64.魔法騎士学園
魔法騎士学園は王都にあるが、俺たちは寮に入ることにしていた。
フィレンツェ街から馬車で二日近くかけ、数日の休暇を挟んだのちに、その日はやってきた。
「ウルク、大丈夫?」
そう声を掛けると、ウルクが頬を赤く染めた。
「……あまり、こっちを見ないでくれ」
ウルクが馬車から降りず、スカートの裾を必死に押さえていた。
俺たちが魔法騎士学園へ登校した初日、なぜか堂々と学園の入り口に馬車が止まっていた。
俺も緊張がないと言えば嘘になる。執事服や正装こそ慣れているものの、学生服なんて着たことがない。昔から学校には興味があったけど、通うなんて夢にも思わなかった。
「なぜ女子はスカートなんだ……短すぎないか……ううっ……」
「似合ってるよ?」
そういうと、ウルクが恨めしそうに俺を見る。
「アルトはなんでも似合っていると言うだろ……恥ずかしいんだぞ、私は」
「あ、アハハ……」
苦笑いを浮かべる。
(本当のことなんだけどなぁ……)
アルトは先に馬車を降りて、襟を正す。
ふぅ……っと息を吐くと、視線が集まっていることに気付いた。
(あれ……なんでこんなに見られてるの?)
「な、なぁあの紋章……イスフィール家の紋章だよな……」
「あの貴族っぽい人、学生……みたいけど、知ってる?」
「知らない……でも、イスフィール家の人かな?」
(うわぁ……登校中の人がいっぱいだ……)
そう思いながら、馬車の中へ手を伸ばす。
「無理そう?」
「いや……大丈夫だ。行こう」
ウルクが俺の手を掴む。
「ありがとう、アルト」
「いえ、これも執事の務めです。お嬢様」
そういうと、ウルクが目を丸くする。
「……ふふっ、なんだそれは」
「俺のことを執事だと思えば、緊張もほぐれるかなって」
「アルトにお嬢様と呼ばれると、少し照れるな」
緊張がほぐれたようで、アルトがウルクをエスコートする。
その光景を学生たちは眺めていた。
「すげえ……誰だよ、あれ」
「綺麗……」
アルトの耳にも聞こえ、じっとこちらを見ていた一人の女子生徒と目が合う。
「……っ?」
アルトは自然に微笑み返した。
すると、横から声がする。
「アルトくん、君は相変わらずだね……」
「フレイ! 久しぶり!」
白銀の髪をした美青年が立っていた。
「さっそく女の子に目を付けたのかい?」
「目を付けた……? 目が合っただけだから微笑んだだけだけど」
「そういう所だよ。目が合った彼女、照れて走って行っちゃった……ああ、いや、ごめん。君は天然だったね」
「天然……?」
別に変なことはしてないと思うんだけど。
ウルクが若干半眼で俺のことを見ているが、なぜだろう。
フレイの背中から、ひょこっと人影が飛び出す。
金髪の青年だ。
「やっ! 久しぶり、僕のこと覚えてる?」
「ヴェイン! もちろん覚えてるよ!」
ヴェインは滅尽の樹魔の戦いで、一緒に過ごした友達だ。
ヴェインは愛人の子として生まれ、誰かに自分を認めて欲しいと躍起になっていたが、お互いの過去を教え合うことで仲良くなった。
数少ない同性の友達だ。
「学園に来るって聞いてビックリしたよ。アルトと同じ学園で学べる日が来るなんてね」
「そう言ってくれると嬉しいな」
そこへ、今度は声が響いた。
「アルト様~!」
「レア王女殿下!?」
俺の胸に飛びつき、首に手を回す。
あまりの勢いに、落とさないように思わずお姫様抱っこをしてしまう。
「ちょっ! いきなり危ないですよ!」
「アルト様なら抱えてくれると思ってました! 信じてますから!」
満面の笑みで言う。
「し、信じてるって……」
それにしたって、凄い飛びつき方だ。
俺がちゃんとキャッチできて、怪我もしなくて良かった。
「ずっとこの日を待っていたんですよ? アルト様が居なくて、寂しかったんですから!」
「レア王女殿下……」
確かに、最近あまり構ってあげることができなかった。
王女と言う肩書きは苦労も多いだろうし、誰かに甘えたい気持ちも分かる。
ただ……、と辺りを見渡す。
凄い見られてる……。
「お、おい……レア王女殿下が抱き着いたぞ……!」
「妹様のウルク様なら分かるけど、フレイ様があんなにも親し気に……くっ!」
「ヴェインって、気難しい奴じゃなかったか……?」
突然現れた入学生は、自分たちにとって学園のスターとただならぬ関係に映っていた。
他の生徒たちは強い興味を抱く。その場にいた全員は、アルトを『コイツ、何者だ』と思う視線を向ける。
だが、アルトはその視線の意味に気付かず首を傾げていた。





