101.和平を務める
建てられたテントの中で、俺が給仕の手伝いを終えると、ラズヴェリー侯爵から王国側の重鎮が集まった会議の結果を聞くこととなった。
前線はラズヴェリー侯爵に任せつつ、主な舵は王都にいる彼らが執ることとなっている。
王国側が出した答えに、俺は驚かなかった。
「和平ですか?」
「そうだ。他国へ救助を要請する前に必要なことだ。『こちらはできる限りの譲歩はした。それを蹴ったのであれば、容赦はしない』と捉えていいだろう」
和平になるのならそれに越したことはない。
でも、それをエルフ達が受け入れるのだろうか。
「アルト、お前はどう思う? あいつらが和平を受け入れると思うか?」
慎重に言葉を選ばなければならないと思った。
俺の今の立ち位置は俺が最も理解している。
下手をすれば、俺の一言が戦いに導くかもしれないんだ。
「俺としては……平和になって欲しいです。でも、エルフの人たちは和平を受け入れないでしょう」
「……ッ!」
「彼らは彼らなりの信念があります。一度始めてしまえば、もう引き返すことはしない」
相手がこちらと会話する意思があったのなら、いきなり攻めるような真似はしなかっただろう。
「そうか……争いは避けられないか。奴らも領土を広げるためとはいえ……」
「そう、そこです。俺が気になってたのはそこなんです」
「え……?」
俺はフェノーラと遭遇してから、いくつも違和感があった。
それだけではない。
情報を整理すればするほど、この戦いにエルフ側の勝算なんてほとんどないはずだ。
例えカリンやレインを打ち破れたとしても、他国から救援でやってきたSランク以上の冒険者がくればひとたまりもない。
「これを見てください」
ラズヴェリー侯爵の前には作戦用の地図がある。
俺は指をさしながら、これまでの出来事を分かり易く伝えた。
「最初に戦いが起ったのは王都の方角、ファルブラヴの後ろにあった街が占領されたのはそれから数日後です」
「ふむ……こちらの先手を取って、勝利が欲しかったんじゃないのか?」
「ですがもしも領土を広げたいのなら、真っ先に戦いよりも占領する街を増やすべきなんです」
自分たちの種や汚染といったものではない。生きる範囲を広げるための戦いでもない。
「つ、つまり……?」
「王都側へ侵攻するのはまだ早いってことです。まずは王都から遠い領地を増やし、王国の戦力をじわじわと削るべきかと」
「王国の物量は圧倒的だ。それを互角に持っていなければ、確かに勝ち目はないが……」
次に大事なのはここだった。
俺が参加した戦い。今回のことだ。
「もっと疑問なのが、今回はわざわざカリンたちを正面から受け止める陣形を取っている。まるで、カリンたちの存在を知っているかのような作戦です」
カリンたちと正面から戦ってしまえば、とてもじゃないが消耗が激しくなる。それでなくとも物量の差で負けているのに、もっと消耗してしまっては意味がない。
カリンたちとの正面戦闘なんて、絶対に避けるべきなんだ。
「た、確かに……。奴らはあえてカリンたちと戦った……?」
「はい、その可能性は大きいです」
彼らは生きるために戦っている訳じゃないのかもしれない。
「エルフたちの狙いは、王都かもしれないです」
そうでなければ、わざわざカリンたちと戦闘する意味なんかない。
「だが、そうなるとますます分からないぞ。一体なんの狙いがあって……」
この王国にはウルク、レア、ウェンティたちがいる。
これ以上、火種を広げることはできない。
「ラズヴェリー侯爵」
ラズヴェリー侯爵は分かったはずだ。
和平を申し出たところで断られる。奴らの狙いは王都一直線だ。
和平のために人を派遣しても、その人は殺されるかもしれない。
俺は一人だって死なせたくない。
「和平交渉は、俺が行きます」
「ッ⁉ だが……!」
「俺が彼らの狙いを突き止めてきます。まぁ、それが俺で叶えられるような物なら嬉しいんですけどね……アハハ」