第七話 ごめんね、仁堂くん
「仁堂くん、足は大丈夫なの?」
私は聞く。
「足を失うのは初めてじゃないし、また生えてくるよ。
でも、それまではあまり良く泳げないし、戦うのも不利だよね。
栄養もとっておかないと生えてこないから、しっかり食べないと」
そうか、生えてくるのか。良かったなぁ。
「じゃあ、美味しいところ、仁堂くん食べたほうがいいんじゃない?」
「いや、怪我を治すには、栄養の質より量が大切だからね。
美味しいところは、あおりにあげるよ」
私、仁堂くんの優しさに、じーんってきた。
差し出されたマッコウクジラの尻尾の付け根を一口齧ってみる。
キメの細かく、でもしっかりとした肉質の旨味が、私のくちばしの中いっぱいに広がった。
これは美味しい。
夢中になって、その辺りの肉を食べ尽くしちゃった。
ちょっとさ、大食いの女子だなんて思われたらどうしようか?
仁堂くんには、可愛いって思われていたいし。
嫌われたくないし。
そして気がついた。
私、まだ仁堂くんに謝ってない。
私、ちょっとわからず屋だった。それは、自覚している。
「仁堂くん、さっきはごめんなさい」
素直に謝ることができた。
嫌われるより先に、謝ることができた方がいいよね。
仁堂くんの声が真面目なものになった。
「あおり、一つ約束してくれ。
ここは人間の世界とは違う。
油断したら、喰われるんだ。
だから、逃げろと言ったら逃げて欲しい。
墨を吐いて分身を作ることはできるけど、分身を作ったらすぐにそこから移動しなければ意味がないんだ。
だから、あおりがいたら、墨を吐いても意味が無くなってしまう」
……そうか、それはそうかも。
墨でしかないと知ったら、すぐ隣の私たちを食べに来るよね。
墨に気を取られている間に、逃げ切れなきゃいけないんだ。
だから、先に逃げていて欲しかったのか……。
「あおり、ちょっと情けなくなることを言うけれど……。
クラーケンもイカのうちでね、どうやら、クジラやサメにとって美味しいらしいんだ」
「私たちがってこと?」
私って美味しいんだ……。
それはそれで、ちょっとショック。
「そう。
だから、戦えば勝てるけど、ずーっと戦い続けているわけにはいかない。
魚は群れでいるからね。戦い続けたら、いつかはこちらが食べられてしまう。
マッコウクジラも群れを作るからね。
一対一では負けなくても、やはり戦い続けたら負けてしまう。
今回はハグレ者のクジラで助かったよ」
そうなんだ……。
仁堂くんがいくら強くても、相手の数が多ければ勝てない。
それはわかる。
急に私、海が怖くなってきてしまった。
次話、私はできる なのです。