100.対話を望む者
精霊樹ファルブラヴ────フェノーラ達は帰還し、それぞれ戦闘の結果を報告する。
樹木を住処としているエルフ達は、一本の大きな世界樹で全員が暮らしていた。
その一角で、フェノーラは腕の傷を癒す。
「痛っ、ねえもう少し丁寧にやりなさいよ。リリアーネ」
「先輩が重いのが悪いんです」
「あんたが水魔法を完全に避けきれなかったのが悪いんでしょ!」
レインの攻撃魔法、王水はフェノーラに当たっていた。
「あのクソチビダークエルフ……!」
フェノーラ達にとって、今回の戦いは勝ち戦であった。
ドラッド国内にいるであろう戦力図は把握している。
龍族カリン、魔法使いのレイン。
彼女らの力は強大ではあるものの、この二人を抑えることができれば戦況はこちらに大きく傾く。
そのことは、素人でも分かることであった。
自分たちの力は人間よりもはるかに優れている。単純な戦力差で負けはあり得ない。
「酷いやられぶりだな。フェノーラ」
煽るような口ぶりで、全身鎧に包んだ人物が現れる。
低い声音の男だ。
「ウストラ……それは私の台詞よ。カリンはあんたの所から飛んできたんだけど……?」
「前線が崩壊したのだぞ。誰かが軍を後退させなければ、あそこでカリンにやられ全滅だ。リリアーネを向かわせたのは私の命令だ。お前が今そこで傷を癒せているのも、私のお陰なのだぞ」
「よくも偉そうに……! あんな人間がいるなんて聞いてないんだけど!」
あんな人間とは、アルトのことであった。
フェノーラには勝てるはずの戦いだった。
相手はただの人間、こちらはエルフ族の血を引き、魔物の力を取り込んでいる。
上位互換の種族であるフェノーラが負けるはずがない。
「次会ったら、絶対に私がこの手で……」
「そんなことでは、次もやられるぞ」
「はぁ!?」
「甘く見過ぎていたのかもな。人間を」
フェノーラが一瞬、虚を突かれたような面持ちをする。
「なに、人間の肩を持つの。お父様への裏切り……?」
「お前は相変わらず短絡的だな。相手を認めることも重要だと言っている」
「くだらない。人間のせいで、私たちがこんな小さな森で暮らしてきたことを忘れたの!?」
ウストラが腕を組むと、鎧が掠れる音が響く。
兜を被っているせいで、フェノーラから表情は分からない。
「忘れてはいない……だが、このやり方は……」
ウストラが小さな声で呟く。
それには僅かに、懐疑的な声音が混じっていた。
「フェノーラ……お前は、産まれてから初めて森の外へ出た。そして人間と初めて会った。どう思ったんだ」
「憎い。アイツらのせいで、私が苦しめられて来たんだから……!」
「……そうか」
ウストラが思う。
(フェノーラの生い立ちを考えれば、当然か)
救ってやることはできないのだろうか、とウストラが思う。
されど、自分にその資格も手段も持ち合わせてはいない。
ウストラが返す言葉を考えていると、轟音が響いた。
「……っ!」
「集合だわ……!」
フェノーラが笑顔で駆け出していく。
フェノーラが父と慕う親。
エルフ族の王が、集まれと轟音を鳴らしている。
忘れてはならない。
これは国と国の戦争なのだ。
駆け出したフェノーラを追うように、翼のあるリリアーネも後を追いかけた。
その腕をウストラが掴む。
「待て、フェノーラが戦った相手はアルトと言ったな?」
「えっ、は、はい……ウストラ様」
(アルトか……あのフェノーラを生け捕りにしようとしたらしいが……フェノーラは『雑魚』と言っていた。殺し合いで格上の相手でも命を奪わないように戦うなど、信じられぬが……)
それでも、フェノーラを戦闘不能にさせた実績がある。
殺すのではなく対話を選ぼうとする人間。そうウストラの中では印象強く残っていた。
「皆がその道を選べれば良いのだがな……」
アルト。
その名前を確かにウストラは覚えた。