1:死の始まり
ギルド冒険者。それは国家公認のギルドに所属する戦士達であり、街の人々からの依頼を受けたり、魔物が潜むダンジョンに挑む者達の総称。彼らは自由な行動、選択を与えられる代わりに、時には街を守る為に盾となり、世界の一大事には巨悪を打ち倒す為の剣となることを義務付けられている。言わば国が所有する兵士や騎士とは別の、臨時としての予備戦力であった。故に彼らは上層部から指示を与えられれば、例えそれがどんなに困難な依頼だとしても、遂行しなければならない。文字通り、己の命を懸けて。
「回避っ、回避しろ……!!」
「来るぞ! ブレスだ!! 魔法壁を張れ!!」
とあるダンジョンの最深部、そこでは今まさに、世界の命運を賭けた戦いが行われていた。
集まっている冒険者は数人、だが彼らは冒険者の中でも選りすぐりの戦士達であり、〈剣聖〉、〈戦姫〉、〈神弓〉と言った二つ名を持つ英雄クラスの実力を持つ者達。そんな彼らが戦うのは、相手にとって不足のない、むしろ手に余る程の巨悪であった。
「ギィィァアアアアアアアアアアアッ!!!」
〈邪竜〉。このダンジョンの最深部に封印されていた、伝説の竜。人を喰らい、街を破壊し、絶望を餌とする邪悪な竜。
その姿は竜と呼ばれながらもあまりにも常軌を逸しており、一つ目の顔に、無数に生えている首。巨大な肉塊のようなアンバランスな胴体。その身体には手足のようなものは見受けられず、どのようにして歩行するのかも予測出来ない。だがその怪物はただそこに居るだけで、周りのものを全て破壊する厄災である事には変わりない。
「ぐっ……! 〈賢者〉がやられた! もう魔法壁は張れないぞ!」
「くそっ……まさかここまで手に負えない怪物とは……!」
徐々に冒険者達の間から不安の声が上がる。
最初彼らは八人居た。だが今立っているのは五人、邪竜によって三人も再起不能にされてしまったのである。更には今まで防御に専念してくれていた〈賢者〉が倒されてしまったことによって、彼らは邪竜の攻撃を防ぐ手立てを失ってしまったのである。
「このままじゃ私達、全滅よ! どうするのっ!?」
「……ッ、一旦立て直すしかない」
「でも、邪竜が私達をみすみす逃がすと思う? 誰かが殿を務めないと……」
「…………」
邪竜の攻撃を必死に回避しながら、冒険者達はそう議論する。
状況は圧倒的に不利。このまま戦っても勝てる見込みはない。ならば再起不能になっている仲間達を連れて、一度撤退するのが最善策。生きて邪竜の情報を持ち帰れば、何か突破口が生まれるかもしれないから。彼らはそう儚い希望を抱いた。
だがその為には、まず今ここから生き延びる方法を見つけ出さなくてはならない。そしてそれを実行すれば、誰かが犠牲になるのは明白であろう。
冒険者達は静まり返った。いずれも修羅場を潜り抜けて来た戦士達であったが、相手が邪竜ともなればやはり恐怖の方が大きいのだ。自分は死ぬかも知れない。あっけなく、惨たらしく、誰にも看取られることなく、塵のように消えてしまう。その恐怖が、彼らから希望を攫っていく。
「私が、行こう」
その時、一人の冒険者が皆の前へと出た。
老齢の男であり、厳かな顔つきをした冒険者。彼も立派な戦士であったが、格好は着物で、手には二対の刀が握られていた。
「〈鬼刃〉……ゼンさん、良いのか?」
ゼンと呼ばれた老齢の男は、何も言わず小さく頷く。その姿を見て周りの冒険者達も彼の覚悟を察し、何とも言い難い表情を浮かべた。
「生き残るならば、若い者の方が良い……どうせ私は生い先短い」
ゼンは仲間に背を向けたまま、そう言葉を投げかける。すると邪竜も前に出てきたゼンを明確な敵と認識したらしく、無数の首がうねりながら奇声を上げ始めた。
「行け」
「分かった……有難う! ゼンさん!!」
ゼンに急かされ、冒険者達は心からお礼を言いながらまだ息のある仲間達を背負って撤退し始める。するとそれを見て邪竜は不快そうに気味の悪い声を上げ、無数の首を動かして追撃を始めた。だがその動きは謎の衝撃によって止められる。気づけば邪竜の首が斬り落とされており、ゼンが二対の刀を振り払っていた。
「ここから先へは、行かせんぞ」
「グィィィィアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
刀で地面に線を引き、言葉が伝わるはずもないのにゼンは邪竜にそう宣言する。するとその意図が分かったのか、それとも何本か首を切られたことに腹を立てたのか、邪竜は凄まじい咆哮を上げると幾つもの目玉でゼンのことを睨みつけ、一斉に首を動かして彼へと襲い掛かった。
「我が名は〈鬼刃〉ゼン……我が刃は悪を討ち、邪を滅する。我が刃に一点の曇りもなし……いざ尋常に、勝負!!」
無数の目玉に睨まれ、何本もの首で囲まれようとも、ゼンは臆することなく刀を構える。そして地面を跳躍すると、彼は真正面から邪竜へと刀を振るった。
◇
「……ごふっ」
それから数時間後、勝負はようやく決着が付いた。
倒れているのは、ただの肉塊へと成り果てた邪竜。その身体にはもう首が繋がっておらず、そこかしこに邪竜の顔が転がっていた。
何てことはない、ゼンは全ての首を斬り落としたのだ。通常邪竜の首は斬っても瞬く間に再生する。ならばゼンは、再生出来なくなるまで斬れば良いと単純に割り切り、今の今までずっと邪竜の首を斬り続けていたのである。だが当然、彼自身もただでは済まなかった。その身体は半分が血で真っ赤になっており、せっかくの着物が汚れていた。そして二対の刀も、刀身が折れ、地面に突き刺さっていた。
「無念……だが、やるべきことはやり終えた……」
ゼンは口から血を垂らしながら地面に倒れこむ。もはや立っている力も残っておらず、身体からはどんどん力が抜けていった。それに抗うことが出来ず、彼の身体からは温もりは徐々に消えていく。
(皆は……無事、脱出出来ただろうか……)
ゼンは仲間達のことを思い出し、彼らの安否を願った。
邪竜は倒した。この世の危機を救った。だがまず彼らが無事でなくてはならない。若い者達が生き残らなくては平和の意味がない。出来ることなら最後に彼らの顔が見たかったと、ゼンは心の中で思う。だがもうそれは叶わない。彼の視界はぼやけ、暗くなっていく。
(死、か……嗚呼……悔しいな……もっと、生きたかった……)
無意識に、ゼンの手が動く。それは地面に刺さっている二対の刀へと伸び、まるでまだ生に縋りつくように必死だった。
今更ながらゼンは願う。まだ生きたいと、まだ死にたくないと。どれだけ老いようと、どれだけ枯れようと、この身体はまだ生きたいと願っている。この腕はまだ刀を振りたいと願っている。何よりもゼン自身が、刀を極めたいと叫んでいる。
だが彼は死ぬ。奇跡など起こらない。彼はこの暗い地底の底で、一人で息を引き取るのだ。運命はそう決まっているのである。
「----可哀そうに。なんて清らかな魂なんでしょう……」
そんな絶望が決定していたゼンの元に、何者かの声が聞こえて来た。まだ僅かながら残っている気力でゼンが視界を動かすと、何と自分の目の前に光り輝く女性が立っていた。その背中には白鳥のように美しい翼が生えており、まるでこの世のものとは思えない神秘さを放っていた。
「他者を救う為に自らを犠牲にし、巨悪へと立ち向かう……! 素晴らしい、貴方は素晴らしい人間です! ああ、嬉しいわ。貴方みたいな純粋な人がまだこの世界に居てくれて……」
「そな、たは……?」
突然現れた女性は愛おしそうにゼンのことを見つめてくる。ゼンは何者かと問いかけたが、彼女は笑みを浮かべるだけで答えようとはしてくれなかった。すると、女性はゼンの元まで歩み寄り、腰を下ろすと彼の頬にそっと手を当てた。その手は人とは思えない程、冷たかった。
「貴方にチャンスを上げます。これまで他者の為に生き続けた貴方は、今度は自分の為に生きるのです。魂も記憶もそのままに、第二の人生を歩んでください」
ゼンは女性が何を言っているのか意味が分からなかった。だが触られて、ようやく分かったことがある。この女性は人間ではない。もっと別の次元の、人間とは全く違う生物なのだと、ゼンは本能的に感じ取った。
「でも、これは一種の賭けです。全てが思い通りに行く訳じゃありません。だからどうか頑張って、人の子よ」
「…………っ」
女性はそう言って優しく微笑む。すると彼女の輝いている身体から光が漏れ、それがゼンを包み込んだ。暖かく、優しい光。ゼンはその光に包まれると、眠るように静かに息を引き取った。
「どうか貴方に、女神ーーーーのご加護がありますように」
その言葉を最後に、女性もその場から忽然と姿を消してしまう。残されたのは、邪竜の死体と、ゼンだけ。だがもうここに、生者は居ない。冷たく、静かな空気が流れ続けた。
今更感はありますがtsものが書いてみたいと思い、始めてみました。
ご興味ありましたらお付き合い頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。