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19:激闘


 邪竜が咆哮を上げた。洞窟内が揺れ動き、頭上からはパラパラと土埃が落ちてくる。そして邪竜は身体を大きく捻じ上げて歪に身体を変形させると、次の瞬間八本の首をイツに向かって放った。同時にイツも走り出し、高速で近づいて来る邪竜の首を見据えながら真っ直ぐ向かっていく。

 

(まず二本の首で動きを止めようとしてくる……)


 イツが跳躍すると同時に邪竜の二本の首がイツを捕らえようと交差した。だが既に空中へと回避したイツは逆にその首を土台にして更に跳躍し、前へと進む。


(躱した先で、三本の首で仕留めようとする……ッ)


 その先では三本の首が周囲を囲み、イツを締め上げようとしていた。読んでいたイツはすかさず技を放ち、斬撃で周囲の首を弾いてその反動で邪竜の身体の近くまで移動する。


(全て抜けられれば咆哮を上げる。そして攻撃……!)


 邪竜が咆哮を上げる。そして伸ばしていた首を一気に戻すと、全方位に向けて首を振り回した。全て読んでいたイツは舞うようにそれらを回避する。


(問題ない。奴の動きは前の時と同じだ……読める・・・


 飛んでくる首を屈んで回避しながら、イツは勝利への活路が見えてきたことを確信する。

 邪竜の攻撃は前世での最期の戦いで嫌という程目で見、その身で体験した。だからこそ分かる。今回の邪竜もその時と同じ攻撃。どのような攻撃をして来るか、筋肉の動き、その生き物特有の事前動作で全て予測することが出来る。


「グオオオォォォォォ!!」

「ここだ……無国刀流、奥義……ッ!!」


 攻撃を全く当てられない邪竜は苛立ちを覚えるかのように咆哮を上げた。その隙にイツは攻撃を仕掛けようと奥義を放とうとする。

 邪竜に向かって駆け、加速し、その刃を思い切り振り抜く。だが邪竜の返ってきたのは鈍い金属音のような音。イツが振るった刀は邪竜の鋼鉄の鱗に跳ね返されてしまった。


「ぐうッ……!!」


 最大限の加速で全力で振るった一閃。その勢いがそのまま自分の腕へと返ってくる。傷ついた片腕には更に痛みが広がり、イツは唇を噛み締める。そして邪竜の反撃を回避しながらすぐに距離を取った。


「駄目だ。技が発動しない……奥義を、使えない」


 震える腕を見ながらイツは悔しそうに言葉を零した。

 もしも奥義が発動していればあの瞬間イツは間違いなく邪竜の首を全て斬っていた。だが結果は普通に技を発動した時以下、首を斬るどころか傷ひとつ付けることが出来なかった。

 その時、邪竜が先程までとは違う動きを取る。肉塊のような胴体を小刻に震わせ、目玉が付いた首を全てイツに向けていた。そしてその瞳は紫色の光を放っていた。

 

「ォォォオオオオ……!!」

「ーーーー! これは……ッ」


 その動作が何を意味するか知っていたイツはすぐさまその場から移動する。邪竜の目に灯っている光が強くなるにつれ、まるで音が吸収されていくかのように周囲が静かになっていった。そして完全な無音になった瞬間、邪竜の八つの目玉から眩い光線が放たれた。


「ぐっ……ぁあ!!」


 邪竜は八本の首を乱雑に全方向へと振り回す。八本の光線もその方向へと放たれ、洞窟内を破壊していった。イツは何とか回避したものの、衝撃波によって洞窟の外へと吹き飛ばされてしまう。

 肌寒い外、妖しく輝く月夜に照らされた地面をイツは転がり、痛みに耐えながら何とか起き上がる。ズレたお面を元に位置に戻し、揺れる視界で自身が五体満足であることを確認した。


「今のは、〈破滅の光〉……もう撃てるようになったのか」


 先程の攻撃は〈破滅の光〉と呼ばれる邪竜の技。放たれる光線は山をも溶かし、辺り一帯を更地へと変えてしまう恐ろしいものである。

 幸い今の邪竜はまだ小さい為一瞬で洞窟を破壊する程の威力はないが、それでもイツにとって衝撃だったのは邪竜がもうその技を使える状態へと成長した事実であった。


「奴は間違いなく以前の邪竜へと戻っていっている……全盛期の力を取り戻しつつある。羨ましいことだ」


 立ち上がりながらおもむろに洞窟の方へ視線を向けると、丁度邪竜が這いずるように洞窟から出て来るところだった。その動きは非常に醜く、移動する度に邪竜の口からも気味の悪い鳴き声が出ている。


「グギギギィィ」

「もう終わりか? とでも言いたげだな。生憎今世の私はか細い少女の身体なのだ。少しは容赦してくれぬか?」


 まるで挑発でもするかのように首を揺らし、邪竜はイツのことを見下す。手負の獲物を見て嘲笑っているかのようだ。だが邪竜は当然それだけでは満足しない。己の障害となる存在は完膚なきまで破壊する。


「グオオォォォァアアアアア!!!」

「ちっ……」


 咆哮を上げると同時に再び八本の首が放たれる。イツは重たい身体に鞭打って何とか走り出し、邪竜の攻撃を回避しながらこれからの作戦を考えた。


(さて、困ったことになったな……奴を倒せる技はなく、奥義も使えない。打つ手なしか)


 今のイツが邪竜を倒せる唯一の頼りは無国刀流の奥義だった。まだ力が足りないイツにとって、奥義は火力を底上げ出来る重要なもの。だがそれが使えない今イツにはもう邪竜に対抗出来る手段がない。

 お面の奥ではイツの蒼い瞳が僅かに不安げに揺れる。


(だからと言って洞窟に居るレオノを見捨てる訳にはいかない。何とかしてここで倒さなければ。邪竜を)


 イツは邪竜の攻撃を躱し続けながら必死に勝利方法を模索する。だが極限状態の彼女は一つ忘れてしまっていることがあった。鬼刃ゼンだった頃と同じ動きを続けてしまっているせいで、感覚が今の少女イツではなく鬼刃の頃へと戻っているのだ。そのせいで今の彼女の細い身体には尋常ではない負荷が掛かっていた。


「グオオオオオオ!!!」

「ーーーーしまっ……!」


 当然そんな超人的な動きを続けていれば体力は大幅に消耗し、身体は限界を迎える。本人が気付かない程僅かに動きが遅れ、イツの脚に邪竜の首が掠った。イツは体勢を崩してしまい、その隙に邪竜は首で巻き付こうとした。

 今のイツが邪竜の首で拘束されれば一瞬で骨を砕かれ、呆気なく命を散らすこととなるだろう。伸びてくる首を見ながらイツは対策方法を考える。だが肝心の身体が動かない。最早限界だった。

 明確に近づいて来る二度目の死に、彼女は飲み込まれ掛ける。


「イツ!!」

「な……ッ!?」


 刹那、イツは横から飛び出て来た何者かに抱えられて邪竜の攻撃を回避することが出来た。その人影達はそのままイツを近くの木々まで連れ込むと、邪竜から姿を隠して大きく息を吐き出した。


「はぁ、はぁ……やっべー! やべぇ! 今のは本当に死ぬかと思った」

「だ、大丈夫? イツ。怪我してない?」

「コージス、アリス。何故ここに?」


 イツを助けてくれたのはコージスとアリスの二人であった。危機一髪だった状況にコージスは焦った表情を浮かべ、アリスは傷だらけのイツの様子を見て不安そうにしている。


「寝付けなくて外抜け出してた俺が偶々気絶してるアリスを見つけたんだよ。全部聞いたぞ。まーたお前は無茶しやがって」

「イツ、心配したんだからね」

「……其方達」


 イツは二人の助力に素直に感謝し、同時に罪悪感を抱いた。自らの勝手で邪竜退治へと向かったのに、余計な心配を掛けさせ、尚且つまだ子供の彼らを危険な目に遭わせてしまった。すべからず自身が未熟なせいだ。そうイツは己を罰した。


「グオオオオォオォオ!!」

「うぉぉぉ、こえぇ。大丈夫か? 逃げた方が良いんじゃねぇか?」

「奴は目でしか獲物を追わない。少しは時間を稼げるはずだ」


 木から僅かに顔を覗かせれば、獲物を見失った邪竜が怒りの声を上げて周囲の岩場などを破壊していた。まだ奴にはイツへの敵意が深く残っている為、しばらくはイツの姿を探し続けるだろう。それまでに対抗策を考えなければならない。イツは着物の裾を破くと傷ついている片腕に結び、応急処置をした。


「どうするの? イツ。邪竜を倒す方法はあるの?」

「あるにはある……奥義を使えばな。だが今の私には、それを使えない」


 アリスはこの状況を打開する手立てがイツにならあると思い、希望を抱いて質問する。だがイツは先程奥義を失敗したばかりの為、暗い声で答えることしか出来なかった。


「はぁ? 出来ないのか?」

「……うむ」


 するとコージスが邪竜の様子を伺いながらイツの方に顔を向け、どこか信じられなさそうな表情を浮かべる。そして何かを考えるように視線を動かすと、コージスは口を開いた。


「だったら新しい奥義考えろよ」

「む?」

「ちょっと、こんな時に冗談言わないでよ。コージス」


 今にも邪竜に見つかるかもしれないという絶体絶命の状況だというのに、幼い子供のようなことを言うコージスにアリスは怒る。だがコージスはふざけた様子はなく、むしろ真剣な瞳で真っ直ぐイツのことを見据えていた。


「冗談じゃねーよ。だってイツは毎日凄い頑張って修行してるじゃんか。それなら新しい奥義くらい作れるだろ?」


 それは子供のコージスらしい簡単な考え方であった。普段子供達が行っているごっこ遊びのように、自分だけの新しい技を考えてしまえば良い。そう彼はあっけらかんと言ってみせた。

 なまじ剣術や槍術を習得しており、技を身に付けることがどれだけ大変なことか知っているアリスはコージスの発言にそんな簡単に新しい技を作れれば苦労しないわ! と突っ込みたい気分だった。だが一方でイツは、何かに気づかされたように目を見開く。


「新しい……奥義」


 お面を取り、素顔を露わにした彼女は改めて自身の二本の黒刀を見つめる。黒く輝く夜匙に、亀裂が入っている日門。あれだけ邪竜と刃を交えてもまだ折れてはいない。その刃の輝きにイツは一瞬目を奪われる。


「全ての刃は一から始まり、同じ地へと辿り着く」


 それは己の師匠から聞いた戯言のような言葉。格言と言いつつも師匠ですら何を意味しているのかは分からず、とりあえず胸に留めておけと言われた陳腐なもの。だが今はその言葉の意味が繋がっていく。


「そういう、ことか」


 イツが刀を握りしめると同時に邪竜の首の一本が木々の隙間を覗き込み、イツ達の姿を発見する。そして威嚇するように胴体を揺らして大地を震わせ、咆哮を上げた。


「グオオオオォォォォォ!!!」

「やばい、気づかれた!」


 八本の首が一気に集まり、イツ達に向かって放たれる。コージスは反応出来ずただ焦り、アリスも槍は手にしているが間に合わない。だがイツだけは静かに立ち上がり、目にも止まらぬ速さで刃を振るった。


「無国刀流ーーーー〈やいばまい〉」


 たった一度放たれた斬撃だけで八本の首を弾き飛ばし、イツは木々から出て改めて邪竜と対峙する。

 邪竜は自身の攻撃が一瞬で弾かれたのを見て警戒するように首を戻し、金属を擦り合わせたような唸り声を漏らした。


「待たせて悪かったな。ようやく、其方を倒す策が出来た」


 先程まで鬼の面をして戦っていた時と違い、今のイツはまるで重荷から解放されたかのように雰囲気が変わっていた。そしてその深く蒼い瞳で邪竜を見据え、二本の黒刀を構える。


「詰め手は整った。其方は六手で詰む……邪竜」

「グルルルルッ!!」


 今一度その刃に魂を込めてイツはいつもの宣言する。その顔は伝説の邪竜を相手しているというのに、小さな笑みを浮かべていた。


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