65.学園生活
クラスの外から、人の気配や声が聞こえる。
近くに居たヴェインが、魔法騎士学園の廊下にいる人々を見て言う。
「凄い人だかりだなぁ……フレイ、お前のバレンタインデーの時くらいじゃないか?」
「そうかな。確かに多かったとは思うけど、今年のバレンタインデーはヴェインと同じクラスだったせいだろ?」
どうやら二人はかなりモテているらしく、女子生徒のほとんどはフレイとヴェインが目的のようだ。
「フ、フレイ様がこっちを見たわ……!」
「ヴェイン様も見ていらっしゃいますわ!!」
いつもの光景らしく、二人に気にしている素振りはない。
(フレイとヴェインはかなりイケメンだから、モテるのは当然だよね)
大貴族の白銀の美青年と金髪の美青年だ。女子が放っておくとは思えない。
フレイが言う。
「ただ……今日は男が多いね」
一瞬、視線が鋭くなる。
大体の目的は、俺もフレイも分かっていた。
ドラッド王国において大貴族のイスフィール家。そのたった一人のご令嬢を一目でも見ようと男子が集まっていたのだ。
フレイに睨まれた男子たちが僅かに怯えている。
俺が言う。
「フレイ……殺気だしちゃダメだよ」
「我が愛しの妹を守るためだからね。多少嫌われたって構わないさ……ウルクが可愛いことも、昔は『フレイお兄ちゃん』と呼んでくれたことも、俺だけが知って居れば良いんだ!!」
フレイは凄く嬉しそうに、ウルクへ向く。
「だから安心して良いぞウルク! お兄ちゃんが守ってやるからな!」
「フレイ兄上、学校では喋りかけないでくれ。変態が感染る」
フレイがしぼしぼの顔になる。
その光景をヴェインが若干引き気味に見ながら、言う。
「ただ、この人だかりに関してはアルトの影響が大きそうだけどね」
「俺の?」
意外そうな顔をすると、ヴェインに呆れた顔をされる。
大体の目的はフレイやウルクじゃないのか。
「当然だろ。若くてSランク級の魔物を討伐し、その功績を認められ男爵の爵位を貰う。平民出身ということもあって、平民の学生からは英雄だろうさ」
そう言われ、視線を廊下に向ける。
確かに、俺のことを輝く目で見ている人たちが多い。
「僕もアルトを英雄だと思ってるよ」
「そんな……買い被りすぎだよ」
でも、その一方で貴族のような学生は苛立っているようにも見えた。
「……まぁ、妬みもあるだろうね。君を稀代の天才という人も居れば、詐欺師などという輩もいる。フレイも気を遣って、僕たちと同じクラスに呼んだんだろう」
なるほど……だから、歳の差があるのにウルクも一緒にいるんだ。
魔法騎士学園は本来、年齢でクラス分けされる。
(あぁ、そっか……学園に入ることは貴族の義務だ。ウルクはそれを頑なに拒んでいた。だけど、フレイは自分が卒業する前に俺とウルクを守る環境を作りたかったんだ)
ウルクもそれが分かっていて、フレイに対してそこまで冷たい態度は取っていない。
「ウルク……一緒にご飯を食べないかい?」
「嫌だ」
「ぬおおおっ……」
取ってない……とは思う。
「な、なぁアルト……妹の前だと、フレイっていつもああなのか……?」
「うん、あんな感じだよ」
「なんでそんな平然なんだよ……驚かないのか?」
「いつものことだから」
俺は見慣れているから、それほど驚きはしなかった。
だが、ヴェインにとっては衝撃が強かったらしい。
いつも飄々とつかみどころがない性格をしているフレイが落ち込んでいるんだ。
そう思うのも無理はない。
すると、足音が響く。
「ちょっと……!! どういうことですか⁉」
廊下に居た人々が言う。
「レア王女殿下!?」
「ク、クラスはもっと下のはずじゃ……」
「やっぱり、今日から噂で流れてたレア王女殿下の恋人はこのクラスにいるって……」
レア王女殿下がフレイに近寄る。
「なぜ私も同じクラスに置かないのですか? 学長に取り合っても拒否されたのですが、あなたが手を回したのでしょう?」
「レア王女殿下、それは無理なのです。そもそも、レア王女殿下は学年に差がありすぎます。それにレア王女殿下が参りますと……」
その言葉と同時に、さらに廊下に人だかりができる。
「……大騒ぎになりますので」
教師の人たちがやってきて、生徒を誘導することで廊下に居た人たちは霧散していく。
教師はいつものこと、と慣れた様子で対処していたが、明らかに俺たちのことを”新たな問題児”というような目で見ていた。
魔法騎士学園に来て、さっそく問題が起きたことに俺は苦笑いを浮かべていた。
そこへ、一人の教師がやってくる。
「……アルトくんはどこにいらっしゃいますか?」
髪をまとめ上げ、眼鏡をした規律に厳しそうな女性だった。
「は、はい……俺ですけど」
そう言うと俺の前に立つ。
「あなたでしたか。事前説明のお話は?」
「な、なんのですか……?」
「魔法騎士学園では、平民を対象に礼儀作法の指導教育が義務付けられています。アルトくんは平民から貴族になった特例ですが、義務は受けて頂きます」
あ、そんな制度があるんだ。
貴族の学園ってやっぱり凄いな……ちゃんとマナーまで教えてくれるんだ。
そう思っていると、廊下から声が聞こえてくる。
「うわぁ……レフィーエ先生だ。あの転校生可哀想……」
「あの人の指導厳しいから本当に無理……やめちゃった子もいるらしいよ……?」
「終わったな……」
そう言うとレフィーエと呼ばれる先生が言う。
「では、放課後に指導を始めますが、よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、レフィーエは教室を後にする。
クラスメイトの女子生徒たちがフレイやヴェインに集まる。
「あ、あの……フレイ様、よろしいのですか? レフィーエ先生は凄く怖いし、ご友人が傷ついてしまうのでは……」
フレイが軽く笑う。
女子生徒たちはきょとんとしていた。
「ごめんね。アルトくんが礼儀作法で怒られる所なんて想像できなくてね。確かにレフィーエ先生は厳しい人だけど、アルトくんなら大丈夫だよ」
「僕もそう思うな」
「逆に、レフィーエ先生が泡を吹くんじゃないかい?」





