表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

7:忍び寄る盗賊達


 昼食の後、イツ達は教会の子供達と近くの街に買い物に来ていた。子供達もずっと教会に居ては疲れてしまう為、時折街へ出かける事になっているのだ。

 付き添いはコージスの父親。相変わらず寡黙だが子供達から目を離さず、静かに見守っている。


「イツお姉ちゃん、あれなにー?」

「あれは武具屋だ。お前達が行くにはまだ早いな」

「イツ姉、あれはー?」

「あれは質屋。まぁ……お前達はまだ知らなくて良い場所だ」


 好奇心旺盛な年頃の子供達は当然街のものには何でも興味を抱き、イツの袖を引っ張って聞いて来る。イツもそれに一つ一つ丁寧に答えるが、まだ幼い彼らには説明するのが難しい場所もあり、困ったように頬を描いた。


「ほらお前らあんまはしゃぐな。迷子になっちまうぞ」

「むー、コージスうっさい」

「何で俺は呼び捨て……!?」


 コージスは子供達に注意を促すが、あまり聞き入れてもらえなかった。どうやら子供達の中ではコージスの評価は低いようだ。その様子を見てイツはコージスに哀れみの視線を向ける。


「コージスはあの子達にとって近しい存在、という事だな」

「はぁ……!? つまりガキっぽいって事か?」


 さぁ、と流しながらイツは子供達と一緒に街を歩いていく。コージスはまだ不満そうな表情を浮かべていたが、父親も先に行ってしまう為、仕方なく皆の後を追い掛けた。

 それから子供達は雑貨屋の前に集まり、品物を見て回る事となった。その間イツは店の外で待っている事にする。すると顔見知りの老人が彼女へと話し掛けてきた。


「おや、イツちゃん。今日も歌姫様のお手伝いかい?」

「うむ。今は子供達と買い物をしている」


 イツは既に何度かこの街には来ている為、街の人とも交流がある。彼らもイツが歌姫のお手伝いで来ているという事を知っているのだ。


「そうかいそうかい。それにしても、何だか随分と立派な玩具を持っているね」

「玩具ではない。本物の刀である」


 老人が指差した刀をイツは手に取り、刃を見せる。その真っ黒な刀身は静かに輝いており、老人の瞳に妖しく映った。すぐにイツは刀を鞘に収め、柄から手を離す。


「ほぉ、それは驚いた。イツちゃんは大人顔負けの剣術を扱うと聞いたが、まさか刀まで与えられるとは」


 イツの実力は知っている為、老人は髭を弄りながら愉快そうに笑う。だが一瞬目を細めると、神妙な顔つきでイツに顔を近づけた。


「じゃが気を付けるんじゃぞ。最近森で盗賊が目撃されるようになったのじゃ」

「……!」


 思わぬ情報にイツは一瞬視線を動かす。だが動揺する様子は見せず、その綺麗な蒼い瞳は変わらず澄んだままだった。


「今は警備隊が調査中じゃが、奴らが何をして来るか分からん。特に、そんな業物の刀を持っているイツちゃんなど、格好の獲物じゃろうからな」


 まだ大きな事件が起こったという訳ではないが、付近で盗賊らしき姿をした人物が度々目撃されている。恐らくは盗賊団が潜んでいるのだろう。数人の盗賊ならともかく、大勢が集まった盗賊達程厄介なものはない。この街には冒険者ギルドもあるが、もしも相手がやり手の盗賊団なら面倒な事態になるかもそれない。イツの表情に、僅かな曇りが掛かった。


「……承知した。感謝する」


 そう言ってイツは老人と別れる。丁度子供達の買い物も終わったらしく、一緒に店の中を見ていたコージスも戻って来た。すると、彼の手には見慣れない物が握られていた。


「イツ、こんなの買ったぞ」

「……何だそれは?」

「髪飾りだってさ。親父に買ってもらった」


 それは綺麗な白い花の装飾が施された髪飾りであった。中々細かく作り込まれており、高価な物と思える。こんな雑貨屋で手に入るとは思わぬ収穫だ。だがイツは疑問そうに目を細め、コージスの顔を見た。


「付けるのか……? コージスが」

「いやいやいや、俺じゃねーよ!」


 まさかと思ってイツが尋ねると、コージスは大慌てでそれを否定する。そして少し恥ずかしそうに頭を掻くと、躊躇いながらイツに髪飾りを差し出した。


「イツに似合うと思って……ほら、うちの母さんもこういうの付けてるからさ」


 どうやらプレゼントという事らしい。コージスにしては随分と気が利いた事をする、とイツは思った。大方父親に助言されたのであろう。


「ふむ、なるほど……」

「別にいらなかったら良いぜ。母さんにでもやるから」


 恥ずかしくなったのかコージスは手を引っ込めようとする。だがその前にイツは髪飾りを手に取った。


「いや、受け取ろう。感謝する。こういった贈り物は初めてだ」


 そう言ってイツはサッと髪を解き、コージスから貰った髪飾りで髪を結う。紅い髪と白い花は上手く調和し、イツにとても似合っていた。


「大切にするよ。コージス」

「お、おう。なら良かったよ」


 ニコリと微笑んでイツがお礼を言うと、コージスは満足そうに頷いてさっさと背を向けてしまう。だが僅かに見えるその口元は緩んでおり、喜んでいる事が分かった。

 それから街を回るのが終わると、子供達は教会へと戻った。空は夕暮れに染まり、遠くからは虫の声が聞こえて来る。幼い子供達はそろそろ眠たげな時間だ。


「イツちゃん今日は有難うね。子供達も皆イツちゃんが相手してくれて嬉しがってたわ」

「む……それは何よりだ」


 子供達が寝る用のベッドのシーツを運んでいる途中、歌姫のサファイアがそう声を掛けて来る。イツも子供達の世話は嫌いではない為、素直に頷いておく。


「ところで、今日街で妙な話を聞いた。この近くで盗賊が目撃されているらしい」

「ああ、そう。それね……」


 イツは昼間街で老人から聞いた話を一応伝えておく事にした。するとサファイアはベッドにシーツを被せながら僅かに目を細め、疲れたように息を吐き出す。


「厄介な話よ。警備隊や冒険者達も調査してくれてるんだけど、中々見つからないらしいの。見間違いなら良いんだけど、本当に盗賊達が居るなら怖いわよね〜」


 どうやら彼女は盗賊という存在を鬱陶しく思っているらしい。もちろん、盗賊とは野蛮で危険な存在だ。そんな奴らが近くに居るかもしれないと分かれば、不安になるのは当然だろう。だがイツは歌姫の彼女が煩わしく思っている、という部分に引っ掛かった。


「〈歌姫〉殿なら、盗賊など恐れるに足らぬだろう?」


 試しにイツはそう尋ねてみる。

 支援役だったとはいえ、彼女も〈八英雄〉の一人。多くの修羅場を潜り抜け、戦って来た強者だ。そんな彼女が盗賊程度の存在を問題視している、という点がイツは気になったのである。すると、歌姫から返ってきたのは意外な答えだった。


「私ならね。でも、子供達が心配なの」

「…………」


 それは教会のマザーならば思って当然の事であった。だが、イツはそれを意外と感じてしまった。それは彼女が昔のサファイアを知っているからだ。


(サファイアが子供の心配か……昔はあんなに子供嫌いだったはずなのに)


 ふと顔を見上げてサファイアの姿を確認する。美しいその顔立ちは昔から変わらないが、あの頃はまだ子供の面影を残していた。だが今はもう立派な大人へと成長している。やはり年月が経つと何事も変化するのだと、イツは改めて思い知らされた。


「歌姫殿は、どうして教会のマザーに? 何故子供達の世話をしようと思ったのだ?」

「あら、イツちゃんからそんな質問が出るなんて、珍しいわね」


 気になっていた事をイツは尋ねてみる事にする。すると普段はあまり喋りたがらないイツが質問するのが面白かったのか、サファイアはそっと笑みを浮かべて口元に指を当てた。


「ん〜、そうね。実は私、昔は子供が苦手だったの。元気ではしゃぎ回る小さい子が、未知で怖くてね」


 トンとベッドの上に座りながら彼女はそう説明を始める。それはかつてイツが聞いた話と一致しており、やはりサファイアが子供嫌いだったのは間違いないようだ。


「でもゼンさ……鬼刃様が教えてくれたの。相手の事を怖がるだけじゃなく、まずは歩み寄ってみろって」


 まさか自分のかつての名前が出てくるとは思わず、イツは僅かに口を開ける。

 確かに、イツがゼンだった頃は他よりも歳を取っている冒険者という事で色々と相談を受けた事がある。サファイアもその一人であった。


「そうしたら心が通じて、分かり合う事が出来た。それから子供達の事が好きになって、私はマザーになったの」

「……なるほど」


 サファイアは優しい笑みを浮かべてそう答える。その笑顔はかつて自分に見せてくれたあの笑顔と変わらない、純粋なものだった。


(そうか……あの時の……)


 彼女があの時の自分の言葉を聞き、成長してくれたという事実にイツは胸が暖かくなる。自分が死んだ後も、共にいた仲間達との思い出は消えない。そのことが嬉しかった。

 すると、部屋の中に教会の子供がひょこっと入ってくる。


「歌姫様ー、お客さんだよー」

「あら、こんな時間に。誰かしら?」


 どうやら教会に誰か訪ねて来たらしい。サファイアは子供に有難うと言ってから部屋を後にし、入り口へと向かって行った。


「…………」


 残されたイツはその場で佇み、両腕を組む。そして疑問そうに目を細めた。するとその様子を見ていた子供がポカンと首を傾げる。


「イツお姉ちゃん、どうしたの?」

「いや、その客というは……知っている人だったか?」


 何となく気になった事をイツは子供に尋ねる。

 この時間帯に人が訪ねて来るというのは少々違和感がある。客というのが街の人ならば、教会が開いている昼間に来るはずだ。その謎を解く為に、イツは情報を得ようとする。


「ううん。コージスのお父さんが話してたからよく見えなかったけど、フード被った人だったよ」


 子供から返って来たのはいかにも怪しい風貌の客というものだった。コージスの父親が受け応えしているのならば大丈夫だろうが、恐らくは普通の客ではないのだろう。イツは直感的にそう判断する。


「きゃああああああああ!!」


 その時、突如壁越しに悲鳴が聞こえて来た。それは子供の声で、イツは反射的に刀の柄に手を添える。


「悲鳴……庭の方か……!」


 明らかに普通ではない悲鳴にイツはすぐさま部屋を出ようとする。その前に振り返り、怯えている子供に声を掛けた。


「其方は隠れていろ」

「わ、分かった……」


 そう言い残してイツは悲鳴が聞こえた方へと走り出す。そして窓から飛び出して庭に着地すると、そこでコージスと数人の子供達が尻餅をついて動けなくなっていた。そんな彼らにイツは歩み寄る。


「コージス、何事だ?」

「イ、イツ……! その、馬に乗った奴らが、突然がきんちょの一人を……」

「攫われたのか……」


 庭の地面を見てみるとそこには馬の蹄の跡があった。それも一頭ではなく複数。子供を攫った者達は集団で行動していたようだ。ここまでタイミングが良いのを見ると、敵はやはり盗賊だろう。そう判断するとイツはすぐさま教会にある馬小屋へと向かった。


「コージス、父親と歌姫にこの事を伝えろ。あと子供達も頼む」

「お、おう……てかお前は?」


 コージスに指示を与えながらイツは一頭の白い馬の手綱を引く。そして装備している刀の紐をしっかりと結び直すと、馬に飛び乗って鞍に跨った。


「私は奴らを追う」

「え、ちょ……!?」


 馬の横腹を蹴り、イツは馬を走らせる。地面に残っている僅かな足跡を辿りに、敵が逃げたであろう方向へと向かった。


「頼むぞ」

「ブルルル!!」


 今敵を逃す訳には行かない。もしも予想通り盗賊が子供を攫ったのならば、まずは一度自分達の住処まで子供を連れて行くはず。当然そこは見つかりにくい場所。隠れられてしまえばこちらも手を出せない。向こうが子供を攫って何に利用するかは分からないが、今逃してしまうのは絶対に阻止しなければならなかった。

 故に、イツは手綱を強く握り締め、薄暗くなりつつある平原を馬で走り抜ける。


(今ならまだ間に合う……敵を捕捉しなければ)


 足下を確認してみれば、地面に蹄の跡があり、辺りに土が飛び散っていた。まだ出来たばかりの痕跡だ。敵は近い事を悟り、イツは周囲を警戒する。


(居た……!)


 すると、前方に馬に乗った人影が見えて来る。その者達は全員黒フードを被っており、一人は子供を抱えていた。あれが子供を攫った集団で間違いないようだ。


(敵は五人か。子供を攫うだけにしては随分と慎重だな)


 歌姫の存在を考慮したのか、ただ子供を攫うだけの人数にしては随分と多い。ひょっとしたら戦闘を考慮しての人数だったのかもしれない。だとすれば敵はかなりの戦力を用意している盗賊団の可能性もある。


(やれるか……ーーーー)


 イツは気づかれないように一定の距離を保ちながら追い掛け続ける。そして静かに刀の柄に手を添えると、一気に馬を走らせて盗賊達に近づき、鞍を蹴って宙を舞った。


「無国刀流ーーーー〈半歩居合はんぽいあい〉!」

「あぐぁ!?」


 勢いよく鞘から刀が引き抜かれ、鋭い一撃が馬に乗っている盗賊達を襲う。一人に直撃し、その者は落馬した。そして他の盗賊達も怯み、馬達は怯えてその場に静止する。


「な、何だ!?」

「歌姫の追手か……!?」

「イツお姉ちゃん!」


 イツはそのまま華麗に地面に着地し、二本の黒刀を広げる。そしてゆっくりと立ち上がり、盗賊達と対峙した。盗賊達もイツが持っている刀を見て敵だと認識し、装備していた剣や斧を構え出す。


「我が名はイツ。我が刃は悪を討ち、邪を滅する。我が刃に一点の曇りもなし……いざ尋常に、勝負!!」


 イツは怯む事なく跳躍し、盗賊達に刀を振るう。月が出始めた夜空の下で、刃がぶつかり合う甲高い金属音が鳴った。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ