表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファンタジーに科学的な整合性は不要ですか?

作者: 水無月

 とある作者様のエッセイに”科学的におかしいと批判を受けた。環境(地球と異なる世界)も条件(魔法がある)も違うんだし、そもそもファンタジーだ。そんな無粋なもの(科学的な整合性への疑問)は求めてないんだよ!”といった内容のものがありました。


※このエッセイから考察のきっかけをいただきましたが、該当の作者様や、そのお考え・作品を批判する意図はございません。お心当たりのある方もそうでない方も、特定作業などはなさらないようお願いいたします。また、そのために直接の引用ではなく大幅な意訳ですので、この点もあわせてご了承ください。



 お読みの方の中でも、「そのとおり!」と賛同される向きもいらっしゃれば、「え~、何でもありじゃめちゃくちゃにならん?」と反対の意見もあるのではないでしょうか。


 こればかりは、個人の好みもありますから、こちらが正しくてあちらは間違っている、などと結論を出せるものではございません。



 あ、ちょっとお待ちを!

 え、なに、もう結論が出ないって結論が出たからお終いだろうって?

 いやいや、それでは何のためにこうして筆を執ったのかわかりませんよ。ここまでは話の枕みたいなもので、本編はこれから。お時間がございましたらもう少しだけお付き合いくださいませ。




 ファンタジー小説に科学的な整合性が必要かどうか、考えるのにひとつ例文を用意しました。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Case1


 そのメイド服を着た少女は、静かに自身の魔力を集中し身体能力を爆発的に向上させた。20m離れて対峙していた男が理解できたのはそこまでだった。

 決して意識を逸らしたわけではないのに、次の瞬間にはメイドの姿は消え、彼女が立っていた場所は地面がクレーターのごとく陥没していた。


 それでも何か、気配のようなものを察することができたのは男が歴戦の戦士であったからか。

 危機感に時間が引き延ばされて感じる中で視線を下げると、拳を固く握ったメイドと目が合った。合ってしまった。まるでスライド映像を差し替えたかのように一瞬で、たった一歩の踏み込みによって間合いを潰したメイドがそこにいた。男のひざ元にしゃがんで、否、弾ける寸前のバネのように力を貯めて!


(な!? 避け・・・)


 しかし、そこまでだった。行動に移す前に体ごと男の意識は吹き飛ばされていた。

 最後のドンッという音の記憶は、殴られた衝撃だったのか、それともメイド動きに遅れて耳に届いた踏み込みのそれか。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 バトル物でよくありそうなシーンですね。

 ですが、これ、地球の物理法則を適用すると大変にめちゃくちゃなことが書いてあります。

 

 メイドさんが音を置き去りにするような速度で動くのは”身体能力を向上させる魔法”という要素で解決しているとします。

 しかし、クレーターができるほどの踏み込みをした場合、その反作用(つまりここでは推進力)はメイドさんの体に対して、前に進む力ではなく、主に上へ飛び上がる方向に働くでしょう。間違っても男が視認できない速さでひざ元に滑り込むような低空移動にはなりません。

 足の裏なり指なりで地面を掴む(・・)なんて表現をする作品もありますが、この例の場合ですと(地面が一体化した凄い硬度の金属とかでなければ)グリップが足りず、雪道や泥でスタックした自動車のタイヤのごとく空転、つるりと転んでコメディに路線変更です。


 それだけの速度で移動するところまではできたとして、男のひざ元でしゃがんでいる状態になるには、その速度を消すだけのブレーキが必要です。移動中の空気抵抗などで失うエネルギーがあるから最初のクレーターほどではないにせよ、相応の衝撃が発生したはずです。しかし、文章はまるで突然エネルギーを消失したようにぴたりと止まっています。


 注意して見ている男が視認できない、音速を軽く超えた速度にさらされたメイド服もきっと無事では済まないでしょう。男のひざ元にしゃかんだ、あられもない姿の少女の上目遣いという、全年齢ではお出しできない絵面になってしまいます。

※ボリュームのある抵抗の大きそうなイメージしやすい服ということでメイド服を例に出した訳であり筆者の趣味嗜好とは一切関係がございませんけっして誤解のないように(早口



 とまぁ、少し挙げただけでもボロボロとおかしなことが出てきました。

 ところが、こういう描写が特に問題とされることはなく、自然に受け入れられているわけです。


 もう、ご理解いただけたとは思いますが、基本的にファンタジー小説の読者は科学的な整合性に対して寛容です。

 むしろ、科学的にはやや無理のある派手な、少々極端な表現を演出として取り入れることは、読者を物語に引き込み楽しませるのに必要な要素だとさえいえます。




 まさに【楽しいは正義!!】




 つまり、科学的な整合性など二の次なのです。






 ・・・・・・ちょっと待ってください。

 それでは冒頭のエッセイのような批判(科学的な整合性への疑問)はなぜ発生したのでしょうか。


 その部分をもう少しだけ考えてみましょう。

 例によって、拙いサンプルをご覧ください。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Case2 Take1


 太郎が、どうしたわけだか日本から異世界に転移してひと月。さまよっていた森で幸運にも彼を拾ってくれた魔法使いの教えを受け、ついに初めての魔法発動に挑戦しようとしていた。


(落ち着いて精神を集中・・・・・・魔力を感じて、その流れを杖に導く・・・・・・大丈夫。できる、いけるっ!)


 閉じていた目を開くと、正面の木に吊るされた的に向けて杖を突きだすようにして発動の言葉を発した。


「ファイアーアロー!!」


 はたして、太郎の言葉は世界を従え、見事に発動した魔法は、蒼く透き通った炎の矢を生み出した。燕のような速さで飛んだ矢が届いた瞬間に的を吊るした木までもが燃え上がり、巨大な蒼い火柱ができあがった。


「そ、そんな馬鹿な!? この威力、初級のファイアーアローでは・・・・・・・いや、それより蒼い炎など、いったい・・・・・・・」


 声に振り向くと驚愕に目を見開き、うわごとのように何事かつぶやく師匠の姿があった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 なんということはないチート系魔法発動シーンですね。

 科学のかの字もでてこない、純度100%のファンタジーです。

 異世界にやってきた、すごい不思議パワー(魔力とかそういったもの)を持っている主人公・太郎君は大魔法使いになって無双するようです。


 なろう界隈で、魔法について扱うファンタジーだと、こういうのもひとつのパターンかなと思います。

 この際、私の筆力については目をつぶってください。今はこれが精いっぱい・・・・・・なのです。




 さて、ではこの文章にちょっと手を加えてみましょう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Case2 Take2


 太郎が、どうしたわけだか日本から異世界に転移してひと月。さまよっていた森で幸運にも彼を拾ってくれた魔法使いの教えを受け、ついに初めての魔法発動に挑戦しようとしていた。


(落ち着いて精神を集中・・・・・・炎の矢、燃える、燃焼反応、酸素との結合・・・・・・大気中の分子、原子のイメージ・・・・・・強く、もっと強くイメージしろ! 今だ!!)


 閉じていた目を開くと、正面の木に吊るされた的に向けて杖を突きだすようにして発動の言葉を発した。


「ファイアーアロー!!」


 はたして、太郎の、この世界とは異なる地球の科学知識に基づいたイメージによる魔法は、あまりの燃焼効率に蒼く透き通った炎の矢を生み出した。燕のような速さで飛んだ矢が届いた瞬間に的を吊るした木までもが燃え上がり、巨大な蒼い火柱ができあがった。


「そ、そんな馬鹿な!? この威力、初級のファイアーアローでは・・・・・・・いや、それより蒼い炎など、いったい・・・・・・・」


 声に振り向くと驚愕に目を見開き、うわごとのように何事かつぶやく師匠の姿があった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 なんということはない知識チート系魔法発動シーンですね。

 科学の知識を持った太郎君は、異世界で大魔法使いになって無双するようです。


 なろう界隈で魔法を扱うファンタジーだとこちらのパターンもよく見る気がします。


 Take1と比べると、太郎君が強力な魔法を使えるその根拠が地球で学んだ科学知識にあるのだという設定が追加されています

 これによってTake1の’なぜかすごい!’という印象を’だからすごい!!’に変えてることができ、理解・納得しやすくなっていると思います。

 また、地球での知識をバックボーンとすることで、地球出身の太郎君が、現地の異世界住人と比べて特別であるという理由付けにもなっていますね。




 やっと科学っぽい話が出てきました。

 続けてもうひとつだけ例文をご覧ください。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Case2 Take3


 太郎が、どうしたわけだか日本から異世界に転移してひと月。さまよっていた森で幸運にも彼を拾ってくれた魔法使いの教えを受け、ついに初めての魔法発動に挑戦しようとしていた。


(落ち着いて精神を集中・・・・・・炎の矢、燃える、燃焼と言えば炭! カーボン、元素記号のC・・・・・・つまり、純度100%のCで矢を創れば物凄く燃えるってわけ。俺は詳しいんだ。よし、イメージできた! いっけ~!!)


 閉じていた目を開くと、正面の木に吊るされた的に向けて杖を突きだすようにして発動の言葉を発した。


「ファイアーアロー!!」


 はたして、太郎の、この世界とは異なる地球の科学知識に基づいたイメージによる魔法は、あまりの燃焼効率に蒼く透き通った炎の矢を生み出した。燕のような速さで飛んだ矢が届いた瞬間に的を吊るした木までもが燃え上がり、巨大な蒼い火柱ができあがった。


「そ、そんな馬鹿な!? この威力、初級のファイアーアローでは・・・・・・・いや、それより蒼い炎など、いったい・・・・・・・」


 声に振り向くと驚愕に目を見開き、うわごとのように何事かつぶやく師匠の姿があった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 なんとも感想が炎上しそうな知識チート系魔法発動シーンですね。

 サンシタ、もとい太郎君は少々怪しい科学知識で、それでも異世界で無双できてしまうのがファンタジー小説、ではあります。あるのですが・・・・・・


 カーボン製の矢は、それはそれで破壊力が高そうです。しかしこれが強力な炎の矢の魔法になると言ってしまうと、読者のうちの少なくない方が「モヤっとする」のではないでしょうか。



 Take2と同じように太郎君の科学的な知識を根拠にしているのに、この印象の違いはどうでしょうか。

 決してサンシタ風モノローグが原因の全てではないでしょう。





 3例をまとめると以下のようになります。


 ★全く科学的なものに触れないTake1

 →科学的な内容が無いため、そもそもその整合性について議論は起きない。


 ★科学的な部分に言及のあるTake2

 →科学的な内容に特に目立った不整合な点が無く、そのためその点において批判は生じない。


 ★科学的な部分に言及のあるTake3

 →科学的な説明に不足・不備があり、不整合があると批判を受ける可能性がある。



 注目していただきたいポイントはTake3ではなく、むしろTake1です。 

 書いていない小説に評価も何もないように、文章で全く触れていない内容についての批判も(特別な事情や悪意でもなければ)ないでしょう。




 つまり、【ファンタジーなのに科学的な内容に言及したから、その整合性について判断される】のです。




 やっとここまでたどり着きましたね。

 




 あと一息ですが、放置すると気になるでしょうからTake3について、少しわき道にそれますが、触れておきたいと思います。



 ファンタジー世界を創りだした神(=作者)が定める異世界の法則は、言葉は悪いですが’言ったもの勝ち’で、こうだと定義してしまえば魔法を含めて何でもそのように動かせます。

 これは便利であると同時に、作者の頭の中に様々な設定や理由付けがあったとしても、きちんと納得がいく説明がなければ読者には理解されないという不便さを持っています。

 例えば何の説明もなく、”お金が必要になった男が水を飲んで100万円を手に入れた”と言われても「100万どこから出てきた!?」です。

(この不便さを、’テンプレ’という共通認識によって解消する手法が昨今の流行りであると考えますが、これはまた別の話)



 一方、地球の科学知識とは、同じ教育を受けた者(作者と読者)の共通認識です。

 ボイル・シャルルの法則とかエネルギー保存の法則とか言えば、その内容は作者でも読者でも同じはずです。


 Take2に太郎君の、燃焼(酸化反応)や分子・原子云々(うんぬん)とモノローグがあります。実はここには詳しい具体的な説明がないのですが、読み手は自然と、中学や高校の教科に出ているような(人によってはもっと専門的な)内容を思い浮かべることでしょう。


 このように簡単に同意が取れて読み手に受け入れられるのがこの共通認識の強みです。



 ところが、Take3で”カーボンだから燃える”と、微妙に頷きにくいものが出てきて、’ほら、わかりますよね?’という顔をしていると、ここで違和感が発生します。

 これが疑問(あるいは批判)になるのだと思います。

※カーボンは燃えますが、固まり(結晶)の状態では、例文のような激しい火柱を上げるような燃焼にはならないようです。世の中の様々なカーボン製品は決して火に弱い危険なものというわけではありません!(保身


 せっかく太郎君の’すごさ’を演出するために出した科学知識ですが、読者が持つ知識と不一致を起こし、目的を達成するどころか疑問を持たれ、かえって価値(伝えたいすごさ)を損なったわけですね。


 ただし、この例でいえば、そもそもが原理不明な魔法のことですから、これだって’絶対に間違っている’と決めつけられない点はご理解ください。





 閑話休題


 では、ツッコミや批判を受けないように、ファンタジー小説では科学的な内容に一切触れないのが正解なのかというと、これもまた一概にそうとは言えません。


 前段のとおり、’地球由来の科学知識’というのは転生・転移をした主人公のみが持つ強力な個性です。また、魔法などの作者様の世界独自の法則とは違って、読み手と簡単に認識が共有できる部分であり、理解を得やすいツールです。


 科学知識を排除した場合、つまりTake1で太郎君の強さの根拠や特別感を演出しようと考えたとき、この非常に手軽かつ納得性の高いツールを使わずに魅力的な設定を生み出す苦労が発生します。

 他にも、科学知識をベースにした発想による活躍(みんな大好き、粉塵爆発!)とか、強力な魔法(主人公と言えば、やっぱり雷魔法!)の発明や特殊な魔法の使用方法(混ぜるなキケン、水蒸気爆発!)などを扱った作品もありますが、これらも別な理由付けや制限が必要になるでしょう。



 ファンタジーと科学。一見すると水と油のようですが、うまく組み合わせると作品に広がりや深みを与えてくれることは、改めて論じる必要なく多くの作品で証明されています。


 そこで行き当たるのが、本エッセイのタイトルの’ファンタジー小説に科学的な整合性は必要か?’という問題です。ここでは以下のとおりにまとめたいと思います。




 基本的に科学的な整合性よりも、物語の演出や表現の自由さを優先して良い。

 ただし、地球の科学知識を演出や設定として出すならば、不整合な内容によってその演出や設定の価値を壊さない程度には整合性が求められる。




 

 皆様はどのようにお考えでしょうか?


 多くの作者様は科学知識とファンタジーのバランスに心を砕きながら素晴らしい作品を書き上げていらっしゃいます。

 そんなご苦労にも想像を巡らせながら作品に触れてみるのも面白いかもしれませんよ。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 空想科学読本みが凄い! [一言] 「魔力で身体強化して高速移動」しようとすると、進行方向と一直線上になるように地面を蹴らないといけないので 空気を正確に蹴って反動で加速 or 地面を抉り…
[良い点]  読者が理解できる科学的知識をギミックに持ち込むなら、最低限の整合性をとらないと違和感につながるよ、ということですね。 [気になる点]  じつは、辛いとこでして。  いろいろ考えて、時には…
2020/05/01 03:20 退会済み
管理
[良い点] 例文の文章力高過ぎな件。 [一言] 魔力と言う万能エネルギーが蔓延した異世界で呼吸に酸素が必要とされる非効率な進化を遂げるのか? なんて中2病を羅患してた頃に考えたものです(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ