は哈哈、本当に御山は恐ろしいですよ、劉殿
「聞き捨てなりませんな、その無礼な物言い、当方を侮辱されるか」
「侮辱も何も、庖殿、貴殿は毋大人の事を何も知らないではないか、洛都に住まう者ならば、毋大人にその様な無礼は口にしない。
大人は洛都政財界に多大な影響力を有する御方である。
貴殿の後ろ楯が何者なのかは分からないが、夜郎自大の類いではないのか」
これは劉が正しい。毋自体は無位無官ではあるが、婿入りした先は、登殿はおろか、皇帝に直接会話が許される三品官位の遨家である。
毋の事を少し調べれば分かる事で有るが、どうやら実業家としての毋の事しか、調べがついていない様子だ。
まあ、洛都でも有数の資産家である毋が、まさか入り婿とは、内情を知らなければ誰も思わないだろうが。
ましてや婿入りしたのは二昔以上も前の事だ。
「………冷静になりましょうか、さて毋大人。大人の洛都に於ける影響力を不手際から知り得ませんでしたが、こちらの主公の意に従う事を勧めますよ。
夜郎族なんぞでは有りませんから」
最後の一言は劉に対する意趣返しだ。
それより。
「庖殿、主公と仰ったが、庖殿の組合に出資された金主では無いのですかな、その方の意向で庖殿は此度の交渉に赴いたと」
「無論、金主でも有りますが、高位の貴人で有るとだけお答えいたします」
「その御方と面談は可能ですかな、当方に信頼を置けないとの事ですが、面会を果して相互理解を深めれば、無用な心労を掛けずに済みますよ」
「……毋殿、子供の使いでは無いのですよ。それに失礼ながら、登殿をされる高位貴人に、貴殿は礼を果たせるのですかな、無礼な行いが有れば、最悪族滅の罰を受けるやも知れないのですよ」
「登殿貴人ならば、懇意にしている方も幾人か居ります。ここにこうして私は居るのですから、礼法には叶っているのでしょう。
紹介状を頂いて参りましょうか?
それとも同伴を願い、そちらに参りましょうか?」
毋としても引けない話だ、だからまとまるならばまとめたい、貴人が相手ならば、貴人で対抗するまでだ。
「………話になりませんな、私は親切で毋殿に忠告を差し上げたのだが、聞き入れてもらえなかった様だ、残念ですな」
「庖殿、短気は損気と申しますぞ、そちらの高貴な御方に面談は叶いませんかな、こう見えて私は手広く商いをしている。
此度の話を抜きにして、商取引相手にはなりませんかな」
「……私の一存では何とも。持ち帰り指示を仰ぎましょうか。
二~三日はこの地に滞在しますが、毋大人に措かれては心変わりが有るやも知れません。
当方への連絡は、庖土工組合事業所の方へ願います」
「それは無いと思いますが、一応理解しました。我等は明日からこの地を発つので、次に面談交渉をするとしたら来月以降となりますな」
「さて、もう少し早くに再開すると思いますが……商談の件は必ず伝えましょう。
……給士、お茶の用意を」
お茶の用意とは、交渉不首尾で散会すると云う意味だ。上首尾ならば酒席となる。
ここは料亭なのだ、場所だけ借りて、用が済んだらハイさようならとは行かない。
双方無言のまま、形式的に茶を口にすると退席した。
帰りの道中、劉が毋に詫びを入れた。まさかこんな話だとは思わなかったのだ。
「いや、劉殿、私は何とも思ってはいないよ。むしろ穏やかな部類の会合だった」
「そうでしょうか、あの男結局虎の威を借りて吠えるばかりで、大人に措かれては、さぞご不快で在られたかと。紹介した手前、面目次第も有りませんでした」
「はは哈、劉殿、私は手広く商いをしているのです、あれ位ならどうとでも。
そうですな、劉殿。経験上やっかいなのは宗教者との交渉ですぞ」
「ほほう、面白そうな話ですな大人」
道々話ながら帰路につく、二人に付き添う用人や護衛で、ちょっとした一団となっている。
「山門を掃除している寺人に、来意を告げて案内を請うと、実は寺人では無く、門跡、上人で有ることがしばしば。
御修行と仰られるが、真偽の程を確かめる術など有りませんでな」
「なんと、俗世間ではあり得ない事ですな」
「当方の人物を量る為なのか、交渉を有利に運ぶ策なのか、はたまた本当に修行の為なのか。
ただ言える事は組織の長として、甘い判断はなされません、金銭を軽んじません、組織運営最高責任者として最良の判断をされます」
「そこいら辺は、俗世間と変わらないのですね」
「更に……ここが肝心なのですが、高位宗教者の中には俗世間のご都合で出家なされていて、先々代の主上陛下の御血筋だの、今上陛下の御兄弟だのが御山に納まって居られたりするので、とても恐ろしいですよ」
「な、なんと」
「知らないと言う事は怖い物で、元親王殿下に寺院案内をさせてしまったのですよ、私は。
は哈哈、貴人との交渉は、席に着く前に始まっている所か、九割方は終わっているのだと、勉強になりましたよ。後は御山の言いなりでしたからね」
「お、恐ろしいですね、寺院は」
「はは哈、ですからね、庖殿の仕える登殿貴人が何者でも、余り恐れる事も無いのですよ。
私も御山に高い勉強料を喜捨しているので、御味方いただける門跡、御上人様も居ますので」
「流石は毋大人です。成る程、恐れないには恐れないだけの人脈が構築されているのですね、勉強になりました」
「は哈哈、それはそうと劉殿、明日の出立なのですが………」
打ち合わせとも言えない様な確認事項を話しながら、一行は解散した。
もしも庖が今少しマシな情報を掴んでいたら、少なくとも毋に敵対する行動は取らなかっただろう。
その結果天寿を全う出来たかも知れない。
毋の言葉では無いが、知らないと云う事は怖い物で、慎重さを忘れ、又もや毋の事を調べもせずに庖は行動を起こしてしまう。
毋が洛都不在になる前に行動し、自身が所在中に翻意させる狙いが有ったのだろうが、愚かに過ぎた。
毋の娘を誘拐、若しくは危害を加え、暴威による毋財団の支配を目論んだのだ。
庖は元々非合法、暴力専門の黒幇者で、天湊の暗黒街の顔役だ。シノギに建築土木を手掛けてはいるが、本業は暴力による仲介介入だ。
なので毋に可馨なる娘が居ることは調べがついていた。
遨大通りに屋敷を構えている事も。
あまりに広大な敷地の為に一つの屋敷とは一般に周知されておらず、また居住区画は後から追加造成された敷地区画であり、更に出入り門が別に設えて有ることから、毋家は遨家と隣接した屋敷と部外者には認識されていた。
小馨は長ずるにつれて、蛇蠍の如くヤクザを嫌うが、この一件が発端で有る事は否めない。
そして、溺愛しているとも言える愛娘に、危害を加えられた遨家当主は、大激怒する事になる。
歴代最強、初代蓮明の再来と呼ばれる京馨の逆鱗に触れる事になるのだが、慎重さを忘れた愚か者は、その身を持って武の恐怖を知る事となる。




