俺がこの手で殺す、首謀者は肉塊にする
「それで可馨よ、一体どうしたのだ、小馨に何か有ったのか、今朝は感情が不安定であったが、年少者の門人に良く有る事なので外出を許可したのだが……」
「騒動が起こるなど、想像すら付く訳がありませんので、母上には責などありません。
………間が悪かったのです。
………大姐の意識が戻りません」
「何と!何故だ、やはり今朝の事が響いているのか」
「……あの時か、すると可馨はあの時から替わっていたのか」
黄はうつむき唇を噛み締める。自身の負傷が切っ掛けとなったのだ、自責に駆られる。
「母上、兄上、それから黄。それほど案じる事も有りません、どうやら気絶から睡眠に入った様です。
いつぞやみたいに、私が体を動かせばひょっこり起きるかもしれません」
「本当か、可馨?」
「今現在私が見聞きした事は、そのまま大姐にも通じているのですが……」
「可馨、焦らさないで聞かせてくれ、つまり小馨は無事なのだね」
「はい、大姐は余程黄や母上の事を慕っているのですね、先程母上のお声を聞き、大姐の意識が浮かんできました。母上の前には黄に呼び掛けて貰っていたのですが……」
黄が顔を上げる、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「フフっ黄には甘える気持ちが強いのか、意識が浮かんだり潜ったりで、まるで寝起きに駄々を捏ねる幼児の如くでした。
今は安定して睡眠状態です、仮説ですが、感情の圧縮感受により意識が疲弊したのでは無いかと。
……やはり感情とは体から発して、意識が受諾しているのかな?いや、それだと説明がつかな……」
「では、小馨様は休まれているだけなのですね……良かった……本当に」
黄はポロポロと涙を溢した。
「黄、落ちついて、私が見聞きした事はそのまま大姐に通じる。意識を失い、入眠するとは、やはりそれだけ疲弊はしたの。黄が気丈に振る舞わなければ、この子はまた激昂する」
「可馨、激昂とは?その辺りの事を聞かせてくれ」
「はい、黄家門前の事…………」
事のあらましを小馨の感情の動きから説明した。
不安から始まり、恐怖に駆られ、門前で少し安堵した所での投石、黄の体越しに聞こえた肉を打つ打撲音。
流血を目の当たりにした驚愕と絶望と怒り、特に強く怒りがこみ上げ、憤怒に駆られての気絶。
京馨は激怒した。
奉可も怒りに駆られるが、普段見たことのない母の激怒を目の当たりにし、少し冷静になった。
「黄、心から感謝する。可馨、俺はこれからやらねばならない事が有る、小馨に聞かれたくは無い、別室で休んでいてはくれないか」
「分かりました、黄、案内して」
二人は退席し、黄の発案で自室へと移動した。小馨が、何度か書架から冊子を取りに黄の自室に入ったので、馴染みがあるのだ。
「奉可、本来ならばお前にも聞かせたくない話となるが、それではお前も収まるまい」
「如何にも母上、小馨は可愛い妹。一度は失った身内が二人になって戻ったのです、それをこんな目に合わせた奴等は許せません」
「ああ、俺がこの手で殺す。首謀者は肉塊にしてやる。李を呼んでくれ、紀からこの暴動は、誘導された仕組まれた物と聞いた」
「その様です、ヤクザ者が鳴り物を使い暴徒を誘導していました。李を呼んできます」
奉可が李昆を伴い入室してきた。京馨の唯成らない怒気を感じとり内心慄く。
「李、あらましは聞いた、よくぞ暴動から防いでくれた。娘に代わり礼を言おう、本当にありがとう」
「御当主様、それでは過礼ですぞ、私はお役目を果たしたに過ぎません。それに遨家より一族が受けた大恩から比べたら、千分万分も御返し出来ておりません、心置き無く」
「うむ、感謝する。さて、此度の暴動の扇動者を捕縛して有ると聞いた、どこの者だ」
考えられない事では有るが、これは遨家を標的とした暴動だ。だとしたらその目的が分からない。
街の武館を襲撃したのとは訳が違う。武林に住まう者ならば、まああり得る話ではある。
だが、遨家は在官の武門家だ、しかも皇帝の耳目である三品官位だ、体面を保つ為に皇帝下賜の宝剣で無礼討が許されている、だからあり得る話では無い。
「ここいらの黒幇では有りませんでした、口が固くまだ捕らえた者からの自白は有りませんが、意図的に逃がした扇動者に追者を付けております、直ぐに知れる事でしょう」
「でかした、では李、捕縛したヤクザ者は特に用は無いな」
「如何いたしましょうか」
武門に対する狼藉だ、甘い対応はあり得ない。
「死体共々遨家門前に晒せ、七日七晩晒した後息の有るものは止めを、死んだ者はそのまま朽ちるまで晒せ」
生き晒しの場合、骨盤を砕いてから晒す。逃亡防止の意味も有るが、晒し刑は極刑であり、事実上の死刑だからだ。
奇跡的に逃亡に成功したとしても、これでは遠からず死を迎える事となる。骨盤を砕かれては、立つはおろか、伏す事すら激痛で儘ならない、そして下腹部から次第に腐ってゆくのだ。
死体だけでも二百を越える、これから時期的に暑くなるのだから、李は想像してゲンナリした。
李の退出後、外の様子が騒がしくなってきた。暴徒では無い、遨家私兵が到着したのだ。
兵員は二百名、少なく感じるが、そもそも私兵は兵士では無い、遨家の守衛だ。
十名一班、班長はいずれかの内弟子門に属す極拳士だ。
遨家敷地内下人宿に住まう者もいるが、大半は通いである。
拳士ばかりとは限らず、表の所属として李配下の細作が務めていたり、棍術、杖術、刺又術の達者が務めている。
平民は剣、槍、弓の所持、使用は禁止されているのだ。
その代わり遨家は鎧兜を標準装備とし、物々しい。支給された全てが白銀色に磨かれている。
王慶が黄家入門を乞うてきた、不入布陣の高弟一同は、京馨の下知を守り誰一人通さないのだ。
「御当主様、準備万端整いました。如何いたしましょうか」
暴動は鎮圧されている、私兵が出張ってきたが戦闘は無くなったのだ。
「王、早かったな、見事だ。それで治安維持庁の郭殿は何と」
「遨家襲撃に重きを見て、洛都四大門の閉鎖と当区画に警邏大隊を派遣するとの事です」
「しまったな、大門閉鎖では南大門から出立した可丘殿に連絡がつかなくなる」
当然許可が無い者は出入関が出来なくなる。
「いえ、毋夫公は南大門で、連れの劉様をお待ちだった為連絡がつきました。現在は帰宅されている所です」
「天祐だな、王、此度の暴動は遨家に対する物と知れた、可丘殿にも危害が及ぶやも知れん、引き返すならば不安も無い」
「若君様とお嬢様に対する襲撃と聞き及びました。申し訳有りません、護衛人員や従者を少なく提案した私の落ち度です。
護衛一団とお側侍従を設えて遨家格式を周知させれば、この様な無法手段に及ぶ事も無かったでしょう、どうか私に罰を」
差手跪礼での謝罪だ、京馨の高弟であり、重用する家宰には本来あり得ない謝罪である。
王の自責が見てとれる。
「王、謝罪なら無用だ。王の提言は至極道理に叶う物だし、それを認め許可したのは俺だ。
遨家にここまであからさまに敵対する者が出てこようとは、当主の俺からして想定外だ。
だから王、これからの事を話す」
「御当主様、このご恩は忘れません」
王慶はほぼ地に付く程に傾頭した。




