61.ラズヴェリー侯爵
ラズヴェリー侯爵の目の前にやってくると、俺は身を正す。
こちらに気付いたラズヴェリー侯爵の金髪が揺れ、値踏みするような鋭い双眸と目が合った。
ウルクが言う。
「ようこそ、我がイスフィール家へ。ラズヴェリー侯爵に来て頂けるとは思ってもいませんでした」
「これはこれは、ご丁寧に……相変わらずお美しいですね。ウルクお嬢さん」
やけに含みのある言い方だが、ウルクは意に介さず答える。
先ほどのウルクとは違い、ドレスに照れていた姿はなかった。
「お戯れを。本日はおじい様からのご招待だとお伺い致しました」
レーモンさんはこの人を、ラズヴェリー侯爵家を嫌ってるんだよね……。
なのに、どうして招待したんだろう。
「えぇ、これでも私は国防を担当しております故、軍事に関しては最高責任者ですからね。精霊樹ファルブラヴ森林へ軍を動かすならば、ご尽力する意思を表明しにきたのですよ」
「……感謝致します」
「何を申しますか。国の大事に協力しない者は臣下ではありませんよ」
そこまで言うと、ラズヴェリー侯爵が手を伸ばす。
「せっかくです。ウルク様、私とご一緒に静かな場所でお茶でもどうですか?」
その光景を見ていた周りの貴族たちが、主に貴婦人から声が漏れた。
「あら……ラズヴェリー侯爵がウルク様を誘っておられますわ」
視線を浴びながら、ざわざわと声が響く中でウルクが言う。
「有難い申し出ですが、私にはアルトがおりますので」
「アルト……?」
まるで初めて気づいたかのように、俺のことを見る。
ウルクの視線が鋭くなる。
「ご挨拶が遅れました。イスフィール家でお世話になっております、アルトと申します。この度、国王陛下から爵位を頂き、男爵になった者です」
「へぇ……アルト、ねぇ……。最低限の礼儀はできるようだな」
「元々は執事をやっていたので」
ウルクに接する時とは違い、少しばかり高圧的に感じる。
まるで昔のウェンティと接している気分だった。
「王都でも有名だぞ。平民から成り上がった運のいい奴がいるとな」
「そ、そうなんですね」
なるほど……。
ここで俺は、ようやくこの人物を理解できた気がした。
ラズヴェリー侯爵は平民と貴族をはっきりと区別する人だ。例えそれが、国に尽くし功績を残した人間であっても、平民の出では認めないのだろう。
「一代限りの貴族だ。精々、残りの余生を男爵として過ごすがいい。君の子は平民に逆戻りだがね」
「はい、そうさせて頂きます」
自分の子とかは想像できないけど、貴族というしがらみが大変なことはよく知っている。
実際、ウェンティは没落してから装飾品や身なりで『威厳』や『権力』を示そうとはしなくなった。
もし自分に子どもができたのなら、変なしがらみを持たずにのんびりと暮らして欲しい。
それを分かって言ってくれたのだろう。
「……皮肉を言ったつもりなのだが?」
「あ……すみません」
「チッ……調子が狂うな」
ラズヴェリー侯爵が吐き捨てるように言う。
テーブルに並べられた料理に手を付け、不敵に笑う。
「美味い。ウルク様、この並べられた料理はどれも素晴らしいですね。イスフィール家の威厳を示す良い料理だ。一流の料理人を雇っているのでしょう。一代限りの男爵などと肩を並べていては、この味が落ちてしまいますよ?」
嫌みったらしく笑うラズヴェリー侯爵は、遠回しに『こんな奴といるべきではない』と言っているのだろう。
俺の地位を考えると、至極当然の発言だ。
だが、料理を褒められたことは嬉しかった。
思わず微笑むと、ラズヴェリー侯爵が俺を見た。
「ウルク様、よければ私が良い人材をご紹介致しましょうか」
「……それは、どういうことでしょうか」
酷く冷たいウルクの声が響く。
ラズヴェリー侯爵はそのことに気付かず、悠長に語る。
「いえ、貴族の方々でも優秀な人材はおります。いくらそのアルトという者が優秀であろうとも、私の人脈を使えば簡単に超えてしまいます。例えば、私とかね」
「ラズヴェリー侯爵が、アルトよりも優秀だと?」
「えぇ、でなければ若くして国事の仕事などできぬでしょう?」
やけに得意げに話すラズヴェリー侯爵は、相当の自信があるように見えた。
歳もさほど離れているようには見えないし、先ほどからウルクに自分を売り込んでいるように見えた。
(……もしかして、ウルクのことが好きなのかな?)
まぁ、美人だし性格も優しくて分からなくはないが……ウルクはラズヴェリー侯爵を嫌っていそうだ。
ウルクは前に貴族が怖いと言っていた。
それは貴族は平民と貴族をきっちり区別するから。平民を人間とすら思わない貴族だっている。
ラズヴェリー侯爵なんて、特にその考えを強く持っているはずだ。
そのせいで嫌っているのだろう。
ウルクは平民であっても平等に接する。だから、みんなから好かれて大事にされている。
ウルクが言う。
「有難い申し出ですが、お断り致します」
「なっ……!」
予想外であったのか、ラズヴェリー侯爵が後退りした。
さりげない拒絶ではなく、言葉で大きく拒絶される。
ラズヴェリー侯爵が奥歯を噛む。
「私はこれでも侯爵、その隣にいる者は男爵ですよ。比べるまでもないでしょう」
「ラズヴェリー侯爵、アルトは誰よりも素直で努力家です。人材に地位や権力、爵位は関係ありますか」
「う、ウルク様……? 何を? 相手はただの男爵ですよ、そこまで庇う必要があるのですか?」
「ただの、ではない。私にとっては大事な人だ。アルトはあなたに愚弄されて良い人ではない」
毅然とした態度で言うウルクに、周りに居た貴族たちが呟く。
「ラズヴェリー侯爵様をウルク様が否定なされた!」
「流石は氷の令嬢だ……」
「ラズヴェリー侯爵様でも無理だったか……」
悶々とその声を聞きながら、ラズヴェリー侯爵が言う。
「そ、そうですか……分かりました……」
「では、私たちはおじい様にご挨拶に参りますので」
俺の手を引いて、ウルクがラズヴェリー侯爵の隣を抜ける。
ラズヴェリー侯爵は顔を鎮めていたが、内心は怒っているのだろう。
俺は『男爵と侯爵を比べるなど、ありえない』と言っているように見えた。
「……ウルク、良いの? レーモンさんに怒られるんじゃ」
「構うものか。アルトを馬鹿にされて黙っていられるほど、私は大人じゃない」
俺は馬鹿とか愚図とかは言われ慣れてたし。主に昔のウェンティからだけど。
暴言なんて毎日のようにあったから、いまさら心に突き刺さることもない。
それにそんなに批判しているようには感じなかったけどなぁ。
「ラズヴェリー侯爵は前からああやって、他人と自分を比べているんだ。自分の方が偉く、有能だとずっとな……私にはアルトが居ると分かれば、諦めもつくだろう」
ウルクも辟易としていたらしく、スッキリとした表情をしていた。
なるほど、だから俺が傍に居て欲しかったのか。
*
「男爵如きと私を比べるとはな……」
若くして国防の役職についていたラズヴェリー侯爵は、自身の能力に疑いを持ってはいなかった。
事実、その手腕は元宰相のレーモンも認めるほどの実力だった。
恥を晒したラズヴェリー侯爵が席を立つと、メイドにぶつかる。
「きゃっ!」
メイドが手に持っていた飲み物でラズヴェリー侯爵の衣服が汚れる。
「……っ! 貴様、どこを見ている! 服が汚れたではないか!」
「も、申し訳ございません! ただいま代わりの物を!」
「ええい、触るな! チッ……洗い場はどこだ!」
「ご、ご案内いたします……」
「どこだと聞いて居るんだ!」
「は、はい! あちらでございます!」
メイドが指を指す方向に、ラズヴェリー侯爵が歩く。
イスフィール家は清廉潔白で国王から絶大な信頼を得ている家系だ。美男美女でも有名であり、氷の令嬢という誰にも懐かないウルクは貴族の間でも強い人気があった。
だからこそ、ラズヴェリー侯爵もウルクの人気に惹かれていた。
メイドが教えた方向へ行くも、洗い場がない。
ラズヴェリー侯爵が近くに居た使用人に声を掛ける。
「おい! お前、洗い場はどこだ!」
「え? 私に聞いてるの? ここの使用人じゃないから知らないけど……」
【神秘の蜜】とお菓子を食べ終えて、外の空気を吸っていたウェンティと出会う。
「……お前、見たことあるな」
「え……」
ラズヴェリー侯爵は思い出す。
「……ルーベド・ウェンティか?」
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