59.お茶会の準備
お茶会を前日に控えたイスフィール家の昼時に、俺は準備のため一時的に厨房を借りていた。
レーモンさんやテッドさんたちからは、あくまでイスフィール家のことだから手伝わなくても良いと言われたが、じっとしているのは性に合わない。
みんなが忙しくしている中で、呑気に本を読んでいると罪悪感もあるし。
厨房で仕事をしていると、メイドたちがつぶやく。
「アルトさんが厨房にいると助かりますよねぇ。料理の準備とかも楽で楽で……」
「こら……今はもう男爵の地位を貰って貴族なんだから、アルト様って呼ばないと……」
「あっ……」とつぶやいて、メイドの一人と目が合う。
苦笑しながら、俺は言う。
「さん、でお願いします。様はムズムズしちゃって」
メイドたちの目が一瞬輝く。
俺としても、そちらの方が気楽で良い。イスフィール家のみんなは家族だと思っているし。
そこへテッドがやってくる。
パーティーの準備が順調か確認しに来たのだろう。
「アルト様、厨房の方は如何でしょう」
「順調ですよ。料理の方も手伝えそうですし、道具の位置も把握しました」
道具もそうだが、食器に関しては高価な物ばかりだ。
流石はウルクの家だ。
パーティーの準備は、戦っている時や緊張感のある時よりも気楽で良い。
それに、人を楽しませるための準備なんて最高に決まってる。
「本当に助かります……ただ、問題が発生しまして……」
「問題ですか?」
深刻そうな雰囲気のテッドに、メイドたちの顔色が僅かに曇る。
イスフィール家の威厳を示すためのお茶会だ。そこで不祥事が起これば、他の貴族にどう思われるか。
「調達する予定だった野菜が、道中で魔物に襲われて来れなくなったらしいのです」
「……それは、まずいですね」
暗黒バッタの件以来、ドラッド王国の食糧問題は緩和されてた。それでも、まだ供給は安定しておらず、フィレンツェ街では野菜は高価な物だった。
「レーモン様にもご相談しようかと思ったのですが、今は王都の方へ出向いておりまして」
「あぁ……例の精霊樹ファルブラヴ森林について、ですね」
レーモンさんは約束通り王都へ向かってくれ、国王陛下に問題の大きさを伝えに行っていた。
「そういえば、庭で育ててた野菜はどうですか?」
「あれも使いはしますが、あくまでレーモン様やウルク様たちで足りていた物ですから……」
「来賓の方々が足りない……ですね」
「はい……」
俺は腕を組んで考える。
今更になって料理を変えるのは、大変だ。
「食糧庫を見させてください」
「えっ……? 構いませんが、あそこだけでは……」
「見るだけですから、お願いします」
*
俺はイスフィール家の裏手にある食糧庫へ足を運ぶ。
テッドさんはもちろんだが、なぜかメイドたちまでも後ろに付いてきていた。
テッドさんがひと睨みするも、俺の背にメイドたちが隠れる。
どうやら、俺が何をするのか気になるらしい。
メイドさんたちが言う。
「いつもテッドさんばかりズルいですよぉ!」
「私たちもアルトさんのやること、見たいです!」
テッドが眉間のしわを押さえる。
「まったく、うちのメイドたちは……」
仕方なさそうにしながら、テッドが食糧庫を開けた。
土の匂いと埃が舞う。
「……アルト様、ご覧の通りです。冬を超えたばかりなのと、暗黒バッタの時に食糧を他の街に分けたので、今すぐ使える食材はほとんどありません」
この様子から見るに、調達する予定だった野菜はかなりの量だったのだろう。
食糧庫の中は一定の温度が保たれており、暑い日でも腐らない仕組みになっていた。
少し寒い……。
「凄いですね。魔道具で食糧庫の温度を保っているんですか?」
「はい、かなり値の張るものですが、冷却の魔道具を使えば長く野菜が持たせられますので」
とはいっても、魔道具にも寿命は存在する。
これが持つとしても20~30年程度だろう。その分、本当に億を超えたりする物もある。
ふと、俺は視線を奥へ移す。
「……あの、あそこの野菜は?」
食糧庫の端っこの方に、たくさんの野菜があった。
「申し上げにくいのですが、それは食べられません」
「どうしてですか?」
俺の問いに、後ろにいるメイドたちが答える。
「あっ! はいはい! 私が答えます! あれは去年の野菜なんですよ!」
「去年のですか?」
俺の問いをテッドが代わりに答える。
「雪が降ってしまって収穫がかなり遅れてしまった物なんです。家畜や畑の肥料に使えるかなと残していたのですが……」
そのまま放置していたら、忘れていたということか。
俺が悩んでいると、メイドたちがつぶやく。
「アルトさん、流石に去年のじゃ食べられないですよ~」
分かりやすく説明するために、メイドが手に取ってみせる。
「見てよこれ、ジャガイモとか芽が出ちゃってる……しかもブニョブニョ、捨てなきゃ」
様々な声が響く。
一貫して、『食べられない』と言っている。
テッドが言う。
「アルト様、食べられない野菜を貴族の方々にお出しする訳には……」
なるほど。
俺もそのジャガイモを触る。確かにブニョブニョだ。
「いえ、これは全部食べられますよ」
「え……」
テッドやメイドたちが虚を突かれたような顔をする。
あ、こっちの地域だとあまり馴染みがないのかもしれない。
俺は近くにあったジャガイモを手に取る。
「確かに、芽は出てますしブヨブヨですけど、実はこれ凄く甘くなってるんです」
土の中は外よりも低い温度で保たれている。
そのお陰もあってか、ジャガイモの育ちがかなり遅い。
「今年は雪が降ってたんですよね。たぶん、かなり長めの」
「え、えぇ……珍しく積もってましたが……」
思わず、運が良いと思う。
「越冬野菜って奴ですね。他の野菜も似たような感じになってるみたいですし、逆に運が良いですよ! これ!」
「きょ、去年の野菜ですよ……?」
「雪が積もる地域や国では、あえて収穫せず、放置する所もあるんです。やがて雪が解けて春を迎えた時、凄く甘くなりますから」
ウェンティの家に居た時、俺もよく庭で野菜を育てていた。
あそこはよく雪が降る地域だから、長期間の保存も兼ねて俺もよく使っていた技術だった。
しかも、イスフィール家の食糧庫は管理が行き届いている。食糧庫の温度が低く設定されているのも、幸運だった。
「あ、アルト様、このブニョブニョのジャガイモが、甘い……ですと? さ、流石に信じられません……」
「実も柔らかくなっていて、美味しいですよ。軽く蒸かしてみましょうか」
メイドたちは若干引いていたが、テッドさんは息を飲みながら待っていた。
本当に食べられるのであれば、問題は解決できる。
蒸かしたジャガイモを渡す。
「はい。どうぞ」
「……ほ、本当に普通のジャガイモと変わりませんな」
恐る恐る、テッドがジャガイモを口にした。
「……っ! いつもより甘い……確かにこれなら」
その言葉を聞いて、メイドたちもそれぞれに口にしていく。
俺は残りの使えそうな越冬野菜を見ていた。
「我々は数年前にこちらへやってきたので、これが越冬野菜だとは知りませんでしたな……」
「確かに、王都では雪も降りませんから見かけませんね」
本当に運が良かった。
ただそれだけのことだ。
「あっ、テッドさん。孤児院の人たちもお手伝いに来てくださるようなんですけど、大丈夫ですか?」
「もちろん、大歓迎です」
そう言ってくれるテッドに感謝を述べる。
「ありがとうございます」
「感謝を言いたいのは私の方です。アルト様が居なければ、どうなっていたことか……」
「俺の知識が役に立って良かったです」
俺は軽く微笑み返す。
テッドさんはいつも忙しそうにしているから、少しでも負担が減らせるのは嬉しい。
執事の大変さは俺がよく知ってるし。
「あとは来賓の方々の確認と……おや、アルト様……」
「はい? どうかしました?」
「いえ……その、孤児院と言いますと、ウェンティ……様もいらっしゃるのでは?」
「そうだと思いますけど……」
もしかして、ウェンティがいると不味いことでもあるのかな。
イスフィール家の人たちとウェンティはあんまり接点はないけど……ウェンティだけ置いてけぼりは可哀想だ。
「ウルク様と出会っても、大丈夫なのですか?」





