悪食家だと、そんなに嫌か飛蝗?
「胡老師、話が有ると聞いて来ましたが、一体どの様な話でしょうか」
声が震えている、別に仕置きなんてしないがな。
「いや、善順。胡嬢もしくは胡娘でいい。南遨老師の手前尊号を受けたが、わたしはそんな大層な者じゃない。第一周囲に説明が面倒だ」
いくら老師の尊号が年令や性別に関係無いとは言え、世間一般的にわたしは小娘だ。
(中味は親爺みたいな感性の悪食家だけどね)
悪食家……そんなに嫌か、飛蝗?火は通して醤を合えてあるんだが?
(い・や・だ)
そうか、控えよう。だが今更親爺は止めん。
「短刀直入に聞くが、わたしの事は誰から聞いた。顔面包帯の何だか兄弟以外でだ」
善順には思考誘導の黒靈が、針の様に打ち込んであった。左道の、しかも黒靈術者でなければ施術は無理だ。
何だか兄弟も使役された側だから、奴等が実は左道士であったとは考え難い。
「いえ、李兄弟以外からは聞いてはいませんが」
即答だ。ただこいつは馬鹿だから、見落としもあり得る。
(……………)
「そうか、まあスルメでも食べるか、何か思い出すかも知れない」
強引に手渡す。勿論わたしも食べる。経験上考え事をする際は、口を動かしたほうが考えがまとまる。記憶も蘇る事もある。
「どうだ、何か思い出した事は無いか。お前は左道の黒靈術に掛かっていた」
ギョっとした様だ、広州人は左道関係を警戒するから当然だ。
「多分、わたしに絡んだ頃から術に掛かっていたんだろう。高師範の門下ならあり得ない無礼だからな、あのご仁がそんな教育をする訳が無い」
亮順様が末子を託すのだから、逆説的に高師範の人柄が知れる。わたし自身高師範と接した感触では、わたしより余程上等な指導者だ。
少なくとも、して良い事と悪い事の区別は、体をもって教育していた。体罰が一番覚えるのだ。
………美味いなこのスルメ、もっと買って置けばよかったか。
(……………)
「そもそもだ、お前はわたしを“本家から来た小娘”と言っていた。これはおかしい」
善順はバツが悪そうな顔をする、暴言を恥じてだろうが、わたしの意図はそこに無い。
わたしが遨家の人間だと名乗ったのは、豪順様との仕合後だ。あの場に居た周親しか知らない事で、接待をしたのはわたしの身柄に価値を見出だしたからだ。
遨家と遠縁であると、暈しては伝えてあった。あの時は南遨家の内情を知らず警戒していたからだ。
ただ、亮順様はわたしの養子縁組みの件は、母さまからの手紙で記憶に有ったようで、それで招待されたのだ。
少し整理すると、周兄一行がわたしを襲撃した時は、わたしが遨家養女はおろか、極拳使いと云う事すら知らなかった。
わたしの本名と、洛都での評判だけで、極拳の事も知らなかった。
最も烈火の胡嬢とは、小姐の事でわたしでは無い。しかも女方士、女道士としての異名で、わたしと結びつけられるのは、一部の士大夫だけだ。
醜聞でもあるので、伏せられた事柄だ。
……何か腹が立ってきた。
(落ち着け大姐、ほらヒッヒッフー、ヒッヒッフー。本当に世話が焼ける)
……まあ、良い。それより善順だ。
「お前はどの段階で、わたしが本家から来たと知ったのだ。わたしは高師範に名乗ったのは拳士としてのみだ、本家の門下は万を越える。だから胡姓から調べがつく訳が無い。
わたしの素性は、周兄が高師範を見舞った時に話したと聞いた。だが、お前は高師範から聞いた訳では無いのだろう」
高師範から聞いたのならば、わたしに絡む訳がない、くどい様だがあの御仁はそんな教育はしないだろう。
更にわたしは身バレする次席師範とは名乗ってはいない。そこまで名乗れば流石に調べがつく。
遨家極拳士は、中原全土に居るのだ、軍部にも弟子が多いのだから。
「あっいや、それは父う…南遨老師から聞きました、高師範がやられた事も。
南遨老師も初めは胡…様に思い当たらなかった様でしたが、高師範の容態を見て思い出した様でした」
「そうか……お前はさっき何だか兄弟からしか聞いていないと言っていたが」
「早とちりでした、高師範を伸したのが、本家の身内であるとは南遨様から聞いていましたが、その時は悪い印象は無かったのです。
色々と吹聴していたのが李兄弟だったので、勝手に悪い印象を与えた人間が誰なのかと解釈しましたので……」
「そうか、ならば結局の所は分からないか」
(ねえ、大姐。旱導師の協力者は多分割れないよ、黒靈使って黒靈誘導術を使われたら、被術者に術者なんか知れようが無いよ、接点が無いんだから)
ん、そんな事も出来るのか黒靈、凄いな。
(大姐は便利使いしてるけど、左道術の中でも高等術だよ黒靈術って)
ふうん。まあ、正直糞導師の協力者なんか、どうでも良いんだけどね。
(あん?何言ってんだよここまで引っ張って)
本当に小姐は斜口が似合うな。いや、ここは海上だ。広州からかなり離れたから、糞導師の手下はもう何もできない。
(それはそうだけど)
時間的に沙海に先回りなんて出来ないだろうし、わたし達の行く先なんか知りようも無い、大体わたし達自体の行動が未定だからな。
(同行でもしてない限り無理ね)
その同行者の善順はまあ白だし、マルコ君に至っては小姐の弟子で分魂黒靈を譲渡しているから疑い様も無い。
(あん?マル吾子を疑っていたのかよ)
いや、同行者繋がりの例えだ、わたしも端から疑っていない。話を戻すが、だから広州に今だ居るで有ろう糞導師の手下の所在なんかどうでも良い。
どのみち、洛都で糞導師を始末すれば済む話しだしな。
まあ、そんな事より善順だがどうだろうか?思い付きで引き取ったが、こいつを黄姐が気に入るかな?
(そんな事って……アンタねぇ……あんなで私の師匠みたいな物だし、あれで優秀な探究者だから惜しくも有るよ。マル吾子の事も有るから輪廻の輪に帰って貰うけどさ)
それで黄姐なんだが、小姐と嗜好が同じだから意見を聞きたい。
(聞けよ!人の話!たまに大姐は会話にならなくなるね。結論から言えばまあ、無理)
何でよ、善順……と言うか南遨家は亮順様を始め、見目は悪くないぞ、血統だろうか。
(そうじゃ無くて、年令的に無理。私は10才迄が範囲で黄は12才迄が範囲。だから生理的に無理)
本当に困った奴等だな、まあダメ元で善順をけしかけよう。
(……………)
「あの、胡……様考え事をされている様ですが、船が出航するみたいです、そろそろ戻りませんと」
魚を回収し終えた様だ、錨を上げ始めている。
「胡嬢か胡姐で良い。善順、お前には洛都でやってもらわなければならない事がある。はっきり言えば、かなりの難事だ。そこで問う」
善順は、ハッとしたようで姿勢を正した。
ゴールデンウィークですね、今年は外出しないので、執筆しています。
なので、ゴールデンウィーク中は毎日投稿しようと思います。
コロナが早く終息したら良いですね。




