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10:旅人のエルフ


 盗賊達との戦いの後、後始末は警備隊に任せ、イツ達はその日教会に泊まる事となった。一応色々と警備隊に説明しなくてはならない為、翌日は事情聴取で教会を離れる事も出来なかった。ただイツの願いで盗賊達を倒したのはサファイアとなっている。実際イツが倒したのは盗賊の頭と刀喰いだけであり、盗賊団自体を壊滅に追い込んだのはサファイアだ。子供が盗賊を倒したなんて噂が流れても面倒なだけの為、サファイアもそれを承諾した。

 事情聴取もサファイアが八英雄という事もあり融通が利き、そこまで時間も取られなかった。すぐにイツ達は解放され、村へ帰る許可が言い渡される。


「本当に今回は有難う。イツちゃん。貴女には助けてもらってばかりね」

「別に、私は大した事はしていない」


 荷物を整理した後、イツ達は村へ帰る為に教会の前に集まっていた。サファイアと子供達をそれを皆で見送る。


「イツお姉ちゃんまた来てねー」

「来てねー」

「ああ、もちろんだとも」


 イツに懐いている子供達は彼女にぎゅーっと抱き着く。そんな彼らの頭を撫でながらイツはその無機質な表情を僅かに和らげた。その光景を見ていたサファイアはどこか困ったように笑みを零す。


「フフ……何でかしら。私ね、イツちゃんの事を見てるととても心が安らぐの。変な事言ってるかもしれないけど」

「……変な事ではないさ」


 こんな事言っても彼女を困らせるだけだとサファイアは思っていたが、意外にもイツはその言葉に対して優しい反応を示す。その時、サファイアにはイツの姿が大人のように思えた。見た目はこんなにも幼いというのに。


「歌姫殿も、あまり無理はせぬように。偶には、気ままに読書に浸ると良い」


 そして別れの時、イツはそう言って手を振りながら去って行った。子供達も大きく手を振ってそれを見送り、サファイアも笑顔を向ける。だがふと疑問に思い、頬に手を当てた。


「あら……私が読書好きだなんて、あの子に言ったかしら?」


 首を傾げて考えてみるが、やはり自分が読書好きだなんて言った覚えはない。そもそも読書は一人の時にする為、誰も知らないはずなのだ。なのに何故彼女は知っているのだろう? やはり、不思議な子だ。そんな事を思いながらサファイアは遠くなっていくイツの姿を目に焼き付けた。






「イツ~、聞いたわよ。また随分と無茶したらしいじゃない?」

「むぅ……」


 イツが家に帰ると、そこには鬼が待っていた。正確には鬼のように恐ろしい形相をしている姉のイウェンが居た。


「あんたって子は、何でそんな危ない事ばっかりするの? 何かあったらどうするつもりだったの?」

「私は、自分に出来る最善の行動をしたつもりだ。反省すべき点はあるが、後悔はしていない」

「ぬぁぁぁぁ、この子はもぅ、本当に……」


 今回はすぐに動けるのが自分だけだった点と、子供の命が盗賊に委ねられている点を考慮し、イツは迅速に行動した。もしも一手でも遅れていれば、子供は助からなかったかもしれない。自身の力を過大評価するつもりはないが、イツは今回自分が動かなければならないと判断したのだ。故に、悔いはない。その意志を強く示すと、イウェンは頬を引きつらせてたじろいだ。だが小さくため息を吐いた後、イツの肩を掴んで真剣な表情で口を開く。


「とにかく、危ない事はしないでちょうだい。貴女が心配なの」

「ああ、大丈夫だ。姉上。心配させないくらい私は強くなってみせる」

「…………」


 イツはまだ未熟だ。だからこそ、強くなって皆を心配させないくらいの実力を培わなくてはならない。強くなる事こそが、イツの目的なのだ。そんな彼女の言葉を聞いたイウェンは何故か泣きそうな顔をしていた。


「母さ~ん、イツって頭良いはずなのに何であんな馬鹿なの~」

「さあ~、お父さんの遺伝かしらね~」


 台所で家事をしていた母親に助け船を求めにイウェンは逃げてしまう。残されたイツは何かまずい事を言ってしまっただろうか、と首を傾げた。だが結局答えは分からず、その思考は放棄する事にした。


(そうだ。此度は何とか刀喰いに勝つ事は出来たが、私はまだまだ未熟……もっと強くならなければ)


 イツはその小さな拳を握り締め、自身の目的を再確認する。

 今の実力では更なる強敵が現れた時、今度倒れるのは自分の方かもしれない。それは困る。せっかく手に入れた第二の人生なのだ。生きて刀の道を極めなくてはならない。何が何でも生き抜く。


(基本である五つの技と、詰め手は使えるようになった……あとは、〈奥義〉か)


 刃の舞、双綾の一閃、連刃一刀、転身抜刀、半歩居合いはこの身体でもそれなりの威力で技を放てるようになった。これならば本当の戦いでも何とかやっていけるだろう。

 そして技とは違う無国刀流の独自戦法、詰め手。相手の動きを読み、どのような技が来るかを予測し、それに応じた技を放つ事で一手ずつ追い込んでいく戦法。最初に全ての動きを計算し、最適な戦い方を導き出して手数を示し、それを実行するだけの戦い方。多種な技が使えるようになったからこそ、今のイツはかつてのこの戦法を使えるようになった。だがそれでも、まだ足りない。〈鬼刃〉だった頃の自分にはまだ全然追いついていないのだ。


(遠いな……刀の道は)


 イツは握りしめた拳を解き、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 戦いの日々に明け暮れる冒険者の世界に身を投じれば、今以上に強くなれるだろう。だがその生き方はもうやめると言ってしまった。今世の自分は自由に生きたい。だから、新しい戦い方を見つけなくては。

 そう決意を新たにし、イツは家を後にする。そしていつものように村の子供達と原っぱに集まり、今は平和な時をゆっくりと楽しむ事にした。


「おーい、イツー」

「む……コージス」


 するとイツ達の元に手を振りながらコージスがやって来る。何やら少し慌てているようで、息遣いが荒い事から走ってここまで来た事が分かった。


「どうかしたのか?」

「いやー、なんかよぉ、村に旅人みたいな奴が来たんだよ。珍しいよな」

「ほぅ」


 どうやら村に来訪者が来たという事で慌てていたようだ。確かにイツ達が住むカルの村は観光名所や有名な物は特にない為、この村を目的に誰かが訪れるという事は滅多にない。子供達も村の外の人物という存在に目を輝かせていた。


「えー、何それ。気になるー」

「見てみたい。行ってみよーぜ!」


 好奇心旺盛な子供達はすぐに走り出し、広場の方へと向かって行く。だがその中でイツだけは動かず、ただ静かにその子供達の後ろ姿を眺めていた。


「イツは行かないのか?」

「興味ない。私は遠慮させてもらおう」

「そっか、分かった」


 コージスも無理に付き合わせるつもりはない為、そう行って自分も広場の方へと走って行った。それを見届けた後、イツは腰に携えていた刀の柄をトントンと指で叩いた。


(……鍛錬でもするか)


 せっかく時間が出来た為、イツはいつもの修行場へ向かう事にする。そして村の外れにある修練場に着くと、早速二本の黒刀を構え、素振りをし始めた。以前と違って真剣の重みを感じながら修行が出来る為、実戦に近い修行が行える。


「ふっ……ふっ……ふっ!」


 試しにイツは先日戦った刀喰いシエンの事を想像しながら刀を振るった。斬れ味など度外視したボロボロの刀。だがその破壊力は凄まじく。イツも防御に優れた日門を使ってようやく防げるくらいだった。その想像で作り出した刀喰いの姿を、今度は力で押し切れるように強く刀を振るう。


(今の私ではまだ奥義は使えない……この身体に、もっと刀を馴染ませないと……)


 気づけばイツの額からは汗が流れ、腕も痺れ始めていた。随分と長く鍛錬していたようだ。それともこの身体の限界が速いのか。どちらにせよ過度な鍛錬は良くない為、イツは一度刀を鞘に収めた。


「おや……これは珍しい所に出くわしたの」

「……!」


 ふと背後から声が聞こえて来る。イツは反射的に刀に手を添えながら振り返った。するとそこには、ローブを纏い、長い髭を生やした老人が立っていた。


「すまんの。邪魔するつもりはなかったのじゃが、村を散歩していたら偶々通りかかったのじゃよ」

「……村に訪れたという旅人か」

「左様。邪魔しておるよ」


 風貌からして怪しい所もなく、むしろ優しいお爺さんのように見える。フードを被っている為、顔の半分が長い髭で覆われていて何だか面白おかしい姿だ。だがイツはそのフードの隙間から見える老人の正体に気が付いた。


「これは驚いた。其方、エルフか」

「ほぅ、よく分かったの。まだ子供だというのに」


 正体を言い当てられ、エルフの老人は驚きながらも慌てる様子は見せず、そっとフードを脱いだ。するとエルフ特有の尖った長い耳が現れる。


「其方の纏う気配が明らかに普通とは違う。さぞ高名なエルフのようだな」

「ほほほ、儂はただの旅好きな変わり者じゃよ」


 エルフは基本森の中での生活を好み、表世界には出てこない。掟が厳しいらしく、外界に興味があるエルフでも外に出れないようだ。それでもこのエルフの老人がこの人間の世界にやって来れたという事は、それだけの権力を持っているのか、訳アリという事であろう。


「そういうお主の方こそ、随分と摩訶不思議な気配をしておる」

「……!」


 ふとエルフはその尖った耳を動かしながらそう言う。その緑の瞳はまるでイツの心まで見透かしているようで、彼女は思わず息を飲んだ。


「さてはお主、〈上位種〉と会った事があるな? お主から女神の加護が感じられる」


 その言葉は確かにイツにも覚えがあるものだった。

 上位種。一般的には種族に優劣はないのだが、普通の種族とは比べ物にならない程、文字通り次元が違う種族達の名称。神話の中や、古い言い伝え、絵本の中に出てくる人智を超えた存在。人はそれを時には神と呼び、悪魔と呼ぶ。

 イツもまた、鬼刃ゼンだった頃、命が尽きる最期の時にそれを彷彿とさせる存在と遭遇した。現に自分は今第二の人生を歩んでいる為、彼女がその上位種である可能性は非常に高い。


「分かるのか?」

「ぼんやりとじゃがな、詳しい事までは分からぬ」


 どうやら感覚の鋭いエルフからはイツから漏れ出す上位種の気配を感じ取れるらしい。恐らくは第二の人生を与えられた際の力が加護という形で残っているのだろう。それとも、あの上位種に何らかの印を付けられたか。


「気を付けなされ。加護はお主を守ってくれるものだが、上位種は神という名称の種族に過ぎん……奴らは我々を駒としか思っておらぬ」


 エルフは目を細めながらそう忠告して来る。第二の人生を与えられたとは言え、相手は上位種。イツも素直にその言葉に頷いた。


「上位種は、私を利用するつもりなのか?」

「それも分からん。奴らの考えている事など儂らには到底想像出来ぬからの。奴らは暇を持て余し、その全能なる力で時折下界を掻き回す事しかせん」


 上位種の詳しい情報は何も分かっていない。どれだけの数が居て、どれ程の種族が居るのか、どこに住んでいるのかも分かっていないのだ。ただ漠然とその存在を感じられ、時折奇跡のような現象で下界に接触する。それしか分かっていないのである。


「ただ最近、上位種らしき存在が各地で目撃されるようになったらしい。ひょっとしたら何かを企んでいるかもしれんの」


 ふとエルフはその長い髭を弄りながら思い出したようにそう口にした。その情報はイツも気になり、口元に手を当てて思考する。


「兎にも角にも用心する事じゃ。まぁ、お主はかなりの強者のようじゃが」

「……忠告感謝する……あ」


 そこでイツはまだ名前を訪ねていない事に気が付き、顔を上げる。エルフもその事に気が付き、ほっほっと優しく笑った。


「儂の事はただのエルフと呼んでくれれば良いさ」

「ではエルフ殿、私の名はイツだ」


 イツは礼儀正しくお辞儀をして自身の名を明かす。するとエルフも同じように軽く会釈をした。


「うむ、人間の子イツよ。それでは儂はそろそろ戻らせてもらおう。また会おう」

「うむ。さらばだ」


 そう言ってエルフはフードを被り、その場から立ち去った。残されたイツは腰に携えている刀の柄に手を添え、柄の先をトントンと指で叩いた。


「女神、か……」


 もしもあの時出会った女性が上位種なのだとすれば、自分が生まれ変わった事にも納得出来る。そんな奇跡を生み出す程上位種という存在は規格外なのだ。だが不可解な部分もある。何故自分に第二の人生を与えたのか? 半ばおとぎ話扱いされている上位種が、何故自分の前に現れたのか? そんな疑問の答えを導き出そうとイツは思案する。だが結局情報が少なすぎて分かるはずもなく、小さくため息を吐いた後刀から手を離し、修練場を後にした。



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