるのかな……。と少し思う。
でも、ウルクが来てくれるなら安心だ。
レアが言う。
「私も行きたいですが、王国騎士団長のマルコスを連れて行かないとお忍びで王都を離れることもできませんからね……最近、マルコスは忙しいですし、我儘も言ってられません」
話によると、ここ数年に比べ、王国にいる魔物の動きが活発的になって来ているらしい。
Aランクの魔物が出るだけでも厳重注意されるんだ。
王国騎士団は常に出張っているらしく、マルコスさんは魔物退治で大変らしい。
「レア王女殿下、何かお土産買ってきますね」
「では指輪のような物を……」
「はい、指輪のような物ですね」
素直にそう返すと、ウルクが半眼で俺を見た。
「アルト、絶対に指輪なんか買うなよ。お土産で渡したら、『婚約指輪』などと言って既成事実を作ってくるぞ」
「ウルクあなた……最近私の考えを読めるようになってきましたね……」
何やら楽しそうな二人に、思わず微笑む。
蚊帳の外に居たセシリアは、ふと思い出す。
(カジュイかぁ……故郷に帰るのも久々だなぁ。ユフィに会えるの楽しみだなぁ……ユフィ、恋愛小説読むかな。持ち帰ろうかな)





