“士別れて三日なれば”ですが、刮目はしないで下さいな
「若様、了解しました。凸伍一、お前の班で後ろの足止めをしろ、緊急事態だ、殺してでも止めろ。三娘、神行歩は習得済みか」
“了解”は伍一の返事で、“未習得”が黄の返事だ。
一行は駆けているが、何分小馨は幼児だ。
「小馨様、御無礼を」
そう言って、李昆は小馨を背負う。そして駆けた。
後方から“ズダン”と云う発経音が連続して鳴り響き、暴徒が舞った。
暴徒の一人、風体からして黒幇者が呼子を鳴らした。その様子を李昆は横目に収める。
左右の小路から、ワラワラと暴徒が涌いて出てきた。
「貴人狩りだと!」
抜剣状態の奉可が独言ちた。
一行の身形や、先頭を抜剣で駆ける奉可を見て貴人と思わない者は居ない。
剣は平民に帯剣出来ないのだ。猟師や警邏は携行出来るだけだ。にも関わらず一行に暴徒は押し寄せる。
奉可は“貴人狩り”と称したが、身分と暴徒人員規模を考えれば内乱とも言える。
「翻、姜八、紀、右手を防げ、屈兄弟、宋二は左手だ、呼子を吹くヤクザ者は殺さずに捕らえろ」
“了解”、“了”、“分かった”、“了解しました”呼ばれた者達はそれぞれに返事をして散開した。
呼子の音は通る。警邏官吏が応援を呼ぶ時に吹くのだから当然だ、それを意図的に使用すると云う事は、黒幇者達が暴徒を誘導していると云う事だ。
怖い、怖い、怖い!何故、何で、何で、何で!?
(落ち着け!大姐!落ち着いて、貴女は今は感情が安定していない、落ち着け!また感情が圧縮する!)
黄家は目前だ、だが、更にその前方にワラワラと暴徒が群れ出した。門前市の商人達も、異変に驚き逃げ惑う。
「若様、前方の暴徒は我々で押さえます、若様は小馨様と黄家に避難して下さい、我々を気にせず閉門して下さい、三娘、お嬢様を頼む」
「分かった、任せろ」
「分かりました、小馨様、こちらに」
神行歩を習得していない二人は呼吸が荒い。
とは言え、方や軍人で、方や下級とはいえ連経を習得している極拳士だ、体力は残っている。
「なに、素人相手です、蹴散らして参ります、隙を見て御屋敷に繋ぎを走らせますので、応援到着まで籠城願います。いくぞ!」
李昆以下五名が駆けた。それまで奉可と黄に合わせて減速疾走だったのが、全速での疾走だ。
縮地走神行歩。上級武技だ、縮地走も神行歩も中級武技だが、経の用法が異なる武技の掛け合わせなので、奥義とも呼べる上級技だ。
縮地走は発経出力を瞬発疾走に活動し、連経せず使いきる活脈だ。
近い間合いで使用しそのまま攻勢活流に転じる。連経しても構わないが経の減衰が激しいので、新規に発経した方が経が太い。
神行歩は、長距離を移動する活動だ、こちらはひたすら連経歩をし続ける。経を減衰しない様に疾走活脈に連経を載せ続けるのだ、一日中走り続ける事が出来る。
縮地走神行歩は、経減衰を計算し追加で発経をしながら連経する移動法だ、簡単に言えば練歩で疾走する活動だ。
初練歩での疾走で、そこからの加速や跳躍は次練、三練と経を重ねて太くする。
即ち超俊足で移動し続ける走法だ。
縮地走神行歩を繰り出せる上級拳士の激突だ、先頭の暴徒は吹き飛んだ。
李昆を始め、五人の拳士は止まらない、そのまま舞う様に暴徒を刈る、武闘舞踊が繰り広げられた。
怖い!怖い!怖い!怖い!「怖い!怖い!怖い‼」
小馨の恐怖は言葉となって零れた。黄にしがみつく。
一行は黄家門前に到着した。
「商人達!危険だ、お前達も中に入れ!」
奉可が逃げ遅れた商人たちを誘導する。
そのほんの僅かな隙に、防衛を掻い潜った黒幇者が投石した。
威力は差程でもない、黒幇者の目的は殺傷ではない。毋可馨の誘拐もしくは当組織の暴威誇示が目的だ。
護衛が手強く誘拐は失敗した。だから死なない程度に暴威を振るう事に変更したのだ。
愚かだ。
護衛戦力を見誤っている、見くびり過ぎだ。暴徒を放置して自分達だけで撤退すべきであったが、この時は女子供に危害を加える事を優先した。
「小馨様!危ない!」
門を潜るにあたり、黄は小馨を降ろしていた。投石は遠慮無く二人に降り注ぐ。
「内硬功!」
黄は当然その身を盾とした。“ボスッ”“ガスッ”と云う嫌な衝突音を、小馨は黄の体越しに聞いた。
黄は投石を全てその背に受けた。
「しまった!黄!」奉可は突出し牽制の為に剣を降った、投石をしたヤクザ者は後退する。
「黄姐!」
崩れ落ちる黄を小馨が支えた。いや、黄が自力で踏みとどまる。
「私なら平気です、門の中に、早く」
ツツッと黄の頭から血の筋が零れた、頭部にも投石を貰っていたのだ。
流血を見て小馨は逆上した。
「黄姐!おのれ!おのれ!おのれ!」
(落ち着け!大姐!大姐!)
小馨は地面に落ちている石を引ったくると、ヤクザ者達目掛けて投げ………ようとして崩れ落ちた。
「小馨様!」と黄が叫ぶと同時に小馨は起き上がる。
「黄、動ける?誰か手を貸して、兄上も早く門の中に」
“さあ、早く”“中に!”と門内に避難していた商人達が黄を助けて門内に引き入れた。
「若様、早く中に!」
黄文書がいつの間にか駆けつけていて奉可の入門と共に閉門した。
「ご無事ですか、若様、小馨様」
「私なら無事だ、それより三娘だ、投石を貰って流血している」
「平気です、内硬功で相殺しました。頭は瘤が割けただけの軽症です、頭部は派手に流血するのですよ、鼻血と同じですね」
最後はわざと戯けてみせた。黄なりの心使いだ。
「ありがとう、黄。私はお陰で掠り傷ひとつ負っていない、本当にありがとう」
「うん?可……」
奉可が呼び掛けるが、小馨は身振りで発言を遮った。
黄文書にも内密だと奉可は覚る。
「とはいえ、黄、怪我をしているのですよ、手当てを早く」
幸いにして、避難していた商人に外傷軟膏を扱っている者がいて、手当ては出来た。
「若様、外はどんな情況なのですか、暴動の様ですが」
「暴動……なのか?我々を目指しての騒乱の様だったが……貴人狩りにしては妙な人波だった」
奉可はしきりに貴人狩りを口にするが、記録上民衆が士大夫、貴人を襲った事例など、60年も前の大飢饉で世情が乱れた時だけだ。
戦記、軍記が頭から離れない奉可としては、暴動即戦乱に思考が傾く悪癖があり、貴人狩りもその一環である。
「外で護衛が暴徒を防いでいる、隙を見て応援を呼ぶそうだから、その内治まるだろう。文書殿、それまで門を抜かれない様にしなければ」
門の閂に、更に心張り棒を噛まして固定した。一先ずは安心だが、放火が怖い。商人達と手分けして消火用水を配備する。
散文的にバラバラと投石が門を打つ。外の様子は見えないが、それも次第に治まってきた様だ。
「黄、背中は大事無いのですか?内硬功で相殺したと言っていましたが、外傷は別でしょう?室内で手当てしましょう」
「うん?はて小馨様、昨日とは随分と雰囲気が違いますな、心境に変化がお有りか?」
「昨日の今日ですが、“士別れて三日なれば”ですよ叔叔。ですが刮目しないで下さいな」
これには黄が慌てて取りなす。
「父様、この年頃の女人は化ける物なのです。小馨様、お言葉に甘えて背中の手当てをお願いします」
可馨の言外の意図を、黄は覚ってくれた様だ。




