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102/102

102.【ウルクside】

 

 イスフィール家の屋敷に居たウルクは、使用人の視線を気にしながら、庭園にある東屋で座っていた。

 静かに【神秘の蜜(ダーオット)】を口にし、ため息を漏らした。


「……アルトはどうしているのだろうか」

 

 前線では戦いが起っている。

 肝心の私は、祖父であるレーモンから『ウルクはここにおれ』という命令で、屋敷から出られない状況にあった。


 アルトの傍へ行きたい、そう口へするも意見を聞いて貰える様子はない。


「私を守るためにしていることだとは分かっている……だが……」


 頭ではそう理解しているが、感情は焦りを積もらせていた。

 剣の稽古をしてくれる兄もいなければ、アルトもここにはいない。


 ただ目の前に広がっているのは、美しい庭園だけだ。


 今まで、どれだけの人が自分をお嬢様と呼んでも、寂しさが埋まることはなかった。

 

 こうして一人になって、ようやくその寂しさを埋めてくれていたものに気付いた気がした。


 どうして今まで気付かなかったのだろうか……。

 顔を下に向けて、深くため息をついた。


「はぁ……」

「やけに重いため息ですのね」


 聞きなれた声がした。

 いつの間にか第三王女でもあるレアが居た。

 

「なんだ、来ていたのか」

「アルト様がいらっしゃらなくて、相当寂しがっているだろうと思いまして」

「……痛い所を突くじゃないか」

「私を誰だと思っているんですか?」


 そうしてレアが向かい合うように席に座った。


「きっとあなたはレーモン様から幽閉気味にされているだろうと思いまして、情報を伝えに来たんです」


 それは事実であった。


「どうやら、私まで前線に行くことを心配されてしまったらしい」

「無理もありませんね。ウルクは無鉄砲ですから」

「いつもなら張り合っている所だが……生憎、そういう気分じゃないんだ」


 レアが扇子を開き、値踏みするように目を鋭くした。


「それで? 大人しく屋敷に引き籠っている訳ですか」

「あのな、私は単純に……」

「アルト様が、此度の戦の和平交渉をするそうです」

「ッ!?」


 レアは静かに言葉を続けた。

 自分が知らぬ間に、どうなっているかも分からないままアルトが大きなことに巻き込まれているようで、無性に心が騒ぐ。


「アルト様から申し出たようで、上層部はそのことに賛同し、任せると」

「危険じゃないのか……?」

「危険でしょうね。アルト様は優しいお方ですから、これ以上怪我人を出したくなくて自分から申し出たのでしょう」


 なんでそんなことに……と思うも、前線にいない自分にそのことを知る由はない。


「本当にアルト様は優しすぎて無茶ばかりして……でも、いくらアルト様からの申し出とはいえ、私がそれを知る前にすんなりと許諾した上層部には腸が煮えくり返りますが……」


 バチバチ、と握りしめた扇子から嫌な音がする。


「こうなってしまっては仕方ありませんからね」

「どうするつもりなんだ……?」


 口にしてから、ふと、自分がかなり弱腰の声音をしている気がした。

 きっと表情も不安いっぱいの顔だっただろう。


 レアが扇子を閉じる。


「……今のウルクなら、どうしますか?」

「わ、私は……」


 アルトの傍へ行きたい、と思うも、自分が迷惑をかけることくらい言わなくても分かっていた。

 

 少しは強くはなった……とは思う。


 でも、レインやカリンに並ぶほどではない。


 私なんて指一本でやられてしまうだろう。


 ─────邪魔になる。


 やっぱり、私にできることなんて……。


「ほいっ!」

「痛っ!」

 

 パシッ、と扇子で頭を叩かれた。


「ウルク、あなたって本当に阿呆です」


 叩かれたところを両手で抑えながら、眉を顰めた。


「私が阿呆だと? 私はただ現実的なことを考えていただけだ!」

「ふんっ、ウルクだけじゃありません。アルト様も阿呆です」

「なっ!」


 絶対にアルトのことを悪く言わないレアが、アルトを阿呆と言った。

 その衝撃に、開いた口が塞がらなかった。


「力があるから、ないから、そんなことで悩むのは阿呆だと言っているんです」


 レアが扇子をビシッ、と横なぎして続ける。


「女王バッタとの戦いで、私も参加していました。ウルク、あなたよりもそこら辺の門番よりも弱い私が、です」


 確かに、そんなこともあったような……。

 フル装備をしていて、キラキラ姿にアルトを若干引かせていたことをよく覚えている。


「何かあった時にアルト様を守るためです」

「アルトより弱いお前がか……?」

「ほいほいっ」


 ペチペチ、と扇子で連撃してくる。


「良いですか! 良妻とは常に夫を支えるもの! 何かあった時にいざ守れぬして、何が良妻ですか!!」

「いやお前は別にアルトの妻じゃないだろ……」

「それでもです。愛している御仁が危険に身を晒そうとしているのなら、全力でお供してお守りする」


 レアがスカートを強く握りしめた。

 

「私にできるのは、それくらいですから……」 


 ……不安がっていたのは、アルトが居なくて、ぽっかりと空いた寂しい穴を持っているのは、自分だけではなかった。


「まぁ、今のウルクでは邪魔になるだけですね。良いです、私だけでアルト様の元へ行きます」

 

 踵を返すレアに声を掛ける。


「……待て! 私も行く!」


 いじらしくレアが笑ってみせた。


「良いのですか? レーモン様に叱られますよ?」

「おじい様に怒られるのは怖いが……いいさ、どうせ怒られるなら私一人じゃない」


 使用人や従者に気付かれないよう、私は装備を整えた。

 もちろん、いつも使っている大剣も手に持って。


 イスフィール家の出口付近で、ふと気になったことを問いかけた。


「だが、レア。お前、黙って前線へ行って大丈夫なのか?」

「えぇ、アルト様の和平交渉はうまく行かないとの予想ですので、そうなった時に王国が全力でアルト様を守るように仕組みたいですから」


 やはりアルトは危険な橋を渡っているらしい。


「そのせいで王女の地位を追われたりしたらどうするんだ……?」


 そんなこと、誰だって嫌だろう……レアはかなりの覚悟を決めているに違いないと思った。

 だが、レアは予想とは反して目をキラキラと輝かせた。


「そしたら、王女という肩書きが消えて楽になりますわ! アルト様と私を阻む障害がなくなりますもの!! きっと責任を感じてアルト様も引き取ってくださいます!」


 あっ……そうか。いつも通りだ。

 だが、本当にそうなりそうな気がして少しだけ怖かった。


「分かった……で? 馬車と武器はどうするんだ? 私たちだけだと何もできないぞ」

「ちゃんと用意してあります。ほら」


 出口に到着すると、馬車を背に手を振っている人物がいた。

 眼帯をしていて見覚えがある。


「よう、お嬢さん方?」

「お前は確か……ゲリオット街の【地下迷宮】にいた武器商人のザッシュか!?」


 あれから音沙汰なしだったが、レアは連絡を取っていたのか。

 自慢げにない胸をレアが張る。


「アルト様の危機で、王国側の人間じゃなくて、Aランク冒険者以上の実力があって、いくらでも迷惑を掛けて良い相手……といったらこの方しかいないでしょう?」

「あのな王女様、間違っちゃいないが……もう少し言葉に手心をくれねえか?」


 ザッシュの言葉を無視し、レアが続けた。


「他にも例の三人組パーティー【蒼穹の剣】も居ますし……あと」


 視線の先に、黒髪が見えた。


「何よ。あんたは来ないと思ってたのに」


 不機嫌そうに、ウェンティが視線を逸らした。



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[良い点] 更新ご苦労さまです。 王女のほいほいシーンが可愛すぎる!
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