71.セシリア視点/お誘い
魔法騎士学園の食堂にいるセシリアは、オドオドした様子で席に着いていた。
辺境の農家で育った村娘のセシリアにとって、魔法騎士学園の生徒たちは輝いていて、自分とはとても釣り合うような人が誰も居なかった。
出来る限り目立たないよう、人目に付かないように食事をする。
幼い頃、セシリアの住んでいる土地が浄化されているという事件が起こった。
浄化されている地には聖植物が育ち、そこに住む人々は生涯健康に過ごすことができるのだ。
力の正体を調べるため、水晶の検査機によってセシリアの力は見つかった。
最初こそは全く分からなかったが、古代の聖女たちが張ったと言われる結界の補修や修繕の仕事をすることで、ようやくその力を理解していった。
セシリアはずっと村で生活して居たかったが、王国から支給されるお金や支援を約束に魔法騎士学園にやってきた。
(友達できないまま一年過ごしちゃった~……うう……)
昨日、アルトがセシリアの元を訪ねてくれた。だが、村娘であり大切な妹から『都会の男はナンパする人が多いから気を付けて』と言われていたことを思い出し、突っぱねてしまった。
(フレイ様に何度か話しかけてもらったこともあったけど、無理無理。眩しすぎるんだもん……大貴族のフレイ様と喋るなんて……)
それに、とセシリアが思う。
(周りの女の子たちからの目が凄く怖かった……どんどん友達が出来なくなりそう)
そう思い、周囲を見渡す。
その挙動不審な行動に、さらに奇怪な眼を向けられていることにセシリアは気づかない。
すると、食堂の一角にひと際輝いている場所があった。
「……っ! フレイ様たちだ」
そこにはフレイたちが集まって食事をしていた。
普通の学生服であるというのに、あのメンバーが集まるだけで一気に雰囲気が変わる。
優雅さもあると同時に、踏み入れてはならないような雰囲気も感じていた。
「むふ……むふふっ」
セシリアが口元を隠しながら笑う。
これはセシリアの日課であった。
遠目にフレイやヴェインを眺め、二人のカップリングを妄想する。
セシリアと同様に妄想する女子生徒たちの声が聞こえて来た。
「はぁ~……本当に素晴らしいですわ。フレイ様とヴェイン様……」
「そういえば、最近取引された新刊、禁断の恋書は読みました?」
「あら、もう出ましたの?」
密かに女子生徒たちの間で流行っている恋愛小説だった。
本来、フレイとの男女恋愛が妄想で書かれていたが、去年から突如出て来たフレイ×ヴェインの恋愛小説であった。
表には出せないため、裏取引では合言葉で売買されている。人気で価値はどんどん上がっていた。
その作者こそ、セシリアであった。
(この事実がバレたら、不敬罪も良い所……最悪打ち首……嫌、それは嫌! でも書きたい! だから隠し通すためにも目立てない……これがプロ魂……!)
「はっ────!!」
またもやニヤリと笑おうとするも、衝撃の事実がセシリアの目に入る。
「ア、アルトさん……?」
フレイたちと一緒に食事を取っているアルトが居た。
(そ、そういえば、フレイ様の妹様と凄い転校生が居るっていうのは聞いていたけど……まさか、アルトさんのことだったの?)
魔法騎士学園でも、フレイとあそこまで仲が良さそうで存在感のある人物はそう多くはない。
(も……もしかして、アルトさんは……隣国の皇太子様とか……?)
セシリアが息を飲む。
それならば、あの輝きは理解できると思ったのだ。
「こ、これは使える……!」
セシリアが拳を掲げる。
(フレイ様とヴェイン様の間に突如現れた謎の皇太子……アルトさんによる介入の三角関係……!)
*
自分の世界に入り始めたセシリアの遠くで、ウルクが言う。
「アルト、汚れが付いているぞ」
アルトの口角に付いていたケチャップを、ウルクがハンカチで拭きとる。
「ん……ありがとう、ウルク」
「もう少しゆっくり食べろ」
「いやぁ……いっぱい見られてて、なんか緊張しちゃって。みんなは慣れてて凄いよ」
その光景に何かヒントを得たのか、フレイが自分の頬に米粒を付ける。
「ウルク! ほら、お兄ちゃんの頬にも何か付いてないかい?」
「……米粒だな」
「いやほら、ここ」
「すまない、兄上の言っていることが分からない。自分で取れば良いじゃないか」
「……はい」
大人しく自分で取るフレイに、ヴェインはまたも驚愕した表情をしていた。
ヴェインが言う。
「……フレイ、自分で付けて悲しくない?」
「悲しいよ」
「僕が取ってあげようか?」
「ヴェイン、それはやめた方が良いよ……きっと、俺とヴェインの恋愛小説のネタにされるんじゃないかな」
「例の本か……」
二人の話の内容が分からず、アルトが首を傾げる。
突如、熱い視線と感じてアルトがそちらを向く。
視線の先には、セシリアが居た。
「あっ……フレイ、ちょっと連れて来たい人がいるんだけど、良い?」
「うん? もう友達が出来たのかい? もちろん、良いよ」
「ありがとう」
そう言われて立ち上がったアルトは、セシリアの元へ近寄った。





