60.ウェンティとウルク
イスフィール家の別荘で催されるお茶会の料理を、俺は作っていた。
一応は俺も貴族だから社交場には顔を出すつもりだけど、豪華絢爛な本物の貴族と同じ席に座るのは少しばかり気が引ける。
厨房で数品作り終えると、お手伝いに来てくれてたラクスが言う。
「アルトさん、こちらの料理はどこへお運びすれば……」
「三番テーブルにお願いします。そちらの水も持って行ってください」
「分かりました」
「すみません……手伝ってもらっちゃって」
「いえ、私もイスフィール家のみなさんにはいつも支援をして頂いていますから」
「助かります」
俺は笑顔を向ける。
子どもたちは受付の方をお願いしており、参加者に名札を渡す仕事をしていた。たまに貴族の人たち……まぁ主に女性から『可愛い子どもたちですわね~!』と声が聞こえてくる。
ちなみに、レインもそちらに配置した。寝てばっかりで仕事をサボっていたので、餌でお願いしたところ、簡単に承諾してくれた。
あの様子なら、問題はないだろう。
「あわっわぁぁぁっ!」
裏方で手伝っていたウェンティが、盛大に転ぶ。
料理で使う生クリームをひっくり返して汚れる。
「ウェンティ、無理しなくても大丈夫だよ。ウェンティが頑張ってるのは分かってるから」
「で、出来るわよ! こんなの簡単なんだから!」
「……分かった。じゃあ、今度は力を抜いてやってみよう。力みすぎだから」
「えぇ……そうしてみる」
ウェンティは簡単、と言いながらも俺の意見を素直に取り入れる辺り、微笑ましく思う。
俺がやれば数秒で出来てしまうが、ウェンティにとっては初めての体験なんだ。
その厨房へ、一人の人物が入ってくる。
「アルト。ここに居たのか、探したぞ」
「う、ウルク!?」
ドレス姿に身を纏うウルクが居た。
白と青を基調としており、凄く似合っている。
「なんだ、私がドレスを着るのは変……だったか?」
「い、いや……良く似合ってるよ。素敵だと思う」
「な、なら良いんだ! まぁ……数時間も悩んだのだから、そう言われなくては困る……」
何かボソボソと呟きながらどこか嬉しそうなウルクは、厨房にいるもう一人の人物に気付く。
「……貴様、なぜここに居る」
ウルクの視線が鋭くなる。
場が僅かに重くなるのを感じ取れた。
「あぁいや! その、俺がお願いしたんだ! 人手が足りなくて、孤児院の人達にも来てもらえないかなって……嫌だった?」
「アルトが? アルトがそう言うなら、私は気にしないが……」
ウルクは無言のまま、ウェンティを見つめる。
テッドさんが心配していたことが分かった気がする。
二人はあまり話したことがない……俺がウェンティを突き放した貴族パーティーの夜会の時以来だ。
つまり、二人の仲は悪いままの可能性があった。
結果的に、あれはウェンティを傷つけることに繋がってしまった。でも、今のウェンティは貴族だった頃よりも楽しそうに見えていた。
(そう簡単に仲良くできるとは思ってなかったけど……なんだろう! 空気が凄く重い!)
「ウ、ウルク? えぇっと……なんか大事な用件があるんじゃ?」
「あぁ。アルトに私のエスコートをしてもらおうと思ってな」
「エスコート?」
「ほら、”貴族パーティーの夜会”で手を繋いでくれただろう」
ウェンティの耳がピクピク、と動く。
「これから主要な貴族の方々に挨拶をするんだが、アルトが傍に居てくれると安心できるんだ」
「そっか。俺で良ければ付き添うよ」
「そうか!」
ウルクはまだ貴族が怖いんだ。
俺に頼ってくれるのは、何度でも嬉しいな。
「今すぐ来れるか?」
「うん、料理の方はひと段落したし、あとはメイドさんたちに任せるから」
料理もかなりの量を作った。
表に出て、料理の出来も確認したい。
「ウェンティ、あとはメイドさんたちに任せよう。手伝ってくれてありがとう、助かった」
「え……あ、そう……」
「裏に【神秘の蜜】とお菓子を用意しておいたから、休んでて」
「ええ……そうするわ」
……なんで元気がないんだろう。
屋敷を歩きながらウェンティを気にしていると、ウルクから声を掛けられる。
「アルト、今日は他の貴族の方々もいるが、気を付けて欲しい貴族が居るんだ」
「気を付けて欲しい貴族?」
「彼、ラズヴェリー侯爵家だ」
窓の外、昼間のお茶会にいる人物をウルクが指さす。
ラズヴェリーという人物は優雅にもグラスを片手に、庭園の花を眺めている。
金髪の紳士的な男性に見えた。
「国防の要を担当している方なのだが、性格があまり良くなくてな……おじい様もラズヴェリー侯爵をあまり好いてはいない。なんなら、嫌っているからな」
「レーモンさんが……?」
あの、誰にでも公平なレーモンさんが嫌うなんて……。
「私が幼い頃、ラズヴェリー家との婚約の話が持ち上がってな……国の結びつきを強くする目的があったのだろうが……おじい様は政略結婚を嫌っている。まぁ、そのお陰で婚約せずに済んだが」
そんな過去があったのか。
いや、ウルクの家柄や性格を考えれば当然の話だ。
意外なのはいまだに婚約者がいないことだ。
冒険者をやりたい、というウルクの意思を尊重する辺り、イスフィール家は家族思いの良い家だと思う。
「それをラズヴェリー侯爵は根に持っている」
「……なるほど」
確かに、そういう因縁の相手であれば不安がるのも仕方ない。
「悪いな。こんなこと、アルトには関係ないのに」
「ううん、話してくれてありがとう」
事実、相手のことを知るのは情報戦では最も重要なことだ。
貴族なんてしがらみは特にそうだ。
ウルクに手を伸ばす。
「じゃあ、行こう」
「懐かしいな、あの時を思い出す」
あの時とは、出会った頃に一緒に行った貴族パーティーだろう。
「不安?」
「いいや、まったく。アルトのお陰でな」
思わず微笑んでしまう。
ウルクが俺の手を取り、真っ先にラズヴェリー侯爵の元へ向かった。





