嫌じゃ、人を打たねば功練にならぬ、賊の誅殺許可を
「極拳だぁ、何だそりゃ、おい、毋の小娘の護衛が極拳だのどうのと言ってたが、たかがヘッポコ拳法家だろが、敷地囲うたぁ徒党を組んでの暴徒じゃねぇか、警邏に通報してこい」
己の所業を棚に上げての暴言だ、だが一理は有る。
所属を明らかにした武力誇示の集団など、暴徒として討伐されて当然だ。
返答は簡潔だった。
「無理です大老!百人以上の……いや三百人位の極拳士が全ての門を塞いでいる、誰も出れない」
逃げ帰った黒幇者達は動揺した、脳裏に商屋小通りの一方的な殺戮が甦る。
「何だぁ」
ここは階層建ての屋敷だ、意図的に周囲を見回せられる造りで建てられていた。
窓から敷地外縁を見回せば、確かに筒袖筒裾の黒武道衣の者が等間隔で並び土塀を囲っている。
悪寒が走り、敷地土塀の四方を見ると、敷地は完全包囲されていた。
門や勝手口などの出入口は、白武道衣の指揮者らしき者が控える。
物音一つ立てずその者達は佇み、脱出を図る者を次々と刈っていく。
流石にこれは襲撃に対する報復と覚る。目の前の盆暗供がつけられ、所在が割れたのだ。
怒りよりも背筋が凍り、冷静さを取り戻した。先日の劉の言葉を思い出す、洛都に住まう者で毋に無礼を働く者は居ないと。
………迂闊過ぎた、あれほどの資産家だ、武力の伝が無い訳が無い、洛都でこれほど清々と武力集団を動員するのだから、警邏局も奴の影響下に違い無い、そう言えば登殿貴人も顎で使える事を口にしていた。
………若造の虚勢と高を括り、聞き流した事が失敗だ。
………表向き、娘に一人しか護衛を付けていなかったのは、誘いだろう。
………この盆暗供は護衛は複数居たと言っていた、土塀外の人員を見ればそれは誠と知れる。
………己の悪評は承知だ、寧ろ喧伝して悪評を利用してきた。
………ならばこちらの手口は知られていて当然だ。
………すると、罠にかかったのは此方か。不味い、御前に頼るにしろ、この窮地を凌がねばならない。
………どうする。
まるで頓珍漢な自問自答だが、自答した所で大した手立ては無い。
「手前等!籠城だ!奴等は此方に入って来ねぇ、毋の奴も全面戦争はしたかぁねぇんだろ、だが、下っ端が指図を破って乗り込むかも知れん、門の閂に心張りを噛ませろ」
ドスンと乱暴に椅子に座る。
「やられた、こちらの負けだ。糞!若造と舐めてかかり過ぎた、………落とし所をどうする?御前には何と報告する」
自問自答の末、自身に甘過ぎる願望を垂れ流している。
所詮はヤクザだ、自分の尺度でしか物事を図れない。
黒幇にとって、暴力は商売道具に過ぎない、だから逆効果になるならば、あっさり切り換えて妥協点を探す。
庖は別に侠者では無い、黒幇に過ぎない。だから知らなかった、武林に住まう者の本質を。
美しい迄に恐ろしい、本当の暴力を、武力を、その無慈悲さを。
「籠城して刻を稼げ、頃合いを見て、毋が手打ちの使者を立てる筈だ。
手前等、それまで意地でも門を抜かせるな、こっちの武力は健在だと知らせない事には、纏まる話もまとまらねぇ」
ヤクザの事はヤクザには通じる、奴等の道理では庖の考えがしっくり来る。
手下の返事を聞き流し、落とし所を思案する。
何やら外部が静かになった様に感じて窓から外を眺めると、その光景に愕然とした。
紅衣を纏った高位貴人を先頭に、およそ三百の集団が此方に向かってきていた。
黄衣、紅衣、紫衣は造られる事は無い。作れば首が飛ぶ。
黄衣は皇帝しか纏えない、紅衣は親王、三品官位以上者しか纏えない、紫衣は朝廷から下賜された宗教者しか纏えない。
つまり此方に向かっているのは、三品官以上の貴人だ。徒歩で向かって来ているのは、討伐目的だからだろう、捧持された宝剣がその証しだ。
誰が討伐対象かなど考える迄も無い、自分達に決まっている。
毋にこんな力が有る訳が無い、………いや、同行を依頼出来る貴人の伝が有ると聞いた、いや、まさか、そんな事が!
庖は無意味な現実逃避に思考を没頭させた。
一団が庖土工組合事業所門前に到着に合わせ、各所指揮に当たっていた高弟一同は京馨の前に集結し、略礼の拱手立礼だ。
「さて諸君、賊の取り逃がしは有るまいな。洛都治安維持警邏局副総監殿も同行している、賊を貸す約束をしたので、俺はそれを果たしたい」
「逃走を図った者は全て拘束しております」
高弟では無いが、李昆がそれに答えた。席次的には発言権は無いが、李は京馨の直命を受けて賊本拠地へ皆を誘導した。
また筆頭師範であり遨家家老の王慶代理だとは理解している、高弟からの横槍はない。
「よし、では諸君、賊を刈るとするか。首謀者は捕えよ、無抵抗は殺すな、抵抗する者もできるだけ殺すな」
当たり前の指事に聞こえるが、一同は不満気だ。墨家総帥はハッキリ反発した。
「遨家御当主様、遨家極拳総帥様、何を仰られる、我々武に生きる者達が、これ以上無い程侮辱され、更に御当主様の御子様方が襲われたのですぞ、遨家は畏れ多くも、帝に対し奉り武を持ってお仕えする武門の名家、知らなかったでは済まされない無礼を働いた賊に対し、無用な情けなどもっての他、遨家極拳を至上とし只ひたすらに武に精進した我々、いやさ先達に申し訳が立ちませぬ、遨家を侮り、舐めた者達に速やかなる殺の行使を」
「墨家の婆様、その言は至極最も。だが、なるべく殺すな、死体は歩かない。婆様は商屋小通りの死体を片付けて無いからそう言うが、死体は重い、刑場まで己で歩かせたい」
「……嫌じゃ、遨家御当主様、折角の賊なのじゃ、人を打てるのじゃ、もう犬、狗、畜生を打つにも飽きた、やはり人を打たねば功練にならぬ、後生じゃ遨家御当主様、賊の誅殺許可を」
これが、墨家極拳が最悪最凶の所以だ。墨沙蘭はひたすらに武に生きた。
この老婆は、武の本質から外れた事は無い。
武は精神修行の為に有るのでは無い。
武は肉体鍛練の為に有るのでは無い。
武は禽獣の類いを退治する為に有るのでは無い。
武は人を殺す為に有るのだ。
その信念は齢九十を数えようと揺るがない。
だから墨家と対立する武林武者は悉く消滅した。
公式果たし合いすること十七度、非公式果たし合い……無数。三桁に登ると云う。
京馨をして妖怪婆様と言わしめる所以である。
「だから、できるだけ殺すな、婆様が何の為に出張ってきたか位は知れている。
あと婆様、首謀者だけは絶対に殺すなよ、俺がこの手で殺すと決めている」
「了解いたしました、ヒヒッイヒヒ流石で御座いますなぁ、遨家御当主様」
妖怪婆はニタリと微笑んだ。




