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14:トロールの群れ


「アリスちゃん、ほら行くよー」

「うまく取ってよー」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ。あ、わわわっ」


 アリスがカルの村に住み始めてから数日が経った。最初はお嬢様気質なところがある為、村に馴染むのが難しかったアリスだが、現在では子供達に囲まれて玉遊びを興じている。コンプレックスのせいで最初は高圧的な態度を取っていた彼女だったが、イツとの対話のおかげで少しは自分に素直になれたようで、本当の彼女は普通の可愛らしい女の子であった。


「随分と村に馴染んできたな。アリスも」

「うむ、良いことだ」


 コージスとイツは子供達と遊んでいるアリスの様子を少し離れたところから眺める。ここから見える彼女の笑顔は自然で、最初現れた時のような挑発的な態度は全く見られなくなった。イツはその変化に満足げに頷く。


「だけど俺にはなんか高圧的な態度のままなんだよなー。なんでだと思う?」

「さぁ、見当もつかん……コージスが何か気に触るようなことをしたのではないか?」

「ええー、何もしてないはずなんだけど……」


 大分村の子供達とも打ち解けてきたアリスだが、何故かコージスとは折り合いが悪かった。何やら対抗心らしきものを抱いているようで、やたら突っかかっているのである。

 やはり二人とも元は生意気な性格をしていた為、どことなく馬が合わないのもかもしれない、とイツは考えた。すると子供達から何かを受け取ったアリスがイツ達の元へパタパタと駆け寄ってきた。


「イツ見て見て、皆からこれ貰った!」


 はしゃぎながらアリスが綺麗な花を見せてくる。どうやらプレゼントということで子供達から貰ったようだ。この笑顔を見る限り、本当に嬉しいようである。

 やはり剣聖の娘という立場のせいで孤独な時が多かった為、同年代の子供と遊べるのは純粋に嬉しいのだろう。だが先程まで笑顔だったアリスはコージスのことに気がつくと、途端に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「何だ。コージスも居たの」

「何だとは何だ。俺だけ態度雑だぞ」

「ふーん、別に良いでしょー」


 べーと舌を出して挑発するアリス。何だか態度が幼くなりすぎのような気もするが、今までそういった無垢な感情を閉じ込めて来たのだろう。はっちゃけているアリスだがその表情はとても生き生きとしていた。


「アリス。大分表情が柔らかくなった。笑顔も多い。良い兆候だ」

「え、そ、そうかな?」


 イツからの言葉にアリスは恥ずかしそうに頬を赤らめ、自身の金色の髪を指で弄る。コージスの時とは違い、イツに対しては素直な態度が多い。その差にコージスは不服そうな顔をした。


「イツも見習ったらどうだ? 少しは笑えよ」

「無論、私も笑っている。少し顔に出にくいだけだ」

「イツの笑顔見てみたいなー。ぎこちないやつじゃないの」


 クスクスと笑うアリスとコージスを見てイツは何故自分の笑顔を見たいのだろう、と本気で疑問に思う。

 自分の笑顔を見たら何か良いことでもあるのだろうか? 試しにそう尋ねてみると、二人は益々おかしそうに笑った。やはり子供の感性は分からない。イツは小さく息を吐いた。


 その後、子供達と別れたイツはアリスと共にいつもの修行場へとやって来ていた。いつものようにイツは刀を振るい、アリスがその様子を少し離れた場所で岩の上に座りながら眺めている。

 そして何百回目か分からない素振りを終え、額に浮かんだ汗を拭いながらイツはふと呟く。


「ふむ……そろそろ奥義の習得をしたいな」

「え、奥義?」


 イツの言葉にピクリとアリスは反応し、起き上がってイツの側へと近寄る。そして手にしていた水筒をイツへと手渡した。


「うむ。どの流派にも大抵切り札と言える技がある。それが奥義だ」

「おおー、かっこいい」


 イツはお礼を言って受け取った水筒に口を付け、少し温くなっている水を喉へと流し込む。飢えていた身体が潤い、腹の奥から力が湧いて来る。やはり若さは凄いと改めて実感した。


「だがこの奥義を習得するには幾分か問題があるのだ」

「へー、それってどんな?」


 眉を顰め、手にしている刀を強く握り締めながらイツはその美しい刃を見下ろした。そして少し覇気のない声で言葉を続ける。


「身体がついて来れない。逆に刀に振り回され、奥義は技とすら呼べぬ粗末なものへと堕ちる」


 奥義はその流派の全てを詰め込んだ技の象徴だ。自らの物とすればあらゆる敵を屠り、あらゆる状況を覆すことが出来る切り札となる。だが同時にそれは習得の困難さを表してもいる。ましてや無国刀流の奥義となれば、今は子供のイツにはかなり難度の高い技。現に彼女は既に何度か試し、ことごとく失敗している。

 イツは刀を握りしめていた手の力を緩めると短く息を吐き出し、二本の刀を鞘へと収めた。


「まぁ地道に鍛錬していくしかないな……全ての刃は一から始まり、同じ地へと辿り着く」

「なにその言葉?」

「無国刀流の教えだ。特に意味はない」

「ええー、なにそれ、変なの」


 アリスが笑うとイツもそれに釣られて小さく笑みを零す。

 実際イツ自身もこの言葉の意味はよく分かっていない。ただ師から胸に留めておけと言われたので、忘れないようにしているだけだ。

 それからイツは帰り支度をしてそろそろ帰ろうと思ったその時、バサバサッと勢いよく飛翔音が聞こえた。その方向を向くと空に見慣れぬ鳥の群れがいた。


「わっ、凄い鳥の数だね。イツ」

「…………」


 列を作って空を舞う鳥達。その姿はどこか焦っているような、余裕のない飛行に見える。イツは目を細めてそれを観察し、疑惑の表情を浮かべる。


「……あれは骨鴉。〈牙の山〉にしか生息していないはずなのに、何故……?」


 一見すると白鳥のように美しく見える魔物、骨鴉。実際は独自の進化によって身体全体が骨のように白くなっているだけで、近くで見るとかなり醜い姿をしている。だがその実かなり大人しく、滅多に人も襲わない魔物として知られている。


「へぇ、よく知ってるね。私色んな魔物図鑑見てるのにあんな鳥初めて見たよ」


 物知りなイツにアリスは関心するが、別段イツは博識なことを披露したかった訳ではない。本来ならこの山に居ないはずの魔物が居ることに驚き、疑問を提示しているのだ。


(骨鴉は本来暗い洞窟を住処としていて、あんな大移動など滅多に行わない……何か妙だ)


 絶対にない訳ではない現象だが、それでも納得がいかない。小さな引っ掛かりを覚えるイツは胸騒ぎがし、目を瞑ると意識を集中させて周囲の気配を読み取った。すると村の外で僅かに生き物の気配を感じ取る。それは普段感じる魔物とは違う気配であった。


(この気配……何匹か魔物が村に近づいてきてるな)


 魔物達はどうやら村に向かってきているらしい。ならば無視することは出来ない。イツは目を開くと刀の紐を結び直し、水筒に残っていた水を全て飲み干した。


「アリス、私はこれから少し森に入る」

「え、村の外に出るってこと? でも魔物が居るから危ないんじゃ……」

「不足はない。今の私なら」


 この修練場なら誰にも見られることなく森に入ることが出来る。魔物も自分なら対処出来ると判断し、イツは独断で動くことにした。そしていざ森へ向かおうと思ったその時、歩みを止めて顔だけアリスの方へ向けると、ポツリを口を開いた。


「アリスも来るか?」

「へ……?」


 思わぬ誘いにアリスは目をぱちくりとさせ、困った表情を浮かべた。だがイツがこれから何をしようとしているか察すると、普段から持ち歩いてはいるが使おうとはしない槍を背負った。


「う、うん。行く。足手まといにはならないから、私も連れてって」


 まだ僅かに迷いを残しながらも、アリスは前へ進むことを選択する。イツもその決断に頷き、二人の少女は共に村の外へと歩み出した。

 今回イツが向かうのは獣の森とは反対側の森。生い茂っている木々もそれ程多くなく、一見するとゆったりとした空間が広がっている美しい自然な場所。イツはそんな中慎重に進み、アリスも一歩後ろからその後に続いていた。


「こっちの森は〈獣の森〉と違ってそれ程強い魔物は居ない。構造も入り組んでいなくて単純だ」


 イツは周囲の気配を読み取りながらアリスにも指示を出し、森の奥へと進んでいく。時折小動物達が木の上から彼女達の様子を伺ってくるが、特に何もせず姿を消してしまう。


「だがそれでも危険な場所には変わりない。心しておけよ。アリス」

「うん。わ、分かってる」


 イツの言葉にアリスは返事をするが、緊張しているのかその声は震えていた。周りをキョロキョロと観察し、落ち着かない様子である。


「でもイツ、何で急に森なんかに?」

「村に近づいて来ている魔物が居る。数は六匹……かなり荒れているようだ。このままでは村を襲うだろう」


 ここでようやくイツは詳細を伝えた。アリスも何となく察していたとはいえ、複数の魔物が村に向かってきていることには驚き、森の中にも関わらず物音を立ててしまう。


「ええ!? だったら村の大人達に報告した方が良いんじゃないの?」

「村の者では少々手こずる。私が対処した方が確実だ」


 アリスの口元に指を当て、落ち着かせながらイツはもう一度辺りの気配を探った。今の音でこちらに意識を向けた魔物は居ないらしい。良かった、とイツは胸を撫で下ろした。


「付いて来たのならば、分かっているだろう? アリス。その背負っている槍は飾りではないということを」

「……ッ!!」


 背負っている槍を指差され、アリスの表情が強張る。

 もちろん、分かっている。むしろアリスにとってこの槍はいつも使ってきた愛用の武器だ。思い入れもある。だがそれでも、今のアリスはそれに即答出来る程の覚悟が決まっていなかった。


「まだ心が決まっていないのならば戻っても良いのだぞ」

「……だ、大丈夫よ。私だって、戦えるんだから……!」


 イツはまだ早かったかと考えたが、アリスは拳を強く握りしめ、戦えると主張した。

 実はアリスはイツに敗北して以来一度も戦っていない。模擬戦も、子供同士の単なるお遊びのような戦いも一切していないのだ。それは本人も分かっているのか、それとも無意識なのか、アリスは戦いを避けるようになっていたのである。

 ひょっとしたら決断するのを心のどこかで怖がっているのかもしれない。そう思ったイツは今回誘ったがのだが、果たしてどう転ぶか。

 イツは静かに目を閉じる。


「距離、五十歩程」

「へ?」


 突然発したイツの言葉がアリスは理解出来ず、キョトンとした表情を浮かべた。一方でイツは携えている刀にゆっくりと手を添える。


「近づいてきてるぞ。かなり興奮している様子だ」

「え、まさか。もうここまで来るってこと?」

「ああ。魔物は人型だ。オークかゴーレムか……いや、もう少し重いな」


 ようやく理解したアリスは慌てた様子で背負っていた槍を取り、構えを取る。だがどの方向か来るのか分からず四方八方に視線を飛ばす。


「来るぞ」


 イツがそう口にした瞬間、前方の木々をへし折ってそこから巨大な魔物が現れた。泥のように薄汚れた身体に、大人の人間よりも何倍もある巨体、丸太のように太い腕を持ち、それでいて足は極端に短い、顔は潰れた果物のように酷く、口からはまともに機能するのか分からない鋭利な牙が生えている。


「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 六匹の魔物が地面を揺らしながらイツ達へと向かって来る。アリスは声にならない悲鳴を漏らしたが、冷静なイツは魔物と視線を合わせると、次の瞬間雷のように素早く動き出した。


「〈半歩居合はんぽいあい〉」


 気が付いた時にはイツは魔物達の背後に移動しており、カチンと音を鳴らして鞘に刀を納めていた・・・・・・・・・


「グギァアァッ……!!?」

「む……せめて二匹仕留めたかったが、浅かったか」


 赤黒い血飛沫が舞い、二匹の魔物が野太い悲鳴を上げる。一匹はそのまま崩れ落ちてしまったが、もう片方は傷口を抑えて踏ん張った。それを見てイツは口元を歪ませた。


「これって、〈鎧トロール〉じゃない……! 中級冒険者でも倒すのに苦労する強敵よ!」


 通常のトロールとは違う進化を遂げた魔物、鎧トロール。彼らの最大の違いはその硬質化された身体。なんと鎧トロールの身体には剣や槍といった武器が突き刺さっている。それがそのまま身体と一体化し、鎧のように機能しているのだ。

 現にイツ達の前に現れた六匹の鎧トロール達も、それぞれの身体に様々な武器が取り込まれている。見た目はまるで融合したかのようで気味悪い。


「全力で掛かればアリスでも問題ない。私が四匹やる。一匹は頼んだぞ」

「え?」


 鎧トロールは強敵だが、それでも一度はアリスと刃を交えたイツは子供の彼女でも倒せると判断した。そして一匹を彼女に任せるとイツは刀を抜き直し、四匹の鎧トロール達と対峙した。


(鎧トロール……やはり此奴らも〈牙の山〉に生息している魔物。一体どういうことだ?)


 丁度トロール達も四匹がイツへと攻撃を集中させ、それぞれ腕に同化しているハンマーや斧といった武器で攻撃を仕掛ける。イツはそれを軽々と回避し、アリスと距離が空くように後方へと移動した。


「だが今は、其方達を倒すのが先決だ」


 十分な距離が出来ると、イツは一旦思考するのを止めて目の前の敵を対処することに意識を集中させる。

 大きく息を吐き出し、二本の刀を構えた。鎧トロール達も武器を地面に打ち付け、咆哮を上げてイツを威嚇する。だが彼女は動じることなく、口を開いた。


「我が名はイツ……我が刃は悪を討ち、邪を滅する。我が刃に一点の曇りもなし……いざ尋常に、勝負!!」


 いつもの台詞を言い、僅かに笑ったイツは再び雷のように動き出した。真正面から鎧トロール達へ向けて、その黒い刃を振り下ろす。


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