遨家隠社を束ねる、王慶に御座います
「それでは話ができん。王、頭を上げよ」
許しを得てようやく王慶は頭を上げる。
「なんという顔をしておる、其方は俺の手足とも言える腹心だ。今後共にな。
丁度良い奉可にも紹介しよう」
「いえ、母上。紹介も何も、王家宰ならば私の幼少時から付き合いですが」
「王は遨家に仕官している直参だ、俺の勝手で内向家宰を兼ねて貰っているが、本来は遨家家老だ、公としての遨家家臣だ」
「えっ?」
「戯け、そうでなければ私兵の指揮を委ねる訳など無かろう、官位を得ると言うことは、権利を有する代わりに義務も生ずる。
有事の際に兵力供給の義務だ、さらに陛下の耳目たる三品官位以上の者は、国家安寧に努める責務が有る、此度がそれに当たる。
王家はその公遨家を補佐する家老職として、俺の当主就任時に一族で仕官したのだ」
「なんと、でも分かりません、何故に家宰などと、家宰とは、私遨家の差配人ではないですか、家老職を戴いた王に対しそれでは余りにも礼を失するかと」
「それなのだが……遨家は官位を戴いてはいるが、身分は平民で有ると知っていよう。
士大夫階級ならば、封土を得ている領主であるから、領土差配の為に家老を封土に置くのだが………
当家は、武門をもって陛下にお仕えするが、士族ではない。武技伝授の為にお仕えしているのだ」
「成る程、だから極武館の運営が士族家、大夫家階級の家老職務に当たり、武館の運営は館主補佐に当たるのだから、家宰としたのですか」
「ああ、先代智順様の頃は、高弟一同、俺の兄弟弟子がその任に当たっていたのだが、大半が兄上と共に広州に渡った。
王慶に才が無ければ、また待遇も変わっただろうが、王慶は才人で有るからな、武の才も並外れていて内弟子とした位だ」
「過分な護評価を頂き、恐縮する次第で有ります。それもこれも、我が一族をお抱え下さった、御当主様の恩顧に応える為に御座います」
そう言うと、王慶は奉可に対し差手立礼を取る。
「奉可様、遨家隠社を束ねる王慶に御座います、よろしくお願いいたします」
「なんと、隠社?母上、隠社とは何やら不穏な響きですが一体どのような?」
「細作だ、王家は代々細作の棟梁家だ。俺の祖母様の実家から分家したらしい、何せ胡家荘が開村当時の話だから、詳しくは知らん」
「うん?と言う事は家宰殿と小馨は親戚になるのか」
「小馨様の胡家は、王家の本家筋になります」
「まあ、それより、王が隠社の頭で有ると明かしたのはだ、お前にも打ち明けた方が良いと判断したからだ。
俺は今激怒している、奉可、お前もだろう」
「勿論です。ですが、それとこれが繋がりません」
「暴徒扇動のヤクザ者を、わざと逃がして追者を付けたと報告を受けた。足取りを掴めば首謀者が知れる」
「なんと、では追者とは……話から察するに細作ですか……すると李も」
「はい、表向きは私の門弟ですが、細作の頭です」
「俺は本音を明かせば、貴人責務にかこつけて首謀者一党を皆殺しにするつもりだ。
奉可、お前も同じ気持ちだと思い打ち明けた、情報の精度を疑われ邪魔……反対される訳にはいかないからな」
京馨から殺気が漏れて、奉可は内心慄いた。
「申し上げます、洛都治安維持警邏局より、当地区派遣の警邏大隊指揮者が、御当主様に面会を申し出ております」
李昆が伝言を伝えにきた。王慶が一言二言妙な言語で李昆に尋ねると、同じく妙な言語で李昆は答えた。言語と言うより符丁の類いだ。
彼等内のやり取りで、これは素早い意思疎通が可能だ。
今のやり取りは、洛都都市割を彼等内で分割し番号分けしているのだが、王が黒幇者の逃げ込んだ所在番号を尋ね、李がそれに答えたのだ。
「御当主様、内乱者一党の所在が知れました」
「そうか、でかした。それで賊の首魁は何者だ」
「それが、大手土木組合でして、全ての黒幇者が、庖土木組合事業所に逃げ込みました。
恐らく黒幇組織の表の稼業なのでしょうが………些か解せません」
詳細を李が答える、確かに解せない。高々黒幇ごときが、遨家に喧嘩を売る訳など無いのだ。
「御当主様、遨家に対しここまで明確な敵対行動を起こした黒幇です、相当の後ろ楯を得ての事でしょう」
「母上、ならばこそ急襲すべきです。証拠隠滅や余計な圧力を掛けられる前に、事を決するべきです。
兵書に兵は神速を尊ぶとあります、巧遅より拙速を選択すべきで、敵に時を与えてはなりません」
「同意である。李、その隊長は門外か、案内しろ」
京馨はスクと立ち上がる。
「母上?此方に通さないのですか、警邏隊長が面会を乞うているのですよ」
公人として、貴人責務に則り私兵を動員したのだから、貴人として振る舞わねば成らないのだ。高位貴人自らが、目下に挨拶に出向くは礼に逸するのだ。
「時が惜しい、拙速を選択しろとはお前の提言だ。
李、内弟子一門を動員する、済まぬが極武館に戻り呼び寄せてくれ、午後から功練予定だったから何人かは集まっているだろう。
それから小馨を屋敷に戻したいから馬車を廻してくれ」
「いえ、御当主様、大事を聞き付けた兄弟子一同、各一門揃えて参じております。馬車も一緒に廻してきました」
「遨老師、拳士以上の門下は続々と参じております」
「王、見事な采配だ。こうなると紅衣が欲しいな」
紅衣とは登殿時の着用朝服だ、三品官以上は紅衣を纏う。
一品官は紅衣に玉帯、帯剣殿上が許され、二品官は紅衣に玉帯が正式朝服装となる。
「御当主様が貴人責務と仰られたので、宝剣共々持参して参りました」
「奉可、分かったで有ろう、王の采配の細やかさ、入念さ。更に拳士を極めんとする気概。俺の右腕たる所以だ」
京馨は紅衣を纏う。公人として、内乱を鎮圧する意思表明で有る。
宝剣は帯剣しないで王に捧持させる、拳士の腰に剣は邪魔なのだ。
「さて、いつまでも門外に待たせる訳にもいくまい。小馨、可馨を此方に」




