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6:歌姫サファイア



 〈八英雄〉は特別な存在だ。

 本来はただの冒険者に過ぎない彼らだが、一定の功績を残すと階級や、特別な権利を与えられることがある。腕っぷしだけが取り柄と認識されている冒険者達はそうやって戦績を上げ、正規の職を得ることを目標としている者が多い。皆安定した収入を求めるからだ。

 だが八英雄にはそれ以上に特別な階級と権利が与えられている。邪竜討伐という戦果を上げた為、それは当然の恩恵。ある者は騎士団の長、ある者は魔術師議長、ある者は神官など、ただの冒険者では到底届くことのなかった存在に、皆成っているのである。

 故に八英雄は全ての冒険者にとって憧れであり、雲の上のような存在であった。だが八英雄の中には、特別を望まない者も居る。例えば彼女のような……。


「イツ、今日は教会行く日でしょ。これ、子供達にお菓子持って行って上げて」

「む……承知」


 部屋で刀の手入れをしているイツに姉のイウェンは籠を手にしながらそう話しかける。その籠の中には美味しそうなクッキーが入っており、甘い匂いを漂わせていた。

 教会。カルの村と隣町の間にポツンと立っている小さな教会。そこでは親を亡くした子供や、身寄りのない子供がマザーと共に暮らしている。カルの村では時折子供達が遊びに行く事になっており、今日はイツがその約束をしていた。

 イツは早速腰に二本の刀を下げる。ただし刀を携えるには今のイツの身体には負荷が掛かってしまう為、紐を通して肩からもぶら下げられるように工夫してある。そして準備が整うと玄関へと向かった。その途中で、イウェンはイツの姿を見てため息を吐いた。


「あんた……まさかその刀持って行くつもり?」

「無論。何か問題が?」

「いや……でも……う~ん」


 そうは言いつつも不服そうな表情でイウェンはイツの腰に下げられている二本の刀を見た。どうやら彼女はイツが刀を所持していることを快く思っていないらしい。

 だがそれも当然だ。ただでさえイツは変わっているところがあるというのに、刀までぶら下げていればかなりの変人として見られてしまう。実際イツが騎士から刀を貰ったと聞いた時、イウェンはかなり反対していた。だが両親は所持することを特別に許してしまった。故にイウェンは遠回りに刀を指摘するしか出来ないのだ。


「では行って来る」

「うん、コージスのお父さんに失礼がないようにね」

「相分かった」


 そう言ってイツは家を出ると、まずはコージスの家へと向かった。

 教会に行く為には当然村の外へ出ることになる。それでは子供達だけでは危険な為、必ず村の大人が同行するのだ。今日はコージスも教会へ行く日の為、コージスの父親が付き添うこととなっていた。

 コージスの家に着くと、丁度他の子供達も集まっており、そのまま出発する流れとなった。村の門を出て、真っ直ぐ教会へと向かう。


「なー、イツ。その刀ちょっと触らせてくれよ。良いだろー?」

「駄目だ。下手に触ったら怪我をする」

「えー、良いじゃんー。イツちゃんだけずるーい」


 教会までの道を歩いている最中、剣や槍と言った武器に憧れがある子供達は当然イツの刀に興味津々であった。だがもしも何か間違いがあって怪我でもした場合、大変なことになってしまうのでイツは彼らに刀を近づけないようにする。


「おらお前ら、見せモンじゃないんだぞ。ちゃんと前見て歩け。それにイツも嫌がってるだろ」

「ちぇー、分かったよコージス」


 するとコージスが子供達の間に入り、そう注意して彼らを引き剥がした。コージスはフンと鼻を鳴らし、何事もなかったように父の後を追いかける。


「すまんな、コージス。助かった」

「別に、気にすんな」


 イツがお礼を言うと、コージスは返事だけして静かに歩き続けた。その姿は少し前の彼からは想像がつかない程大人しい。以前なら間違いなくイツの刀に一番に興味を持ち、あわよくば自分の物にしようとしていただろう。二本あるから一本くらいくれ、などと言って。だが今は他の子供達を叱る余裕がある。その成長を見てイツは少し嬉しそうに頬を緩ませた。


「ところで、確かイツって教会行くの渋ってたよな? 何でだ?」

「む……ああ、別に大した理由ではない」


 ふとコージスは思い出したように問いかけ、イツも表情は変えないままそれを肯定する。

 そう、実は教会に行く事をイツはあまり快く思っていない。他の子供達はマザーに会えたり、教会の友達と会える為喜ぶが、彼女だけが教会へ行く事を渋っていたのだ。だがそれは教会を嫌っているという訳ではない。もっと単純で、些細な理由なのだ。

 

「ただ少し、会いにくい人が居るだけだ」









 〈八英雄〉の一人、〈歌姫〉。美しいブロンドの髪に淡い翠色の瞳、全てを包み込むかのように優しい笑顔が似合う、正に聖母のような女性。

 彼女は他の英雄達のように絶大な力を持つ訳ではないが、その〈声〉には他者に力を与えたり、傷を癒したりなど特別な力が秘められている。故に冒険者時代はその歌声で多くの仲間をサポートし、遂には〈歌姫〉という二つ名を冠するようになった。実際邪竜との戦いの時も彼女は他の冒険者達をその歌声で援護し、縁の下の力持ちとして皆を根気強く支え続けてくれたのだ。

 前世は〈鬼刃〉ゼンだったイツも彼女には世話になったものだった。彼女は〈鬼刃〉である自分を慕ってくれており、日常生活でもよく後ろを付いて来たものだった。そんなことを思い出しながら、イツは眼前に広がっている光景を改めて見やる。


「という訳で、〈鬼刃〉様のおかげで邪竜は打ち倒され、世界は平和になったのでした~。良かった良かったね~」

「すごーい!」

「流石鬼刃様ー」


 教会の庭では修道服を着たブロンド髪の女性が子供達に絵本を話し聞かせていた。子供達はその鬼刃の物語を聞き、嬉しそうにはしゃいでいる。

 彼女の名はサファイア・クノックス。この教会のマザーであり、身寄りのない子供達の面倒を見ている心優しい女性。そして何を隠そう、彼女こそが〈八英雄〉の一人、〈歌姫〉である。


「歌姫様、もっと鬼刃様のお話聞きたーい」

「鬼刃様かっこいいー。もっと絵本読んでー」

「ええ、もちろん良いわよ~」


 サファイアはその優しい性格から多くの子供達に好かれている。少し前までは〈歌姫〉として前線で戦い続けていた冒険者とは思えない程、その姿は美しく清らかであり、その朗らかな雰囲気に子供達も懐いているのだろう。

 その光景を、イツは幼い子供達から少し離れた場所から眺めていた。


「相変わらず歌姫様は子供に好かれてるな。大人気だ」

「うむ……彼女は昔から人を惹きつける才を持っていたからな」


 隣に居たコージスの言葉に頷き、イツは小さく呟く。

 サファイアの人気は凄まじい。教会の子供だけでなく、イツと共に来た村の子供達までサファイアの話を聞き入っているのだ。単に彼女が母親的な存在ではなく、歌姫としての魅力が人を惹き付けるのだろう。


(まさかこうして……かつての同胞とまた相見えることになるとは……)


 イツは腕を組み、静かにサファイア達の姿を眺めている。決してその輪には入ろうとせず、かと言って拒絶するわけでもない、微妙な距離感を保ちながら、彼女は静観する。


(それにしても、サファイアが教会のマザーとは……あんなに子供嫌いだったはずなのに)


 イツの記憶が正しければ、サファイアは子供が苦手のはずだった。彼女曰く、子供は何をするか分からない。その未知な部分が受け付けないらしい。年月が経ったとはいえここまで変化したのは一体どのような心境があったのか、気になるところである。


「ところで良いのか? コージス。せっかくの歌姫の話を聞かなくて」

「俺は別に良いよ……イツもここに居るし」


 ふとイツが気になったので尋ねると、どうやらコージスも同じく子供達の輪に入るつもりはないらしい。それを聞いてイツも特に気にした様子も見せず、サファイアの方へと視線を戻す。


「そう言うイツこそ、何で歌姫様の話を聞かないんだ? ひょっとして避けてるのか?」

「……む、そういう訳ではないのだが……」


 今度はコージスの方から疑問を投げ掛けられ、イツは困ったように僅かに眉間を歪ます。

 別にかつての仲間であるサファイアの事を避けている訳ではない。むしろ自分がゼンだった頃は色々と話したり、手伝いをしてくれる仲であった為、また彼女に会える事は嬉しい。だが彼女には少々、本当に些細だが問題点があるのだ。


「はーい、という訳なので、鬼刃様は本当に強くて優しくて素敵で物静かで勇敢で頼りになる、ああもう本当にかっこいい……はぁ、はぁ……素敵なお人なんですよ~。皆覚えたかな~?」

「もうそれ何度も聞いたー」

「歌姫様いっつも同じこと言ってるー」


 サファイアは鬼刃の絵本を何度も読みながら、子供達に鬼刃ゼンの素晴らしさを熱弁する。だが子供達は既にその台詞を十回は聞いており、耳を塞いで不満を述べていた。その言葉が届いていないのか、サファイアは気にせず熱弁を続ける。その姿はまるで取り憑かれたように必死で、目が本気であった。


「……どう接すれば良いのか、分からなくてな」

「……?」


 イツはサファイアの相変わらずな熱意に頭を抱え、短くため息を吐いた。

 サファイアは鬼刃ゼンを慕っている。その好意は病的までに深く、邪竜事件でゼンを失ってからは更に加速した。

 ゼンの話になればその口が閉じる事はなく、丸一日ゼンの素晴らしさを語り、更には現在世に出版されているゼンについての本も彼女が多く執筆している。特に恐ろしいのは自室にゼンの私物を大量に飾っているらしく、教会の子供達が一度それを見ようと忍び込んだ際、サファイアに見つかって普段の優しい彼女からは想像出来ない恐ろしい形相で怒られたらしい。


「ありがとうね、イツちゃん。いつもお手伝いしてもらっちゃって」

「問題ない。仕事だからな」


 お話が終わった後、イツは教会の中に戻って昼食づくりの手伝いをしていた。何分教会には子供達がたくさん居る為、食事の量も膨大なものとなる。厨房はちょっとした戦争状態となっている。とは言ってもイツはまだ子供な為、薪を運んだりお皿を並べたりする程度だが。


「イツちゃん、その刀はどうしたの?」

「む、ああ……先日餞別として譲り受けたのだ。ある騎士からな」

「へ~、そうなの。イツちゃんは強いし、刀も似合ってるね」


 ふとサファイアはイツが腰に携えている刀を見つめる。

 本来ならおよそ少女のイツには似つかわしくない二本の刀。それはイツの背丈と同じくらいの長さで、持ち運ぶ事すら彼女には難儀そうにも思える。だが不思議と、イツがそれを携えていると様になった。


「ますます似てきたわね……ゼンさんに」


 サファイアは思わずかつての仲間であり、師でもあった鬼刃ゼンの事を思い出す。見た目、年齢、性別すら全く違うというのに、何故かイツの姿は鬼刃ゼンと重なって映った。


「……? どうかしたか?」

「ううん。なんでもないの」


 その視線にイツも気が付き、疑問そうに首を傾げる。だがサファイアはすぐに視線を外し、調理を再開した。


「イツちゃんは~、将来冒険者になりたいとか思ってないの?」


 ふと鍋の様子を見ながらサファイアがそう尋ねてくる。ごくありふれた質問だが、冒険者とわざわざ指定して来たことがイツは気になった。


「ん……まだ決めてはいない。だが、冒険者にはならんかもな」

「え~、もったいない。せっかくイツちゃんは強くて刀の扱いにも長けてるのに」


 ひとまずイツは無難に答えておく事にする。

 前の人生では冒険者として使命を果たし続けた。ならばこの二度目の人生くらい、好きに生き、存分に刀の道を極めたい。そうイツは決めていた。


「イツちゃんがその気になってたら、私がギルドに推薦してあげられるのにな~」

「それは光栄だ。だが気持ちだけ受け取っておこう」


 冒険者はある程度実力者として認められると、推薦状を書く事が出来るようになる。優秀な戦士の卵や、自身の弟子など、未来ある若者を試験なしでギルドに所属する事が出来るのだ。もちろんある程度審査や基準などもあるが、その辺りの事をイツは詳しくしらない。かつては自身も推薦状を書く権利を与えられたが、活用した事が殆どなかった。


(冒険者になったからと言って、良いことばかりではないからな……)


 ふとイツは棚からお皿を取り出しながら、心の中でそう呟いた。

 冒険者は一見自由な職業と思われているが、実際はそれ程好き勝手できる訳ではない。現にゼンだった頃は邪竜討伐の為にその身を犠牲にしなければならなかった。功績を上げ、有名になる程その力は行使されるようになってしまうのだ。

 特に〈八英雄〉ともなれば、その地位を利用しようとする輩も現れる。悲しい事だが、それは決して逃れる事の出来ない運命。そんな事を考えながら、イツはお皿を運びに厨房を後にした。



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