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16:白翼の騎士団


 ある日、イツはいつもの場所で一人修行をしていた。

 アリスは存外村の子供達と仲良くなり、今日は皆で遊ぶ約束しており、コージスも父親の手伝いがあるとかで居ない。つまりイツは久方振りに一人という訳である。


「しっーーーー」


 流れる汗に構うことなく、水面を揺らす程の勢いでイツは刀を振るう。その刃は真っ直ぐで、今の彼女にとって極限にまで研ぎ澄まされた一閃。だがそれだけでは満足しない。次なる一閃は更に疾く、更に鋭く。幼きイツは高みを目指して刀を振るう。

 そして今日は更にその一歩先の領域へ踏み入れようと、彼女はある技を放つ為に強く地面を踏み抜き、加速する。だが突如、身体のバランスを崩してしまい、イツはその場に倒れ込んでしまった。


「う、くっ……」


 幸い怪我はないが、感じていなかった疲労が一気に襲ってくる。身体が鉛のように重くなり、イツは苦しげに起き上がりながら悔しそうに唇を噛み締めた。


「やはり……この身体ではまだ奥義は早いか」


 刀を握っていた手を見てみれば、震えている。身体中の筋肉が悲鳴を上げている。それくらい先程の急加速はイツの小さな身体に負荷を掛けていたのだ。


 彼女は今回習得しようとしていたのは無国刀流の奥義。イツも鬼刃ゼンだった頃は切り札として使用していた最強の技。

 この技を習得すればイツは一気に前世の実力へと近づけるのだが、残念ながら結果は芳しくない。この奥義は少々特殊で、今までの刀術とは違って独特の足捌きによって発動する。習得してしまえば全ての技を飛躍的に強化出来る基本にして奥義と言われるものなのだ。


「前世では習得するのに何十年も掛かったが、今はやり方を知っているからすぐ習得出来ると思ったのだがな……」


 イツは悔しげに刀を握りしめ、胸の中で抱いてしまった曇りを払うように横へと振るった。

 技の仕組みは理解しているのだ。どのように動き、どのように呼吸し、どのように刀と心を通わせるかも。だが問題はこの未成熟な女性の身体。圧倒的に筋肉量が足らず、奥義を発動しようとしても逆に刀に振り回される。


「修行内容を少し変えてみるか」


 だがイツは諦めない。今世の自分は少女イツなのだ。この身体で強くなるしかない。足りないのならば、更に鍛えれば良い。身体に負荷を掛けず、技を発動する際に邪魔にならないような筋肉を。

 必ず習得してみせるとイツは強く心に誓った。


 それから彼女は今日の修行を終えると、一度広場の方へと戻ることにした。

 今日は少々無理をしてしまった。酷使した身体を休める為にも子供達の遊びに付き合うのも良いだろう。そんなことを考えながら彼女は村の中を歩く。


「あ、おーい。イツー」

「コージス」


 ふと視線の先でコージスを見つける。手を振っている彼の服は少し汚れていた。父親の手伝いで結構苦労したようだ。

 それにしてもよく会う。と言っても狭い村の中の為、よく顔を合わせるのは必然的なことなのだが。


「父親の手伝いは終わったのか?」

「ああ、さっきな。イツは何してたんだ?」

「修行」

「はは、いつも通りか」


 コージスは呆れたように腕を組む。イツからすればむしろ修行しない日などない為、当然といった表情を浮かべていた。


「ときに、どのような手伝いをしていたのだ?」


 ふと気になったのでイツは尋ねてみることにする。

 手伝いとはいえコージスは村の外へ出たのだ。以前の獣の森の騒動とは違う。純粋に羨ましい。

 きっと彼は力があるから大人達にも期待されているのだろう。だから仕事の手伝いを任されたのだ。今から経験を積んでもらう為に。そういうところはやはりコージスが男の子だから期待されているのだろうか、とイツはつい考えてしまった。


「あー、なんかよー。今隣町の兵士が来ててさ、ほらこの前鎧トロールも出たろ? 山の様子がおかしいとかで調査してて、うちの親父もそれに協力してんだよ。俺はそれの付き添い」


 少し面倒くさそうに頭を掻きながらコージスはそう説明した。イツは隣町の兵士が来ているという情報にピクリと眉を動かす。

 先日の鎧トロールの件はアリスが退治したという形で報告された。当然鎧トロールなどという危険な魔物が村の近くに来ていたというのは普通ではなく、急遽隣町の兵士達に調査を依頼したのである。


「で、特になんもなかったから俺だけ先に帰って来た。親父達ももう戻って来るよ」

「そうか」


 まだコージスが子供ということを考慮してか、大人達はあまり詳細を伝えなかったようだ。当然ではある。するとイツは口元に手を当て、目を細めて思考する。

 何か事件が起こった訳ではないようだが、兵士達が調査をしているというのが気になる。一体何の調査をしているのだろうか? 出来れば厄介ごとでなければ良いが、とイツは願った。


「……む」


 ふと顔を上げ、イツは周囲の気配を感じ取る。別段いつもの村と変わりない雰囲気。心地良い風、遠くからかすかに聞こえて来る鳥の囀り、子供達の笑い声、だがそこに、何か異物が混ざっているように思えてしまう。


(今の、気配は……?)


 何かが通り過ぎたような気がした。真っ暗な状態で自分の手に生き物が通ったような、そんな気味が悪い感覚。だがイツはその正体が分からず、思考を打ち切ってしまう。


「……気のせい、か」

「どうかしたのか? イツ」

「否、何でもない」


 コージスが気になったように顔を近づけて尋ね、イツは首を振って応える。その時、ふと道の先から話し声が聞こえてきた。聞き慣れない声にイツはその方向を向く。丁度家の角から村人と兵士達が姿を現したところだった。


「あ、ほら。親父達が帰って来たぜ」


 イツは兵士達の姿を観察し、その中に普通の兵士とは違う者達が混ざっていることに気が付いた。鎧の質が明らかに違く、纏っている気配もかなりの実力者。何より剣の柄に翼の紋章が施されている。あれは王都の者だ。そして一人の男にイツは注目する。


「あの者は、レオノ・ホークか……!」


 暗い銀色の髪を逆立たせ、常に怒っているような表情にも見える強面の男性。片目には切り傷があり、屈強な身体つきをしている。年齢は三十代後半程か。だが上等な鎧に身を包み、ピシッとした姿勢で歩くその姿はまさしく騎士そのもの。


「え、知ってるのか? イツ」

「〈白翼の騎士団〉を率いる騎士団長だ。まさか彼が送り込まれるとは……」


 彼はイツが鬼刃ゼンだった頃の友人。何度か共に世界の危機を救ったこともある戦友であった。あの頃はもっと若かったが、相変わらず厳つい表情をしている為、すぐにレオノだと分かった。


「〈白翼の騎士団〉なら知ってるぜ。〈八英雄〉とも一緒に戦った強い騎士団だろ?」

「然り。少人数だが団結力が強く、ゴブリン騒動も鎮圧したことがある」

「へー、よく知ってるな」


 レオノと兵士達は村人と何やら話をしている。森での調査でのことを話し合っているのだろう。だがそこでイツは不思議そうに目を細めた。


(しかしレオノまで来るとは、余程の異常事態なのか……?)


 隣町の兵士だけではなく騎士団まで調査に来ているのは少々妙だ。〈白翼の騎士団〉の実力は高い。それは共に戦ったイツだからこそよく分かっている。もしも彼らの力が必要な程今回の異変が深刻なのだとしたら……。そこまで考えてイツは少し不安になり、自然と刀の柄に手を添えた。


「あ、こっち来る」

「む」


 ふとレオノがイツ達のことに気が付き、兵士達と一度分かれるとイツ達の方へやって来た。そして目の前まで来ると、怖そうな表情とは裏腹にニコリと笑い、礼儀正しく胸に手を当ててお辞儀をした。


「やぁ、コージス君。先程は森の案内有り難う。助かったよ」

「いえいえ、あれくらいなら喜んでやりますよ」


 コージスも父親から礼儀作法は叩き込まれている。少し不自然だが子供ながらもきちんと返事をした。


「森のことは調査で何か分かったんですか?」

「それがまだ詳しいことは分かってなくてね。あとでもう一度調査に行くよ」

「じゃぁその時はまた俺が案内しますよ」

「ははは、それは助かるね」


 レオノは笑いながら自分の首をおもむろに触った。そんな一瞬の仕草をイツは見た瞬間、目を細める。


(虚偽だ。レオノは偽りを述べる時首を触る癖がある……何故隠す?)


 前世の付き合いでイツはレオノの癖を知っていた。あの仕草をする時は大抵不味い事態であることを隠している。単純に子供相手だから話さないだけなのか、それとも話せない程深刻な事態なのか……。イツの心に小さな不安が生まれる。

 ふとレオノはイツの方に視線を向けた。イツは何だか落ち着かなく、コージスの後ろへと隠れてしまう。


「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」

「……」

「イツ?」


 サファイアの時は仕方ない状況だった為対応したが、本来イツは話すのが得意ではない。ただでさえ相手は前世の知人である為、何を話せば良いか分からなかった。それでついコージスの後ろに隠れてしまったのだ。

 コージスは困ったような表情を浮かべるイツを見て何か調子が悪いのかと思い、仕方なく前に出てイツの代わりにレオノと話す。


「すいません。こいつ人見知りで」

「いや、こちらこそすまない。少し知人と似ているような気がしてね」


 レオノも自身が怖い顔をしているのは知っている為、それで怖がらせてしまったかとすぐに身を引いた。そして最後にもう一度だけ、イツの姿を見下ろした。


(この少女、ゼンさんの纏う闘気と似ていた気がしたんだが……あり得ないか。こんな幼いのに)


 遠目でイツの姿を見た時、レオノは彼女を一瞬旧友であるゼンと見間違えた。体格も性別も何もかも共通点はないと言うのに、その佇まいがゼンと重なったのだ。だが改めて確認すれば人形のように可愛らしく、物静かな少女であった。レオノはきっと任務で疲れているから勘違いしたのだと思った。

 そして別れの言葉を述べるとレオノはその場から立ち去って他の騎士達と合流した。レオノは居なくなったのを見るとイツはコージスの背から出て来る。


「どうしたんだよ? イツ」

「……済まぬ。少々気分が優れなくてな」


 適当な事を言って誤魔化し、イツはおもむろに自身の胸に手を当てる。

 僅かに鼓動が速くなっている。やはり旧友との再会に緊張してしまったようだ。何せ今の自分はただの村人の少女。向こうが気付くはずもないのだが、もしも正体を知られればどんな反応をされるか。


(それにしてもレオノが調査しているとなると……何か嫌な予感がするな)


 するとその時、遠くから少女の声が聞こえて来た。それは悲鳴のような、叫び声のような酷く慌てた声色であった。


「イツ、イツ、イツ〜……!」

「うおっ、なんだ?」


 声を上げていた者、アリスはその綺麗な金色の髪を乱しながらイツ達の元へと駆け寄り、息切れを起こして膝に手を付く。

 どうやらかなり慌てて走ってきたようだ。イツとコージスは心配そうに彼女の様子を伺った。


「どうしたんだよ? アリス。そんなに慌てて」

「うわっ、コージスか……じゃなくて! 大変だよイツ!」

「何があった?」


 アリスはコージスの顔を見ると露骨に嫌そうな表情を浮かべるが、すぐにイツの方へ顔を向けて最悪の報せを伝える。


「〈邪竜〉が……鬼刃様が倒したはずのあの悪魔が、復活したって……!」


 その言葉を聞いた瞬間、イツは足元が無くなるような浮遊感を味わった。自分の居場所が酷く曖昧になり、溶けて消えてしまいそうな感覚。

 この日イツは久しぶりに、恐怖を思い出した。


 

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