次は蟹か海老にしろ三
「今度は何事だ……亀?」
かなり大きな海亀だ、わたしの体格位有る。
亀を放ると、黒三は再び海に消えた。
次は蟹か海老にしろ。さて。
「凄いな善順、海釣りは得意だと聞いたが、まさかこんな大物を釣り上げるとはな」
(無茶だよ、いくらなんでも無理が有る、亀なんか釣れる訳ない、網で引き揚げる生き物だよ)
「え?いや、これは……」
「船長、不思議に思うかもしれないが、これで善順は南遨極拳士だ、気功か何かで釣糸を補強したんだな、大した功練だ」
(適当言ってんな、なんだよ気功で補強ってのは、手品か魔術だよそれじゃ。大体何だよ気功って)
知らね、武侠冊子出典だし。
「釣り上げたのか?こんなデカイ亀を、海神の下賜じゃ無く」
ああ、それでも良かったかな。先に言ってくれよ船長。
「いや、船長、この亀は……」
「善順が釣り上げた物だ、凄いな善順。見直したぞ善順、流石だ善順」
「……お嬢の人柄が分かった。あまり派手な事は控えてくれよ、船乗りは迷信深い、折角霊験あらたかな巫女が乗船していると好評なんだから」
「わたしは巫女では無いんだが………まあ面倒になってきたから良いか。それより船長、この亀捌けるか?出来る事なら食べたい」
「……いや本当にお嬢は面白いな、海亀を捌くのは専門の料理人で無いと無理だ、それよりこの亀を売ってくれないか?ここまで大物だと美味くは無いが、甲羅が売れる」
「売って良いか、善順。捌けないし美味くないなら用は無い亀だ」
「え?いや、胡様、この亀は胡様の神通力で水揚げした……」
「売って良いな善順。船長、幾らになる?面倒だから言い値で構わない、ただ、後の始末までは知らないよ」
クスクスと笑い声が聞こえる、マルコ君だろう。黒靈が見える彼には、わたしの道化が可笑しいのだろう。
(いや私的にも、もう、ね)
「金一両でどうだ」
ほう、中々の値がついた、善順の船代が金二両だからな。
「構わないよ、ただ申告が嫌だから領収は書かないよ、現金現物取引だ」
身分的にはわたしは周物品卸公司の社員となっている、なので金銭取引が有った場合申告が必要となる。
こちらは兎も角、出金側に帳簿記録が残るから懐ナイナイすると面倒な事になる。
この国の税務官吏は、腹立たしい程有能だ。
大昔の話だが、あんなボロ小屋に住んでいようがキッチリ住民税を取立てに来ていたし、家主が行方不明となると、あんなボロ小屋ですら競売にかけて回収したのだから、流石ですら有る。
つまり、あのボロ小屋は乗っ取られたのではなく、正式売買され新入居されただけなのだ。
当時は憤慨したが、道理を説かれれば納得だ。その後、一年程浮浪生活をする事になったが、まあ済んだ話だ。
「ああ、俺が個人的に買い取ろう、所持金からの出費だから足は付かないさ」
「よし。善順良かったな、船長の気が変わらない内に回収しておけ」
「え?いや、だからこの亀は……」
「察しの悪い事だな善順さん。つまり、お嬢はお前さんに小使い銭をくれるつもりなんだから貰っておきな」
「港湾警邏局から直行だったから、手持ちは無いだろ。まあ、無銭と云うのも何だしな」
「胡……様……感謝いたします」
大仰だとは思ったが、善順の差手跪礼を受けて応礼を返す。
「わたしはお前を庇護すると決めたからな。まあ、そんなに畏まるな」
「主従だったのか、詮索しないように言われているが、妙な取り合わせだな」
「わたしもそう思う。……今度は何だ三」
バシャンと水飛沫が上がる、要望に答えて今度は蟹を二、三匹咥えてやって来た。
蟹ならば、まあ良かろう。
「んな、何だ?蟹がまとめて跳んできた?」
傍目には、三は不可視だからそう見えるだろう。絵面はかなり間抜けだが。
「船長、蟹は捌けるだろ、昼に食べたい」
船員は朝晩の二回しか食事が無い様だが、乗客は普通に三回出る。
食材は持ち込みだから調理を頼む訳だ。
「胡姐と知り合えた事を神に感謝します」
クスクスと笑っといたマルコ君が、見慣れない仕草をしてそう言った。佛道の法印に似ている。
一連のドタバタで、活力を取り戻した様だ。
うん、この子も気脈が強そうだな。
「わたしもだマルコ君」
(私も同じくね♪)
「はい、勿論師匠もです」
わたしはマルコ君の頭を撫でる、本当に撫で心地が良い、絹糸の様な髪質なんだ、彼は。
「人手を集めるから、妙な事はしないでくれよ、お嬢」
「そうだ、折角だから白太郎にも蟹か海老を捕らせよう、左道術の指南にも成るんじゃないかな」
(面白そうね、私に任せな♪)
「………お嬢、周りから人の話を聞かないと、よく言われるだろ」
「どれ、釣りは仕舞いだ。船長、竿を返す。善順、済まないが船長室に竿を持っていってくれ、そのついでに亀の代金を貰えば良い」
「………本当に面白いお嬢だな、亀を生け簀に運ぶから人手を廻す、蟹もそいつらに渡してくれれば船員料理人に渡す様に手配するよ。
じゃ、善順さん付いてきてくれ」
善順は釣り竿を抱えて船長に付いて行った。
亀と蟹を受け取りに、数人の船員が来た。
騒ぎを聞き付けたのか、朝に料理を運んでくれた料理人も来てくれたので、ついでに蟹について熱く語っておいた。蟹料理に期待だ。
この日は、結局左道術の指南に費やされた。善順は釣りを続行したが、わたしには釣りは合わないと自己確認したので大人しくしていよう。
わたしの左道術は、云わば小姐に寄生しての事だから、術理は分からない。
なので体の支配を小姐に預け、休息だ。
“左道術の講義だ”で善順を追っ払い、奴は他所で釣りをしている、小姐の事は奴にも知られたくは無い。
小姐の事を知っているのは、謀反騒動の時の関係者と直近の身内、数人の侍女だけで、黄叔叔や楊親分も知らない秘匿事だ。
広州では悪い認識しかされない左道だが、洛都ではそれほどでも無い。
と、言うより左道一本と言う導師、道士は稀で大多数はまともな、道法家だ。
研究、観察の為に左道を嗜むのが一般的らしい。
仙薬などを調合するので、心得として習得するらしく、現に道法から薬家へ進んだ一派も有る。
極拳も道法からの分派発展であったが、道家にとって、道は一つでは無いのだ。




