47.魔法使い
火を起こし、俺たちは休憩がてら食事にしていた。
昨日作ったモチの余りを焼いて、焼きモチにして食べさせていた。
「はぅっ……はぅっ! うっま……! 変わった食べ物ですね! このモチモチとした感触がまた面白いです!」
「気に入ってもらえてよかったよ」
「私の知らない食べ物だな……はむっ。仄かに甘くておいしい……」
ウルクにも気に入ってもらえたようで、僅かに頬が緩んでいた。
ミルの父親を捜しにきたが、指定されたリザードマンの討伐場所で、周囲を見渡すもこれと言って戦闘の形跡はなかった。
血の匂いもしない。
「ここに来るまで、低級の魔物にしか遭遇しなかったな。この程度の魔物なら、ベアックがやられるとは思えない。他の可能性としては……黒鬼人に遭遇した、か?」
ミルが露骨に泣きそうな顔をする。
「そ、そういう可能性もあるかもしれないってだけだ……! 単純に怪我をして帰れなくなっただけかもしれないしな!」
「……いえ、あまりに危険だったから、誰にも相手にして貰えなくて。ただ待つことが耐えられなかったんです。父がもし黒鬼人に殺されたら、骨だけでも……」
「お母さんとかは居ないのか?」
「はい。母は俺が幼い頃に病で亡くなりました。父さんしか、俺に家族は居ません」
重い空気になる。
ミルにとって、父親はかけがえのない存在なんだ。
「大丈夫。ベアックさんはきっと無事だよ」
「アルトさん……ありがとうございます」
ミルがほっとした顔をした。
「でも、アルト。この広い森林を探し回るのは骨が折れるぞ?」
「確かに、せめて俺が【探知】の魔法でも使えたら良いんだけどね」
魔法を学ぶ時、俺は【探知】という魔法を何回も見かけていた。
自分の魔力を波紋のように広げ、魔力を探知する魔法だ。
応用が利き、熟練の魔法使いほどこの魔法に優れていると言われる。かなり便利な魔法だ。
俺も勉強すれば使えるだろうが、しなかった。
「アルト、その魔法は……」
「分かってるよ」
「あの……【探知】ってなんかダメなんですか? 凄く便利そうに聞こえるんですけど」
ミルは魔法に詳しくないのだろう。
知らないのも無理はない。
「ミル……【探知】はな。法律で禁止されている魔法なんだ」
「どういう、ことですか?」
「昔、雨水の魔法使いという冒険者が【探知】を使って魔物を狩りまくったんだ。お蔭で街は平和になったが、他の冒険者の仕事が無くなってしまった。そのことに腹を立て、【探知】を使った魔法使いを殺そうとしたんだ」
ミルが息を呑む。
俺が読んだ本によれば、百年前の本当に昔の話だ。
たった一人の魔法使いによって、周辺の魔物が全滅させられたというのも信じがたい話だと思う。
今よりも昔の方が強い魔物は多かったし、Aランク級の魔物もたくさんいたという。
「そのことが大きな問題となり、【探知】は常識知らずが使うと面倒事に繋がるから禁止になったんだ」
「そ、そんなことがあったんですね……」
「まぁ、それ以外にも暗殺や殺人にも使える魔法だった、というのも問題だったんだ」
【探知】が使えずとも、生活はできるし、冒険者は魔物を狩ることができる。
今では【探知】という魔法は廃れ、ドラッド王国で使える人間は居ないだろう。
草むらからザザッ……と音がする。
「っ!!」
そちらに反応し、俺は様子を伺う。
剣を握り、草むらの向こうにいる何かに注目していた。
「ウルク! 近くに何かいる……!!」
本能的に、危険を感じていた。
何か、ヤバいのがいる。
「ミル、私の後ろに隠れていろ!」
「は、はい!」
次第に草木を掻き分ける音が近づいて来る。
無意識に剣の柄に手を伸ばす。
そうして、草むらから人影が飛び出してきた。
「う……っ……がはっ」
草むらから現れたローブを着た人が断末魔を漏らして倒れ込んだ。
(人……? 聞いていたベアックさんにしては体格がだいぶ小さい。剣じゃなくて、杖を持ってる)
目立った外傷もなく、俺は警戒を怠ることなく声を掛けた。
「大丈夫ですか……?」
「……減った」
「……はい?」
「腹が、減った……」
*
倒れた人を介抱すると、黒髪をしたダークエルフの女の子だった。
どうやら魔法使いのようで、身の丈もある杖にクリッとした瞳が特徴的な子だった。
腹が減ったというので、とりあえずモチを食べさせる。
「む~っ!! クノー米のモチ料理がこんな所で食べられるなんて。今日は運が良い」
「……モチを知ってるんですか?」
「うん。これ、東にあるクリオッテ国の伝統料理。君こそ、よく知ってるね」
「クリオッテ国……初めて聞く国の名前だな」
ウルクがつぶやくと、女の子が言う。
「知らなくて当然。遠いから、知らなくても生きていける。でも、知ってる人は凄い博識。勉強家なんだね、君」
ちょっとカタコトっぽく俺のことを褒める。
「他にも、東にあるユフィーリア国では卵料理が発達してるから、オムレツなんて物があるらしいけど……君は作れる?」
「えぇ、作れますよ。にしても、詳しいんですね……えーっと」
「レイン、名前」
「俺はアルトです。レインさんはどうしてこんな所に?」
レインは少し悩んだ素振りを見せると、俺の顔を見て話し始めた。
「フィレンツェ街には何百年ぶりに来たから、道、分からなかった」
「つまり、迷子……か?」
「違う。分からなかった」
「それを迷子と言うんじゃないのか……?」
「……違う」
淡々とした口調で否定するも、迷子であることに間違いはなかった。
半眼でムスッとするレインに俺は苦笑いを浮かべる。
「あっ、もうない」
「お腹が空いてたんですね。まだありますから、食べてください」
「……ありがとう」
「はむ、はむ」と食べるレインに、俺は疑問を抱いていた。
エルフというだけでも珍しいのに、黒髪とダークエルフ。
一人の人物と関連付けてしまうのは、おかしいだろうか。
(もしかして、ラクスさんの知り合いかな……? 妹がいるって言ってたし)
ただ、『アレな子』と言っていた。それが何を指すのかイマイチ分からないが。
「アルトたちこそ、ここに、なんで居るの」
「実は……」
とモチを食べるレインに事情を説明する。
ムシャムシャと食べながら、時折ミルに視線を向ける。
「にゃるほど……ごくんっ、ご馳走。美味しかった」
レインは杖を掴んで立ち上がる。
そのままローブを羽織り、俺たちに向き直った。
「手伝ってあげる。その荒熊のベアックって人探すの。モチのお礼」
「良いんですか……? 他にも用事があるんじゃ」
「エルフはね、時間だけは無駄にあるの。だけど、家族は一つしかない。だから助ける。それに人間は好きだしね」
俺は思わず、はっとした。
人間が好きで、人間を助けたい。
ラクスさんも初めて出会った時にそう言っていた。
(ラクスさんにそっくりだ……)
そう言って、レインは杖の底で地面をコンコン……と叩く。
レインのローブが激しくなびく。周囲が溶け合うように風が吹いた。
真剣な眼差しで、静かに息を吐いた。
「【探知】」





