8:刀喰い
「な、なんだこのガキは……!?」
「こいつ、強いぞ!?」
囲まれないように走り回りながらイツは一人ずつ盗賊を着実に無力化していく。盗賊達はそんなイツの俊敏さについて行けず、おまけに斧を扱う盗賊も居る為、同士討ちを恐れて動きを制限されていた。
「その子を、返してもらうぞ」
跳び上がり、目の前に居る盗賊の頭を蹴る。そのまま空中を回転するとイツは背後に居た盗賊達の真ん中に降り立ち、刀を振るう。
「無国刀流ーーーー〈双綾の一閃〉!」
「うごぁ!?」
「がふっ!!」
鋭い二本の刃で突かれ、二人の盗賊が吹き飛ばされる。そのまま近くの崖に激突すると、崩れ落ちて動かなくなった。
「この……小娘が!!」
屈強な身体付きをした盗賊の一人がイツに向かって斧を振り下ろす。強力な一撃。だがイツは避けようとはせず、黒刀でそれを受け止めてみせた。
「な、なんだと……!?」
(〈日門〉……なるほど。この硬さは確かに頼もしい)
十分に力を溜めて振り下ろした一撃を、片手で持っている刀だけで受け止められた事に盗賊は衝撃を受ける。一方でイツは新たに手に入れた刀の感触を確かめていた。
「おらぁぁぁあああ!!」
「無国刀流ーーーー〈刃の舞〉!」
更に横から別の盗賊が剣を振るう。イツは斧を持っている盗賊を蹴飛ばすと、すぐさま刃を振り上げた。凄まじい金属音と共に盗賊の剣が折れ、宙に刃が舞う。
「あ、がっ……お、俺の剣が……!?」
(ここまで斬れるか、〈夜匙〉……扱いに注意しないとな)
圧倒的な斬れ味を持つ夜匙にイツすらも驚愕する。
あくまでも今の斬撃は敵の攻撃に対処する為のものだった。それなのにも関わらず黒刀は盗賊の剣を折ってみせたのだ。もしも扱いを誤れば、この刀は簡単に人の命を刈り取ってしまう。
「くそ! 何とかしてこのガキを抑えろ!!」
再び斧を持った盗賊が襲い掛かる。今度の一撃は華麗に回避し、イツは一度身を引くと挑発するように刃の先を盗賊達に向けた。
「一応忠告しておくが、今すぐこの場から去れば傷つけはしないぞ」
「舐めんじゃねぇ!!」
イツの忠告など聞かず、残っていた盗賊は一斉に武器を振り上げて襲い掛かった。それを見てイツは小さくため息を吐く。
「……致し方ない」
黒刀を構え、イツは走り出す。小柄なのを利用して一気に盗賊達の懐へと入り込み、容赦なく刃を振るった。
「無国刀流ーーーー〈連刃一刀〉!!」
「うごぁあぁあ!!」
刃が盗賊達に直撃すると同時に四つの刃が舞う。盗賊達が手にしていた武器はバラバラに砕け、そのまま盗賊達も吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ。
それを確認してからイツは黒刀を払い、周囲を確認する。辺りにはボロボロになって使い物にならなくなった武器が転がり、それと同じように盗賊達も倒れていた。
(残り、一人か……)
「ひ、ひぃっ……」
その中で唯一まだ意識がある盗賊は折れた剣を握りしめながらブルブルと震え、イツの事を見て怖がっていた。どうやら完全に戦意喪失しているらしい。脅威はもうないだろう。
「イツお姉ちゃん!」
「無事か?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら良かった」
駆け寄って来る子供の頭を撫でてやりながらイツは状態を確認する。怪我をした様子は特にない。意識もしっかりしているので問題はなさそうだ。そう判断し、イツは子供を離すと盗賊の方へと視線を向けた。それだけで盗賊は情けない声を漏らし、ガクガクと肩を震わせる。
「た、助けてくれ……俺は下っ端なんだ。命令されてやらされただけで……」
「ならば、嘘偽りなく答えろ」
イツは盗賊に歩み寄ると、刀を突きつけた。盗賊は小さな悲鳴を上げ、震えながら頷く。
ここからが重要な場面だ。敵の全貌がまだ分からない以上、手に入る情報はとことん搾り取らなくてはならない。特にここまで怯えているならば、嘘を言わずに正確な情報が手に入る。イツは鋭い目つきで盗賊を睨んだ。
「貴様らは何者だ?」
「た、ただの盗賊団だよ……!」
「他に仲間は? この辺りには潜んでいるのか?」
「ア、アジトに頭と仲間が数人……! 教会のガキを攫ってこいって、俺らだけ命令されたんだ」
ひとまずは敵に全貌と目的を聞き出すが、下っ端という事もあり詳しい情報までは聞き出せない。だがとりあえずは盗賊団が教会の子供を狙っていたという事は分かった。やはりその子供を利用して何かを企んでいたのだろう。
「…………」
イツはそこまで考えたところで一度刀を下げ、思考する。
盗賊の下っ端から聞き出した情報によると、盗賊団はそれなりの人数らしい。つまりまだアジトにたくさんの盗賊が居るという事だ。
この場合、どうするべきかとイツは考える。一度サファイア達と合流し、警備隊や冒険者達にこの事件を任せるか。それとも今自分が出来る対処を行うべきかと。
そして数秒悩むとすぐに答えを出し、イツは子供の方に振り向いた。
「お姉ちゃん?」
「心配するな。お前はあの馬と一緒に教会へ戻りなさい。馬が案内してくれる。出来るか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
教会の馬なら指示を出せば勝手に教会へと戻ってくれる。さほど距離があるという訳ではないから、この子供でも十分移動出来るだろう。そう指示を出してから、イツは改めて盗賊に歩み寄った。
「こ、殺すならひと思いにやってくれ。どうせ命令を達成出来なかったんだから、頭に殺されちまう」
「……その必要はない」
あまりにも絶望的な状況で自暴自棄になっている盗賊に、イツは意外な言葉を掛ける。そして下げていた刀をゆっくりと鞘に収めた。
「私を攫えば良い。私も十分子供だから、何ら問題ないだろう?」
「……へ?」
自身の胸に手を当てながらイツはそう提案する。そのあまりにも意味不明な言葉に盗賊は面食らい、ポカンと口を開けてしまった。
「私をそのアジトに連れていけ。そうすれば命は取らないでやる」
「……わ、分か……った」
ようやく言葉の意味を理解し、盗賊はまた絶望する。これと承諾しても、断っても、自分の未来は絶望だ。だがそれでも、か弱い盗賊はここでイツの命令を断る勇気はなかった。彼は項垂れ、静かに頷いた。
◇
森の中にある洞窟。そこは木々に隠れて見つけ辛く、盗賊達が隠れるには打って付けの場所。中はそれなりの広さがあり、盗賊達はそこに板や布を設置することで快適に生活出来るようにしていた。そこで盗賊の頭である男は、苛立った様子で足で地面を蹴っていた。
「遅いなあいつら……まさかしくじりやがったのか?」
歌姫が面倒を見ている子供を攫う。それだけの簡単な任務だ。一人が歌姫の注意を引き、その間に他の奴らが子供を一人だけ攫えば良い。上手くいけばすぐに戻って来るはずなのに、何故こんなに時間が掛かるのかと、盗賊の頭は舌打ちをする。その様子を周りの手下達は不安げな表情で伺っていた。
「か、頭。やっぱりまずかったんじゃないですか? 八英雄の一人に手を出すなんて。奴らはあの邪竜と戦った化け物なんですよ? 俺達ただの盗賊団が……」
手下の一人が我慢できず、そう意見を述べる。すると頭はギロリとその男を睨みつけた。それだけで手下は口を塞ぎ、恐怖で喋れなくなってしまった。
「なんだお前、まさかビビってるのか?」
「い、いえ。そういう訳じゃ……」
頭が問い詰めると、手下は俯いてしまう。そして他の手下にも視線を向けると、皆同じように顔を背けてしまった。どうやら今回自分達が八英雄を標的にする、というプレッシャーに大分やられているらしい。そんな情けない手下達の姿を見て頭は大きくため息を吐いた。
「八英雄が何だ。歌姫なんざ子守りをしてるただの女さ。何ら脅威じゃねぇ。むしろそいつを仕留めたとなりゃ、俺ら盗賊団の名は広まる。裏社会で一気に地位が上がるんだよ」
八英雄は裏社会でも大きな影響を持つ。彼らが存在するせいで多くの組織が活躍出来なくなり、活動範囲が狭まれる事になったのだ。中には八英雄の一人に組織を潰された者も居る。
だからこそ、彼らの一人でも討伐したとなれば多くの名声を手に入れる事が出来る。こんな日陰の仕事をしなくとも、遊んでくらせるような報酬金が手に入るのだ。故に頭は望む。八英雄の失墜を。歌姫の殺害を。
「それに、八英雄の一人をやる為に先生も雇ったんだ。今更引ける訳ねぇだろ」
「す、すいません……」
何も無策で八英雄に挑む訳ではない。正面から挑んでも勝ち目がないのは明白。ならば子供を一人攫い、自分達のテリトリーに誘い込んでしまえば良い。子供好きの歌姫ならばそれだけで簡単に堕とす事が出来る。こちらには切り札もある為、負けるはずがない。
だからこそ、最初の子供を攫ってくる目的は絶対に成功させなければならないのだ。頭は手下が未だに戻ってこない事に苛立ち、爪を噛んだ。
すると、突如洞窟の入り口から足音が聞こえて来る。
「なるほど、歌姫を引き寄せる為に子供を攫ったか。確かに今のあの子ならば急いで駆けつけるだろうな」
「……ッ! 誰だてめぇは!?」
盗賊達が声の聞こえた方向を見ると、そこには紅の髪をした少女と、手下の一人が立っていた。子供を攫いに行かせたメンバーの一人だ。どうやら無事目標は達成出来たらしい。だが不思議とその手下の顔色は生者とは思えない程白かった。
「か、頭……」
「おお、ようやく戻ってきたか! 他の奴らはどうした? お前一人だけか?」
頭は第一段階の任務が達成された事を喜び、手下へと歩み寄る。そして隣に立っていた紅の髪をした少女に視線を向けた。そこで彼は違和感を覚える。
「というか、こいつ本当に教会のガキか? 随分とでかいな……それになんだその刀の玩具?」
少女の容姿はあらかじめ教会を偵察した時に確認した子供達とは一致しないものだった。年齢も随分上のように見えるし、肩から紐でぶら下げた刀を左右の腰に携えている。何かおかしい、と頭は眉を顰める。
「おい、他の奴らはどうしたんだ? まさか歌姫に気づかれたのか?」
「そ、それが、その……」
「あ? もっと大きな声で話せ。聞き取れねぇぞ」
様子のおかしい手下は相変わらず顔色が青いまま、何かに怯えるようだった。その恐怖の視線が隣の少女に向けられている事に、頭は気づかない。
「なるほど。其方が頭か」
「は?」
ポツリと少女がそう呟く。次の瞬間、頭は自身の首を冷たい何かで撫でられるような、嫌な感覚を覚えた。
「無国刀流ーーーー〈半歩居合い〉」
気が付いた時には少女が頭の背後へと移動しており、腰に携えた鞘にいつの間にか抜いていた黒刀を収めていた。そしてカチンと音が鳴った瞬間、頭は呼吸が出来なくなる。
「かっ……ぁ……は……?」
何が起こったのかまるで理解出来ず、手足から力が抜けていく。頭はそのまま眠りに落ちるようにその場に崩れ落ち、意識を失った。
「か、頭!!?」
「こ、このガキ!!」
周りの手下達はその光景を見て数秒遅れて事態を理解し、少女が敵である事を認識する。そして慌ててで武器を構え、少女を囲った。だが彼女は一切動じる事なく、静かに刀の柄に手を添える。
「其方達の頭は落ちた。武器を捨てろ。そうすれば傷つけはしない」
「ふざけんな!!」
「よくも頭を!!!」
紅の髪の少女、イツは無駄な戦いはしなくない為忠告するが、盗賊達はそれを聞き入れなかった。仕方なく彼女は刀を抜こうとする。
「やめな」
だがその時、静止を掛ける声が洞窟内に響いた。今にも襲い掛かりそうな勢いだった盗賊達はそれだけでピタリと動きを止め、声が聞こえた方向に振り返る。
「ッ……! せ、先生!」
「先生、でもこのガキが頭を……!!」
そこに立っていたのは、盗賊達とは違う雰囲気を纏う着物の男だった。ボサボサの癖が強い黒髪は目元を隠す程伸び、顎鬚を生やしている。年齢は三十程か。腰にはボロボロの鞘に収められた刀を携えていた。
「お前らじゃその嬢ちゃんは殺せねぇよ。実力が違い過ぎる」
フラフラと奇妙な足取りでその男はやって来る。盗賊達は左右に広がって道を開けた。そして男は倒れている頭の元までたどり着き、残念そうに肩を落とした。
「あーあ、せっかく八英雄の一人とやり合えると思ったのに、雇い主がこんなにされちまった。人生上手くいかないものだな」
そう言いながら男は大きく欠伸をし、緊張感のない態度を取る。だが少女はその男が普通の盗賊達とは違う雰囲気を纏っていると気づき、警戒するように距離を保っていた。すると、黒髪の隙間から男の鋭い瞳がイツを捉える。
「まぁ良いか。もっと面白そうな奴と出会えたし」
ゾクリとイツは背筋の寒気を覚えた。明らかに今、男は距離を一歩近づけた。恐らくそれが彼の間合い。今彼女は彼が刀で斬れる範囲に入ってしまっていた。
そこでイツはようやく思い出す。この感覚に覚えがある事。かつて自分がゼンだった頃に、この男と対峙した事がある事を。
「其方……まさか、〈刀喰い〉か……!」
「ほぉ、俺の名を知ってるとは。嬢ちゃんやっぱり只者じゃねぇな?」
多くの剣士を屠り、その刀を跡形もなく破壊する凶悪な流浪の剣士、〈刀喰い〉。決まった組織に所属せず、雇われとして多くの戦場を渡り歩いているという噂。どうやら今回はこの盗賊団に雇われたらしい。
イツは僅かに口元を歪ませる。これは少々、不味い敵と遭遇してしまった。一方で男の方は愉快そうに笑みを浮かべ、鞘から斬れ味の悪そうな刀を引き抜いた。
「俺の名はシエン。刀に生き、刀を食らう者……いざ尋常に、勝負といこうじゃねぇか!」
逃げる事は出来ない。逃げる訳にはいかない。イツは黒刀を引き抜き、構えを取る。そして二人の剣士は静かに睨み合った後、同時に走り出した。
洞窟内で、鋼と鋼がぶつかり合う音が鳴り響く。