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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ようこそ、クズスキル持ちの楽園へ! ~役立たずと言われたスキル【下剋上】は、弱いスキルほど超強化するチートスキルでした。理不尽に追放された仲間と共に、やがて伝説に~

作者: アトハ

「エイル、我がパーティーにクズスキル持ちは不要だ。

 よって貴様を、このパーティーから追放する!」


 森の中にあるダンジョン手前の休憩スペースにて。

 パーティーメンバーの武器の手入れをしていた俺は、突如リーダーに呼び出されそんな言葉を突きつけられた。



(ついに、この時が来てしまったか)


 今日のダンジョン攻略でも、たいした活躍はできず。

 俺は素材を回収しながら、パーティーメンバーの後ろを付いていくだけたった。


「たしかに俺のスキルじゃ、このパーティーには力不足かもしれない。

 それでも俺なりに、出来ることをやってきた。

 パーティの役に立とうと、必死に努力してきんだぞ!」


 思わず声をあげる。

 俺の名前はエイル、Sランクパーティーで支援職をやっている冒険者だ。



「はっ。雑用係なんて、いくらでも変わりがいるさ。

 そんなスキルを持ってる奴の努力なんざ、クソの役にも立たねえよ」

「必ず結果を出す。

 だからもう少しだけ置いてくれ」


 リーダーに縋るように、土下座で許しを乞う。

 情けなかった。


 虫けらでも見るような視線でこちらを見るのは、俺の所属するパーティーのリーダーのハルトだ。

 ハルトは俺の頭を踏みつけながら、底意地の悪い笑みを浮かべる。

 その隣には、俺の元・恋人のアイリーンがしだれかかるように寄り添っていた。



「アイリーンの幼なじみだというから、これまで面倒をみてやったが、もう我慢の限界だ。

 足を引っ張るだけのクズは、我がパーティーには不要なんだよ!」

「ええ。このようなクズは、偉大なるハルト様のパーティーにはふさわしくありません」


 「一緒に夢を追いかけよう」と。

 「冒険者になろう」と照れくさそうに声をかけてくれた優しいアイリーンは、そこにはいなかった。

 必死に許しを乞う俺を、ハルトと一緒になってあざ笑っている。


 俺と共に冒険者になったアイリーンは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのAランク冒険者。

 いつまでもEランクでくすぶっている俺とは大違いだ。

 所持しているユニークスキルは、EXスキルにカテゴライズされる【簒奪者】というもの。

 一定範囲内の魔力を徴収してパーティーメンバーに還元するという、化け物のような能力だ。


 この世界は、生まれ持ったスキルで運命が決まる。

 恵まれたスキルを持つものは、冒険者としても他の職業でも成功が約束されるのだ。

 逆に使えないスキルを持って生まれてしまったら、クズスキル持ちと一生蔑まれて生きることになる。



「優れたスキルを持っていても、そこのクズと一緒では、到底その真価を発揮することはできまい。

 アイリーン、これまで大変だったな」

「思い出したくもない日々です。

 これからはハルト様のために、喜んでこの力を使わせてもらいます」


「ありがとう。

 アイリーンのことは、これからも頼りにしているよ?」


 弱小パーティーでありながらも、アイリーンと2人で駆けた日々は、俺にとっては輝かしい日々だった。

 成果は出せずとも、明日に夢を見て毎日を必死に生きた。

 そんな日々を――彼女は『思い出したくもない日々』と言い切ったのだ。



「ちくしょう。

 どうして俺に与えられたのは、こんなスキルなんだ」


 自分のスキルが死ぬほど嫌いだった。

 どこにいっても役立たずの烙印を押されてしまうのだ、当然だった。


 俺が持つスキル【下克上】は、対象の持つスキルを強化するというものだ。

 支援職向けのスキルで、冒険者の力を引き出す優秀なものであるはずだ。

 その効果量さえまともなら。



「「「あってもなくても変わらない」」」


 俺のスキルの効果を受けた者は、口を揃えてそう言った。

 Sランクパーティーの中で、俺のスキルはどうしても見劣りした。



 【剣聖】という選ばれたスキルを持つハルトと、【簒奪者】を持つアイリーン。 

 さらには【大賢者の加護】を持つ大魔導士と、【鉄壁の守護】を持つ守護騎士。

 それは名を知らぬ者はいない「最強」の名を欲しいままにするパーティーであった。

 それなのに俺が持つスキルは、対象のスキルを雀の涙ほど強化するだけ。

 とても彼らの役には立てる物ではない。


 ステータスも突出しているわけではなく、戦闘で直接活躍することはできない。

 だから俺は、メンバーの足を引っ張らないように、裏方の仕事に回った。


 荷物持ちは当然のこと。

 依頼を受けたらモンスターの情報を集め、攻略に適したアイテムを用意した。

 モンスターの弱点を調べ、メンバーに共有した。

 時には依頼人との交渉役まで請け負った。

 どのような雑用でも、それこそ戦闘以外のことは何でもやった。


 夢にまで見た冒険者だ。

 クズスキル持ちと蔑まれても、努力次第では冒険者として役に立てるのだと証明したかった。


 ――それなのに


「早く出ていけ!」



 そんな努力をあざ笑うように。

 ハルトは俺を蹴り飛ばした。


(ああ、やっぱり生まれ持ったスキルは覆しようがないのか)


 絶望的な思いで空を仰ぐ。



「聞こえなかったのか、出ていけと言っているんだ!」


 なかなか動き出さない俺に、業を煮やしたのだろう。

 ハルトは剣を抜くと、脅すように俺に向かって得意のスキルを構え――



「嘘だろ!?」


 そのまま俺に向けて放った。

 辛うじてかわした剣聖の一撃は、俺の横を通り抜け樹々を易々と切り倒す。


 ドラゴンの鱗すら貫く光速の一撃。

 誰しもが恐れる剣聖のスキル。

 間違っても人に向けて良いものではない。



「クズスキル持ちは寄生虫だ。

 何もできないくせに付きまとってきて、甘い蜜を吸う。

 見ているだけでイライラするんだよな……」


 ハルトは俺に剣を向け、そんなことを言った。

 パーティーメンバーも止めようとはしない。

 それどころか、面白い見せ物でも見るように(はや)し立てる。

 アイリーンすらもハルトに味方しているのが、ただただショックだった。 



(――殺されるっ)


 それは本能的な恐怖。

 奴らにとって、俺は本当に虫けらで寄生虫なのだ。



「ふざけるな!」


 そう思っても、力のない俺に出来ることは何もない。

 俺は背中を向けて、一目散に駆けだした。


 木々の間を走り抜ける。

 俺だってこんなスキルを持って、生まれたくはなかった。

 冒険者として華々しく活躍したかった。



 そんな願いが引き合わせたのだろうか――?



 俺が出会ったのは同じく生まれ持ったスキルを理由に、パーティー内で散々虐められていた少女。

 その出会いが、俺の運命を大きく変えることとなる。




◆◇◆◇◆


 モタモタしていたら、ハルトは本気で俺のことを殺すかもしれない。

 奴はクズスキル持ちのことを、自分と同じ人間だとすら思っていないのだ。


 ギルド内で冒険者同士の命の奪い合いは御法度だ。

 それでも、今勢いのあるSランクパーティーのリーダーの発言。

 不慮の事故だったと言い張られたら、それが真実となるだろう。



 だから俺は必死に逃げた。

 みっともなく逃げることしかできなかった。

 そうして逃げた小道で出会ったのは――



「なんで、こんな場所に人がいるの!?

 巻き込まれたくなければ、早く逃げて」


 

 巨大な狼型のモンスターと対峙する、小柄な少女。

 目を引く特徴的な赤髪は、動きやすいように2つに結かれている。

 短剣とマント、身につけている物から想像するにシーフだろうか。


 少女はモンスターの動きを、危なっかしい動作でかわす。

 身につけた短刀で果敢に反撃するも、相手の皮膚が堅くあっさりと跳ね返されてしまった。



「ウルフェン・ロアだと!?」


 注目すべきは少女が対峙と向き合うモンスター。

 Aランクにカテゴライズされる凶悪なモンスター。

 間違っても、初心者も利用する森の中に現れる相手ではない。


「なんでこんなところに……」


 驚く俺をあざ笑うかのように、モンスターの仲間が現れる。

 血の匂いに引き寄せられてきたのだろうか。


「ウ、ウソだろ?」


 その数はざっと数えて10体ほど。

 見つけた餌を逃さないとでもいうように、モンスターの集団が俺たちを取り囲む。


 ウルフェン・ロアを相手取るときは、囲まれぬよう一体ずつ倒すのが基本だ。

 飢えた群れは、ときに熟練のAランクパーティーすらも、あっさりと壊滅に追いやる凶悪さを発揮する。



「こんな形で人を巻き込むなんて……最悪」


 迫りくる狼型モンスターの群れを目にして、少女は呟く。

 どうしようもない格上の敵。



(俺は、こんなところで終わるのか?)


 散々バカにされ、結局はパーティーを追放された。

 人生の最期は人知れずモンスターの餌。


(はは、ろくな人生じゃなかったな)


 どうしようもない。

 胸の中を諦めが支配しそうになったとき、



「こんな形で――囮にされて見殺しにされて終わるなんて。

 私は、まだ死にたくない。クズスキル持ちでも、やれるって証明したかった」


 そんな俺の心を繋ぎ止めたのは、少女のそんな言葉だった。

 クズスキル持ち、囮、見殺し――何があったか想像するには十分な言葉。



「お、おまえもクズスキル持ちなのか?」

「おまえもってことは、あなたも?」


「ああ、誰が見ても立派なクズスキルだ」


 思わず自嘲する。

 この少女も俺と同じように、散々バカにされてきたのだろうか。



「このまま終わるなんて悔しすぎる」


 血を吐くような少女の叫び。

 Sランクパーティーを追放された俺にも、その言葉は深く突き刺さった。



 勝ち目の薄い戦いだ。

 それでも少女の目は死んでいなかった。

 どんな苦境にあっても決して諦めず、最期の瞬間まで前を向き続ける姿――それは俺が憧れてやまない、冒険者の姿そのものだ。


 こんな小さな少女が、震えながらも自分を鼓舞しているのだ。

 それで奮起しないような奴は、最初から冒険者なんて目指すべきじゃない。


「俺だって、このままじゃ悔しくて死にきれない。

 だから――必ず生きて帰ろう」

「うん」


 突然、声をかけた俺に驚いた様子の少女。

 それでも力強く肯定。


「俺はエイル。おまえの名前は?」

「サーシャよ、よろしく」


 訪れた窮地を乗り切るため。

 ここに静かな協力関係が結ばれた。



「ねえ、あなたのスキルの効果は?」

「【下剋上】だ。効果は、味方のスキルを気持ちばかり強化する。

 使えなさは折り紙つきだ――ついさっきパーティーを追放されたばかりだ。

 おまえのスキルは何だ?」


「……涙が出るほど心強いよ。

 私のは【短剣の心得・超初級】――名前のとおり短剣の習熟度が、誤差レベルで早く上がるようになる。

 立派なクズスキルよ」

「……とても心強いよ」


 Eランクのクズスキル持ちが2人。

 相手はAランク上位のモンスターの大群。

 それでも俺は諦めずに、少女にスキルを使おうとして――



『スキル【下剋上】の【特殊効果】を発動しますか?』



 脳裏にいきなりそんな声が響きわたった。


「な、何だ?」


 怪訝そうなサーシャに構う余裕はない。


 さらに異変は続く。

 情報を直接、頭に流しこまれるような感覚。

 俺は自らのスキルの本当の性能を、ようやく理解しつつあった。

 不快かというと、決してそうでもない。


「ね、ねえ。大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 そうして俺は自らのスキルが持つ本当の力を理解した。

 自分のスキルでありながら、この力のことをまるで分かって居なかった。

 使い方を理解した今なら、もしかすると――


「おい、勝たせてやるぞ?」



 相手は格上。

 なんの根拠もない無責任な言葉だ。

 それでも自信たっぷりに、不敵に笑ってみせた。


「何を言ってるの?」


 サーシャは、不思議そうに俺の顔を見た。

 気でも狂ったか、と思われたのかもしれない。


 元がクズスキルなのだ。

 真の性能を理解したところで、所詮は持たざる者の悪あがきかもしれない。

 だとしても最後の瞬間ぐらい、少しは奇跡を信じてみたいじゃないか。

 



「おまえの本当の力を見せてやれ!」


 俺は少女に向かってスキルを発動した。

 



『スキル【短剣の心得・超初級】を【武神】へと進化させます』


 再び脳裏に響き渡った声。


(スキル進化、だと……?)


 予想もしていなかった効果だ。

 スキルの効果量を僅かに上昇させるだけのこれまでとは、明らかに違う異質なもの。


「――ッ!?」


 スキルの進化は、普通ならSランク冒険者の中でも更に一握りの者しか経験することができない。

 非常に珍しい事例である。

 サーシャは、驚きのあまり目を見開いた。


「あ、あなたのその力は一体……!?」

「今はこいつらを倒すのが先だ!」


 俺のことをまじまじと見つめるサーシャに、モンスターと向き合うよう諭す。



「話、後で聞かせてよね?」


 少女はそう言いうと、迫りくるモンスターに音もなく飛び掛かった。


 先ほどまでの危なっかしい動きとは異なる、一流のシーフのみが身に付けることができる「影走り」と呼ばれる技法。

 あまりの速度に常人の目には映らず、瞬間移動したように見えるのだ。

 俺のランクでは――まるで少女が消えたように感じた。



「まるで自分の体じゃないみたい」


 不思議そうにサーシャが呟く。

 そうして踊るようにモンスターを切り裂いてみせた。


 手に持つのは、先ほどまでは表皮を貫けなかった短刀。

 何の変哲もない武器のはずなのに、今では不思議な光をまとい、やけに神々しい。


「おいっ。油断するなよ?」

「大丈夫!」


 不意をつくように、後から狼型のモンスターが襲いかかる。

 その突進を、サーシャは後ろに目でもあるかのように軽やかに避けた。

 そして勢いそのままに、クルリと回転して首を跳ねる。

 さっきまで手も足も出なかったのが冗談のような、軽やかな動き。


 襲い掛かってくるモンスターの攻撃を反射神経だけで避けながら、俺はサーシャの動きを観察する。


(……ってなんで俺は、Aランクモンスターの攻撃を避けれてるんだ?)

 

 実力どおりなら、一撃で食い殺されるのが当然の実力差。

 にもかかわらず、不思議と余裕があった。



(そんなことは、どうでも良いか。

 まったく、あれのどこがクズスキルだよ!?)


 いくら本当の使い方を理解したといっても、Eランク冒険者が持つ強化スキルなんて気休めレベルだろう。

 それなのに少女はAランクモンスターを、あっさりと倒してみせたのだ。

 俺では比較するのもおこがましい――サーシャは間違いなく、凄腕の冒険者だ。

 


 その戦いは、規格外のひとことだった。

 Aランクモンスターですら、まるで相手にならない。

 これは戦闘ではなく、もはやただの狩り。



 そうして5分後には、辺りにはモンスターの惨殺死体だけが残された。


 Sランクパーティーの【剣聖】ですら、ウルフェン・ロアの群れをこの短時間で葬ることなどできないだろう。

 俺は少女に向き直り――



「何がクズスキルだ!? そんな化け物みたいなスキル、聞いたこともないぞ!?」

「何がクズスキルよ!? そんな化け物みたいなスキル、聞いたことないわ!?」


 少女と俺は、同時に叫んだ。

 まったく同じことを。




◆◇◆◇◆


「おまえのスキルすごいな!?」

「あなたのスキル、有り得ないほど強いのね!?」


 すごい達人と出会ってしまった、と俺はウキウキとサーシャに話しかけた。

 一方の少女も、息を弾ませながらテンション高くそう言う。


「いやいや、冗談はよしてくれ。

 俺のは正真正銘のクズスキルだ」

「あなたこそ、何の冗談?

 私なんて10000人に1人のクズスキルとまで言われているのよ」


 10000人に1人とだけ言われると、レアリティだけなら高そうだな?


「謙遜はいらない。

 これでも本当に命の危機を感じてたんだ。

 そんなに強いなら、先に言ってくれよな?」

「謙遜なんてしてない。

 このスキルのせいで、私は誰にも必要とされてこなかったのだから」


 そう言われても信じられない。

 自分のスキルのクズっぷりは、何より自分が知っているのだから。



「俺のスキルは効果時間の面でもクズスキルだ。

 聞いて驚け、効果は1戦闘しか持続しないんだぞ?」

「あんな常識外れの効果を持っていて、それがどうしたって言うのよ!

 私のスキルなんて効果量がゴミなのは当然。

 そもそも『短剣』て認識される条件がシビアすぎて、ろくに恩恵も受けられないのよ?」


 なぜか自分のスキルがいかにゴミであるかを、俺たちは熱く説明しあう。

 何が悲しくて、こんな張り合いをしているのか。



「……説明したとおり、俺のスキルは間違いなくクズスキルと呼ばれる代物だ。

 悲しいことに『あってもなくても変わらないゴミ』と、Sランク冒険者からもお墨付きまで貰っている」

「そんなバカな……」

 

 驚くサーシャが、嘘をついているようには見えない。


「だいたい自信満々に言ってたじゃない?

 『勝たせてやる』って」

「あれは自分を鼓舞するための演技だ!」


 その様子は演技をしているようには見えない。 

 おそらくサーシャの持つスキルも、俺と大差ないレベルのクズスキルなのだろう。

 それにも関わらず、少女はAランクモンスターの群れを瞬殺してみせた。

 この現状に、心当たりがあるとすれば――


「そういえば、スキルを発動する時に興味深い声を聞いたな。

 スキルの『特殊効果』を発動させるってな」

「何それ? どう考えてもそれが原因じゃない!?」


 やっぱり、そうなのだろうか?

 にわかには信じがたい。


 俺は頭に入り込んできたスキルの特殊効果を思い出す。

 強化対象のスキルが、多少の強化では使い物にならないぐらい――どうしようもなく弱い場合に、強化幅を大幅に上昇させるという隠れ効果。

 俺がそのことを伝えると、



「悪かったわね、どうしようもないほどに弱いスキルで」


 むっとしたように言う。

 それでもどこか納得した表情を浮かべていた。


「あ、悪い」

「いい。事実だもの」


 何でもないことのように。



「それにしても、とんでもないスキルね」

「そうか?」


 サーシャがしみじみとつぶやく。


「そうよ。エイルの力を借りれば、クズスキル持ちでもあそこまで戦える。

 ――あなたは私たちクズスキル持ちにとっての、最後の希望かもしれないわね」

「そんな大げさな」


 ここまで持ち上げられても反応に困る。

 茶化すように言った俺に反して、サーシャは大まじめな表情。


「大げさなんかじゃない。

 Eランクのクズスキル持ちでも、Aランクモンスターの群れを1人で倒せるようになったのよ?

 力のからくりが分かった今、そのスキルがあればどんなパーティーでも諸手を上げて歓迎するんじゃない?」


 ――クズスキル持ち脱却おめでとう


 サーシャは寂しそうにそう言った。

 クズスキルと一度評価されてしまっても、有用な使い道が分かれば評価が覆る可能性は十分にある。



(そう言われても、実感ないんだよな……)


 まるで現実感がなかった。

 それに絶体絶命の危機を共に乗り越えたサーシャの暗い表情を見て、俺は素直に喜ぶこともできなかった。


「いいや、俺のスキルはやっぱりクズスキルだよ」


 だから俺はそう口にする。


「……下手な同情はいらない」

「同情なんかじゃないさ」


 人並みの力を手にすることは念願だった。

 ようやく少しは人の役に立てそうな力を手にしたのだ。

 この力を何に使っていくか、俺は考える。


(これまでバカにしてきた奴らのために使うのか?)

(またバカにされる生活に戻らないために、必死で機嫌を取りながら?)


 冗談じゃない。



「クズスキル持ちってだけで無造作に踏みつける。

 人の痛みが分からないやつらに仲間入りするぐらいなら――俺はずっとクズスキル持ちで構わない」


 俺のいる場所は向こう側ではない。

 スキルの効果もそう告げている。

 だってこのスキルは、弱者にしか効果を与えないのだから。


(いや、それどころか……)


 10000人にひとりのクズスキル、と少女は言っていた。

 このスキルとサーシャは、実はとんでもなく相性が良いのではないか?



「なあ、いきなりで申し訳ないお願いなんだけどさ。

 良かったら俺とパーティーを組んでくれないか?」

「え、なんで?」


 どうして私なんかと? と、サーシャは驚きの表情を浮かべる。



「さっきも言ったでしょう?

 あなたほどの力があれば、どのパーティーに行っても……」

「いや、やっぱり俺の居場所はどこにもないよ。

 このスキルは、相手が強ければ強いほど効果が薄まっていくんだから」


「そ、それでも。メカニズムが分かればいくらでも方法が――」


 少女の言葉を遮り、



「他の誰でもない。

 おまえの力が必要なんだ。

 俺は他でもないサーシャと、パーティーを組んでみたいと思ったんだ」


 そう言い切った。

 もちろん俺のスキルの発動条件を満たせる貴重な人材というのもあるが、それだけではない。

 

 背負ったのは、クズスキル持ちというハンデ。

 それでも、いずれ届く日を夢見て目標に向かって馬鹿にされながら冒険を続けていた。

 恵まれない境遇にいながら、その道を捨てられずにあがく諦めの悪さ。

 何より格上のモンスターに囲まれた絶望的な状況で、最後まで抗うことを止めなかった強い心。


 この少女は、Eランクであることが不思議な魅力的な冒険者だ。

 これまで出会った誰でもなく、この少女と旅をしてみたいと思ったのだ。



「ダメかな?」

「わ、私、そんなこと言われたのが初めてで。

 邪魔だって、足を引っ張るって。

 冒険者を止めろって、何度も、何度も。

 いつも余り者で――邪魔者だって言われ続けてきて――」


 サーシャの口からこぼれだしたのは壮絶な過去。

 断片的な言葉から、これまでの苦労が想像できる。

 綺麗な深紅の瞳から、ポロポロと涙がこぼれだす。



「本当に私なんかと、パーティーを組んでくれるんですか?」


 サーシャは涙みながらも、辛うじてそう言った。



「ああ、だいたいAランクモンスターを蹴散らせるおまえが邪魔者なわけがないだろう?」

「でもそれは、あなたのスキルがあってのことで。

 やっぱり私は、あなたのパーティーメンバーには相応しくないわ」


 サーシャはやんわりと断ろうとした。 

 


「俺の力を発揮できるのも、おまえに対してだけなんだ。

 でも――そんな奴のパーティーに入るなんて、むしろ迷惑だよな。

 ごめん、俺の都合を押し付けちゃったな」

「そ、そんなことない!

 パーティーを組みたいなんて言われるのが、初めてで驚いただけ。

 あなたのことは信用できる――本当に嬉しい」


 少女はぶんぶんと首をふり、俺の言葉を否定する。

 そして浮かべたのは、屈託のない年相応の笑顔。



(ああ、そんな顔もできたんだな)


 思わず見惚れてしまう。

 呆ける俺に、少女は手を差し出してくる。


「エイル、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、サーシャ」


 そうして固く握手。

 やがては世界最強の名を欲しいままにする、伝説のパーティー結成の瞬間であった。



「街に帰ったら、今のパーティーを脱退します」

「今のパーティーって……君を囮にして逃げた奴らだよな。

 そんな奴らに義理立てする必要はない――勝手に脱退したことにすれば良いんじゃない?」


 マナー違反ではあるが、元を正せばモンスターの群れを相手に仲間を囮として使うパーティーが悪いだろう。


「相手と同じレベルに落ちるつもりはない。

 最低限の義理は通すよ」


 少女がそう言うのと――



「おい、生き残ったならさっさと合流しろよ。

 クズスキル持ちの分際で、なに人様の手を煩わせてるんだ。この愚図が!」


 望まぬ声が聞こえてくるのは、同時であった。

 あまりに不快な声。

 少女がビクリと体を震わせ、体を硬直させる。


「おや〜? 隣にいるのは、ハルトの旦那のところのクズじゃねえか?

 はっ、クズ同士お似合いじゃねえか!?」


 ゲラゲラと品のない笑みを浮かべる。

 


(こんな奴らが、サーシャのパーティーメンバーなのか)


 馬鹿にしきった声。

 常日頃の扱いが想像出来ようというものだ。


 俺が抗議の声を上げようとするより前に――



「リーダーに向かって、あんな失礼な口の聞き方。

 ……許せない!」


 無礼な乱入者に声を上げたのは、怒った少女の方であった。




◆◇◆◇◆


「エイルは、クズなんかじゃない。

 アギト。その言葉、すぐに取り消して!」


 俺たちを取り囲むサーシャの元・パーティーメンバーは5人。

 自分より遥かに大柄な男――アギトに、少女は果敢に啖呵を切る。


「クズにクズって言って何が悪い。

 どこのパーティーに行っても拾って貰えなかったおまえを、拾ってやった恩を忘れたのか?」

「今日でパーティーは脱退する。

 後でギルドにも届けるよ。

 ……お世話になりました」


 常日頃から不当な扱い。

 モンスターの囮にされて、見殺しにされたのだ。

 言ってやりたいことも、沢山あるだろう。


 それでもサーシャは、それらのことには触れず、事務的に済まそうと切り出した。

 それは誰が見ても、大人の対応だと思えるもの。



「ああん? 脱退だと。

 おまえのようなゴミを拾う物好きが、他にいる訳がないだろう?」


 しかしその善意を、アギトは踏みにじる。

 人を踏みつけることに慣れてしまい、痛みに鈍感な者が放つ聞くに耐えない言葉。

 サーシャは表情を歪める。



「……俺がパーティーを組んで欲しいと、そう頼み込んだよ」


 見ていられない。

 思わず口を挟んだら、


「はは、これは傑作だ。

 よりにもよって、クズスキル持ち同士でパーティーを組もうってか?」


 心底馬鹿にしたように、アギトはそう言った。


「そんなパーティー、誰も見向きしねえよ。

 くだらないことを言ってる暇があれば、さっさと戻れ。

 新しくスキルを覚えてな――試し撃ちしたくて仕方ないんだよ」

「サーシャちゃ〜ん? 調子に乗って、リーダー怒らせちゃったかもね?」


 ボキボキとアギトは指を鳴らす。

 その言葉に合わせ、隣にいた妖艶な女性もねぶるようにサーシャに声をかけた。


 ついにサーシャは、黙って俯いてしまった。

 まるでネズミをいたぶる猫のようだ。

 既に心の折れた少女を痛めつけつけて、何が楽しいというのか。


 それだけで普段の扱いが想像できるようだ。

 思わず舌打ちが出る。



「おまえもパーティーを追放されて、行き場所がないんだろう?

 サンドバッグとしてなら、雇ってやっても良いぞ?」

「スキルの試し撃ち相手は、多くて損はないしな?

 なんなら片方使い物にならなくなっても――スペアにもなるしな」


 何が楽しいというのか。

 男たちは、下品な笑い声を上げる。


「クズスキル持ちには、お似合いだろうよ?」


 クズスキル持ちだから。

 最後には、お決まりのひとこと。



(ふざけやがって。

 こんなやつら、まともに相手にする必要はない)


 サーシャにそう声をかけて、立ち去ろうとしたところで気づく。



「リーダーに対するたび重なる無礼な発言、許せない。

 すぐに取り消して!」


 サーシャが俯いていたのは、心が折れたからなどでは決してない。

 俯いていた少女を支配していたのは怒り。



「サーシャ、構わない。

 好きなように言わせておけば良いさ」

「私のことなら、なんて言われても良い。

 でも大切な恩人に対してのひどい言葉――ここで見逃したら自分が許せなくなる」


 サーシャはそう言いながら、アギトに向き直る。

 自分よりも、ひとまわりもふたまわりも大きな相手。


「取り消さなかったら、どうなるって言うんだ?」

「決まってる」


 決して気圧されることはなく、

 獰猛な笑みを浮かべながら、少女は自らの獲物を携えた。

 


「助太刀するぜ?」

「いらない、これは私の問題。

 こんなことで、リーダーの手を煩わせるわけにはいかない。

 自分で決着を付けないといけないことだから」


 少女は真っ直ぐにアギトを――自らの理不尽の象徴を睨みつけた。

 パーティーメンバーが、こうして覚悟を決めたのだ。

 俺に止める権利はない。



「リーダーが、私の目指すべき姿を教えてくれたから。

 せっかくだから、体が覚えてるうちに試したいの」


 不安を隠しきれない俺の表情を読んだのだろう。

 サーシャはそう言って笑った。



「アギト、戦いは1体1。

 この戦いで、私はあなたたちを乗り越える」

「Eランクのクズスキル持ちが吠えるじゃねえか!」


 実力主義のシビアな世界。

 荒れくれ者も多い冒険者間で、こうした揉め事は少なくない。

 相手はEランクのクズスキル持ちが1人。

 アギトは馬鹿にしきった様子だったが、



「なっ!?」


 その表情は、一瞬で驚愕に塗り替えられる。

 

 飛びかかる少女の動きは、決して目で追えぬものではない。

 それでも始めて見た時より、身のこなしは格段に良くなっており――その動きは、もはやEランク冒険者の物ではない。


「くそっ。くそが!」


 少女はアギトの周りを、縦横無尽に飛び回る。

 その大振りな剣は、少女の小さな体を捉えることはない。

 あれほど大口を叩いていたのに、素早く襲い掛かる少女の斬撃をしのぐだけで精一杯。

 まさしく防戦一方だった。 



「……なんだよ、やっぱり強いんじゃん」


 その戦いぶりを見て、思わず呟いてしまう。


 まともなスキルを持っていないからとバカにされないよう、サーシャはずっと戦い方を模索してきていたのだろう。

 誰にバカにされても、誰からも認められずとも。

 そうして着実に積み重ねてきた牙は、理不尽を押し付けてきた相手に確かに届こうとしていた。


「くそがっ!

 クズスキル持ちの分際で、そんなに強かったなんて聞いてねえぞ!」


 格下だと思っていま相手に良いように翻弄され、アギトはギリリと歯ぎしりする。


「全部、リーダーのおかげ。

 あの人が私が目指すべき理想の姿――最終目標を見せてくれたから」


 アギトの大振りな一撃が空を切る。

 出来たのは一瞬のスキ。

 サーシャはそれを逃さず一気にアギトのふところへと潜り込むと、


「油断したね! 覚悟して、アギト!」


 アギトの持つ大剣を吹き飛ばした。



「これで終わり。まだ続ける?」


 アギトに短剣を突きつけながら、少女は不敵な笑みを浮かべてみせた。



「サーシャ、後ろだ!」

「えっ?」


 戦闘は間違いなくサーシャの勝ちだった。

 すでに決着が付いていた。

 にも関わらず少女の背中を襲ったのは、飛来する巨大な土の塊。


 防御も回避も間に合わない。

 サーシャはその攻撃モロに喰らって吹き飛ばされ、後ろの木に勢い良く叩きつけられた。

 少女はどうにか体勢を立て直そうとよろよろと立ち上がる。

 頭からも血を流し、どう見ても戦える状態には見えなかった。



「サーシャ!?」

「くそっ、後ろにまで気が回らなかった」


 悔しそうにうめく少女のもとに、思わずサーシャに駆け寄った。

 少女は頭から流れる血を乱暴に拭う。

 そのまま倒れ込みそうになるが、決して自らの武器を手放さない。



「おまえらが散々馬鹿にしてきたクズスキル持ちが相手だ。

 こんな風に不意打ちするなんて、情けなくないのか?」


 俺はサーシャを庇うように立ち、アギトを睨みつけた。

 信じられないことに、アギトたちは武器を納めようとしない。立っているだけでやっとの少女を、なおも5人がかりで叩きのめそうというのか。



「不意打ちなどではないさ。

 1体1の戦いなんて、俺様は認めてないからな」


 アギトは悪びれもせずそう言った。


「俺様がクズスキル持ち相手に、遅れを取るなんざあり得ないんだよ。

 おまえらクズは、そうして地べたを這いずっているのがお似合いだ」


 サーシャは自分の力で、この場に決着を付けることを望んでいた。

 だとしても大切な仲間が、卑怯な手で傷つけられたのだ。

 これ以上、黙って見ているつもりはない。



「そういうことなら、こちらもパーティーで挑ませてもらおうか」

「はっ、クズが何人いようが結果は変わらねえよ」


 俺は懐からとっておきのハイポーションを取り出し、少女に飲ませた。

 知り合いの錬金術師から取り寄せた特注品。

 その性能は折り紙つきだ。


「こ、こんな貴重そうなポーションをどうして私なんかに?」

「重症の仲間が目の前にいるのに、使わない理由がないだろ?」


 少女の傷がみるみる癒えていく。

 


「遠慮はいらない。

 おまえの力、見せつけてやれ!」


 生まれて始めて、俺は自分のスキルに感謝した。


(ああ。これまで弱者として馬鹿にされてきた俺に――本当にピッタリのスキルだ)


 サーシャの頑張りが認められて欲しい――その願いに俺のスキルは、シンプルに応えてくれる。

 たとえ誰にバカにされようとも、もうこのスキルを嫌ったりはしない。 

 これは俺と同じく――クズスキルを持って生まれてしまった者たちの希望なのだから。

 


『スキル【下剋上】の特殊効果を発動。

 【短剣の心得・超初級】を【武神】へと進化させます』


 脳内に声が響きわたる。

 スキルの加護を受け、少女は静かに立ち上がる。




◆◇◆◇◆


『スキル【下剋上】の特殊効果を発動。

 【短剣の心得・超初級】を【武神】へと進化させます』


 脳内に声が響きわたる。

 スキルの加護を受け、少女は静かに立ち上がった。



「偉そうなこと言って自分から挑んでおいて、結局、私はエイルの力を借りないと勝てないのか」

「いいや、サーシャは確かに圧倒していたさ」


「勝てなかった以上は同じこと。

 こんなことのために、あなたのスキルを使わせてしまった。

 ……悔しい」


 サーシャは呟く。


「こんなこと、なんかじゃないさ。

 大切なパーティーメンバーの――仲間のためだ。

 そのために力を使うことを、惜しむわけないだろう?」


 俺にとっては当然のこと。

 それでも少女にとっては、そうではなかったらしい。

 驚きに目を見開いたが――



「ありがとう。

 この埋め合わせは必ずするから」


 そう言って、眼前の宿敵に向かって飛びかかった。


 そこから先は、おおよそ戦闘と呼べるものですらなかった。

 もともと持っていたスキルで、十分にサーシャは相手を圧倒できたのだ。

 支援スキルにより、スキルを覚醒させたサーシャの敵ではなかった。



「同じ手は喰わないよっ!」


 あっさりとアギトの手から武器を弾きとばすと同時に、くるりとすら帰り華麗に短剣を振りぬく。

 それだけで、迫っていた魔法による火の玉がかき消された。



「な、なんなのよそれ……」


 その光景を見て、魔法師の女はへなへなと座り込む。


 本来、遠距離戦であれば魔法師の方が圧倒的に有利だ。

 にもかかわらず剣圧だけで、魔法による一撃を無力化してみせたのだ。

 そこには決して埋められない力量差があった。


「な、なんでおまえみたいな奴がそんな力を……」

「すべてエイルのお陰だよ」


 愕然とする元・パーティーメンバーに、サーシャはそう返す。

 それは大げさだ。


「そんなことはないさ。

 いきなり強力なスキルを手に入れても、使いこなせる者はいない。

 日頃の鍛錬の成果――その下地は既にあったんだろうさ」


 スキルの超強化。

 あり得ない変化に見えても、あくまでも最初に持っていたスキルの延長上にある。


「日頃の鍛錬の成果?」

「ああ、これまでしてきたことは無駄なんかじゃなかった。

 俺はあくまで手助けをしただけ――使いこなせるなら、それはおまえの力だ」


 強力なスキルを持っていても、使い方を知らなければ宝の持ち腐れ。

 俺はあくまで、少女が持っていた力をアシストしただけだ。


 


「あの野郎を先に潰せ。

 サーシャひとりなら、全員でかかれば押し潰せる!」


 サーシャの言葉を聞いたアギトの判断は早かった。

 すぐさま俺にターゲットを移すように指示。


 これまでの俺なら、その威圧感だけで震えていたかもしれない。

 しかし今の俺にとって、アギトたちの悪あがきは何の脅威にも映らなかった。


 こちらに向かって突進してくるのは、いかにも武闘派といった風貌の男。


「我が筋肉の前に、倒せぬ者などいない!」

「支援職から先に倒そうとする判断。

 悪くはないね?」


 軽口を叩きながら天高く跳躍。

 俺の姿を見失ってスキだらけの相手の後ろに、音もなく着地。

 そのまま首に手刀を叩き込み、意識を奪う。


「自慢の筋肉も、脳天までは守れなかったようだな?」


 もちろん殺しはしない。

 



「な、なんでそんな動きが!?」

「どうやら【下剋上】の副作用らしいぜ?

 支援による強化幅だけ、自分自身も強化できるんだとさ」


 発動に合わせて、流れ込んできた知識。


「な、なんだそりゃ!?」

「クズスキルって、散々馬鹿にしたのはそっちだろう。

 ポジティブな副作用が付くのも、おかしな話じゃないだろう?」


 スキルには【副作用】と呼ばれるデメリットが付与されている場合がある。

 強力なスキルほど、まるでバランスを取るように、持ち主を苦しめるマイナスの効果を持つ場合も多い。

 

「くそが、クズスキル持ちの恩恵か!?」

「ああ、そのとおりだ」


 反面、クズスキル持ちには、稀にポジティブな効果の副作用が表れることもある。

 何も持たないことを天が哀れんだ、なんて言われているが、その特性は謎に包まれている。

 もっとも副作用がプラスの効果であっても、もともとのスキルが使い物にならなければ評価を覆すには至らない。



「俺のスキルの副作用は、支援効果の同化。

 今までは支援の効果がゴミだったから使い物にならなかったが――なかなかに愉快な効果じゃないか?」


 ちなみにこの副作用は、デバフの効果も自分に跳ね返してしまう。

 デバフを主体に戦う支援術士にとっては、絶望的な副作用と言えるだろう。

 この副作用のせいで、万能型の支援術者になる道は最初から閉ざされていた。



「なら最初にモンスターと戦ったときも、私と同じ支援効果を受けていたの?」

「ああ、無我夢中で全然気が付かなかったが――そういうことになる」


 思えば遥かに格上であるはずの相手の攻撃も、いとも容易く避けられた。

 普通ならEランクのクズスキル持ちに、そんな芸当が可能なはずがない。

 サーシャにかけた支援の恩恵を、得ていたのだろう。



「ふざけるな!

 そんな圧倒的な効果――クズスキル持ちのくせにあり得ないだろう!?」

「エイルは断じて、クズスキル持ちなんかじゃない。

 今すぐその口を閉じないなら――容赦はしない」


 アギトに視線を向けながらも、サーシャは残りのメンバーへの警戒も怠らない。


「謝って!」

「ああ?」


「クズスキル持ちだと――エイルを貶めるようなことを言ったこと。今すぐ謝れ!」


 いつになく強い口調。

 アギトはギリリと歯ぎしりするが、彼にこの状況を覆す力はない。

 それでもプライドが邪魔したのか、なかなか口を開かなかった。

 それでも、やがては少女の勢いに気圧されたのか、


「……悪かった」


 とだけ口にした。

 まるで感情の籠もらない、口だけの謝罪に興味はない。

 それよりも彼が謝るべきは、


「おまえが本当に謝るべきは――サーシャだよ」

「え?」


 いやいやサーシャよ、何故そこでキョトンとする?


「おまえらが何気なく発した言葉に、サーシャがどれだけ傷ついてきたか。

 危険なモンスター相手に囮を押し付けるのだって、大切な仲間にすることじゃないだろう。

 どんな理不尽な目に合わされても、ここを捨てられたら他に行くところがないからと。

 いったいおまえは、サーシャにどれだけの理不尽を押し付けてきたんだよ?」

「……エイル、私のことはどうでも良いよ」



 俺のために怒ってくれたのは、素直に嬉しかった。

 それでもまずは、自分を大切にして欲しかった。

 


「クズスキル持ちは、断じておまえらに都合の良いおもちゃじゃない。

 理不尽な言い分を飲み込んで、それでもどうにか前に進もうとあがく――血の通った人間だ」


 分かってもらえるとも思っていない。

 クズスキル持ちに対する偏見は、絶対になくならない。

 それでも、今このときだけは――


「これまでサーシャにしてきたことに。

 少しでも心当たりがあるのなら――謝れ」


 命令であり懇願。

 結局はこの場を支配する者による、ただの命令なのかもしれない。

 だとしてもアギトは、たしかに己の行動を振り返るように目を閉じ、



「……サーシャが努力家だってことは分かってたさ。悪かった」


 決して頭は下げず、その様はいっそふてぶてしい。

 だけど、そこには確かな感情が込められていたような気がして――



「今さらふざけないで!

 私は決して、あなたたちを許さない

 今すぐ私たちの前から消えて。それで、金輪際かかわらないで!」


 謝られたサーシャは、逆に怒りを露わにした。

 当たり前だ。この程度で水に流せるほど、サーシャが受けた心の傷は浅くない。

 それでも前を向いて進むためには、きっと必要な儀式だろう。




 そうしてアギトたちは去っていった。

 散々バカにしていたクズスキル持ちふたりに、返り討ちにされたのだ。

 それはプライドを粉々に粉砕された、敗北者の姿だった。


「……本当にあんな奴ら、どうでも良かったのに」

「そう言うなよ。

 結局のところ大事な仲間が悪く言われたのを、俺もガマン出来なかった――それだけだ」


「ふーん、変なの」



 そう言いながらも、サーシャは嬉しそうにぴょんと跳ねた。

 さきほどまでの凛とした立ち振る舞いはどこへやら。

 そこにいるのは、あどけないただの少女であった。




◆◇◆◇◆


(本当に俺たちだけで、あいつらに勝ったんだな)


 立ち去るアギトたちを眺めながら、俺は高揚感を隠しきれずにいた。

 そばに控えるサーシャも同様だろう。


 それは生まれ持ったスキルに恵まれなくてもやれるという証明、初めての達成感。

 その事実を誇るように、辺りにはサーシャが蹴散らしたモンスターの死体が転がっていた。



「悪い、街に戻るのは少し待ってくれ。

 せっかくのAランクモンスターだ、素材は持って帰ろう」

「え、いいよ。雑用は私の役割。

 リーダーは休んでて?」

「いやいや、雑用は基本的に俺がやるよ」


 これまでの悲しき習慣だろうか。

 誰もが面倒くさがる雑用を、何故か俺たちは奪い合う。


 名前も実績もない小さなパーティーだ。

 ここでお金になりそうな素材を持ち帰る意義は大きく、そのことはサーシャもよく理解していた。



「やっぱりリーダーは考え直さないか?

 どう考えてます、柄じゃないよ」

「……生き残ることができたのも、元・パーティーメンバーと決着を付けることも出来たのも、全部エイルのおかげだもん。

 あなたがいないと、私は人並みに戦うことも出来ない。

 ――このパーティーの要は、間違いなくあなただよ」


 少々の言葉は本心からのものだろう。

 その瞳から感じたのは、揺らぐことのない真っ直ぐな信頼。

 


(そんなことはないと思うんだけどなあ)


 俺の目から見て、少女は普通に強い。

 パッと目立つスキルはなくとも、俺の支援を受けた状態――理想の姿をイメージするだけで、大きく身のこなしを改善してみせたのだ。

 ある種の天才と言えるだろう。



 そんなことを考えていると、少女がそそくさとやって来て、モンスターの毛皮をはぎ取りだした。


「ふふん。どうやらモンスターの後処理は、私のほうが得意みたいだね?

 リーダーはどっしり構えて、これからどうするか考えてよ」


 テキパキと手を動かしながら、サーシャはドヤ顔を披露する。

 これまでのパーティーで、雑用を一手に引き受けてきたのだろう。

 かなりの手際の良さだ。


「むっ。俺だってモンスターの毛皮を剥がせたら、右に出るものはいないんだ。

 その発言は、俺に対する宣戦布告か?」

「そ、そういう訳じゃないけど……」



 そうして俺たちは、なぜか競い合うようにモンスターの後処理を進める。

 毛皮を丁寧に剥ぎ、汚さないよう丁寧にポーチにしまう。それから値段が付きそうな状態の良い牙があれば、それも防腐液に浸してしまい込む。

 やっていることは普段と変わらない単調作業のはずなのに、不思議と楽しい時間だった。



「……悲しいことにさ。

 人が雑用してるのを見てるだけって、本当に落ち着かないんだよ」

「分かる。これまでずっとやって来たし――それを当たり前だと思ってたもの」


 パーティー内で、俺たちの扱いは底辺だった。

 雑用をすべて完璧にこなして当たり前。何かミスがあらば容赦なく罵倒される――そんな世界。

 メキメキと腕が上達するのも当然のことだった。




「2人でやれば、こんなにすぐ終わるのにな」

「本当にね。偉そうに指示だけ出して、自分は見てるだけ。

 それを当然の権利だと思ってる」


 どこも似たようなものだ。

 やるせないが、それが現実。



「同じ思いをしてきた人たちは、他にもいっぱいいるんだよね」

「そうだな」


「どうしようもないのかな?」


 心優しい少女の純粋すぎる言葉。

 普段なら「どうしようもないさ」と答えただろう。

 すべての感情を呑み込んで、笑ってみせただろう。

 それが賢い生き方、現実と折り合いをつけていくということだ。

 

 ――そんな現実なんてクソ喰らえだ



「これからどうするか決めろって、そう言ったよな?」


 さっきまでの高揚感をそのままに。

 獲物でパンパンになったリュックを背負い、俺はサーシャに尋ねる。


「エイルは私の恩人だから。

 あなたが決めたことなら、私はどこまででも付いて行く」


 捧げられたのは忠誠。

 サーシャはまるで身分ある騎士のように、改まって誓いを口にした。


 ……お陰で、口にする決意が出来た。

 人前で口にしたら、正気を疑われそうな夢。



「俺はクズスキル持ちの居場所を作りたいんだ」


 口にして、想像以上にストンと胸に落ちた。

 俺がこんなスキルを手にしたのは、その願いを実現するため――そんな都合の良いことまで考えてしまう。



「クズスキル持ちの居場所?」

「ああ、持って生まれた物で運命が決まってしまう世界。

 そんなのって――あんまりじゃないか?」


 サーシャと俺の人生は、踏みつけられるのが当たり前だった。

 まともなスキルを持っていたなら、違う未来もあり得ただろう。

 冒険者として最前線で活躍する、そんな華々しい未来。


 クズスキルと判定される者は、決して少なくはない。

 この世の中には、同じ思いをしている人も大勢いるはずだ。



「俺が作りたいのは、誰にも踏みつけられることのない世界。

 当たり前のことが、当たり前に認められる――そんな場所だ!」


 諦めきっていた。

 でも変えたいと願ってしまったのだ。

 サーシャと出会って胸に灯った熱量をそのままに、俺は自らの願いを口にする。




「クズスキル持ちの居場所。

 とても、とっても素敵な夢だよ!」


 サーシャは目をキラキラさせて、そう言ってくれた。


「俺のスキルなら、全てをひっくり返せる」


 サーシャが一瞬で、Aランクのモンスターを蹴散らせるようになったように。

 クズスキル持ちは、断じてクズなんかではない。

 ――俺のスキルにとって、クズスキル持ちはまさに宝の山なのだ



「そうして居場所を作り出したらさ。

 こう言って迎えてやるんだ――『ようこそ、クズスキル持ちの楽園へ』ってな」

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[気になる点] 裏切ったアイリーンにざまぁ出来てないんだけど、、、胸糞悪い終わり方だね その後、主人公裏切って他の男に股開いたアイリーンはどうなったの?
[良い点] 頑張ってる子が報われるのは良いことです [気になる点] 「相手と同じレベルに落ちるつもりはない。  最低限の義理は通すわ「おまえのスキルすごいな!?」 「あなたのスキル、有り得ないほど…
[良い点] 最底辺レベルで弱いキャラが強くなるのはとても好きな展開です!見ていてスカッとしました! [気になる点] コピーを途中でしたのか、文章がループしていました。
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