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武侠少女!絹之大陸交易路を往く!?  作者: 蟹江カニオ 改め 蟹ノ江カニオ
2章
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巫祝巫女だと、それでいこう

「大神はお帰りになられた、皆頭を上げるが良い」


 いつの間にかわたし達を囲み、船員達が頭地礼をしている。岳船長もだ、あの剃髪は善順だろう。


 途中から周囲が慌ただしくなった事は見てはいたのだ、昨日と同じだ。


 まあ、黻陵様は舞いを舞われた訳でも無く、虹を立てられた訳でも無く、雹を降らした訳でも無い。

 わたし達に謝意を示された()()なのだが、何せ大神格に在られる。

 辺りに神威が溢れている、畏れを知るならば、跪かなければ嘘である。


 ただ、船の周囲が騒がしい。チラリと見ると矢鱈と魚が跳ねている。


 許容範囲内だろう。うん。


(ねえ、大姐。今更だけど、私の兎歩径絡から溢れた()()だけど、大姐の魂滴と黻陵様は認識していたね。何故だろう)


 さてね、間違える程似ていたのかな?聖王様とも似ているそうだし、似るのは珍しくも無いのかも。それより。


「岳船長、タモ有るか、魚取り放題だ」

 なんかもう凄い状態。水面を魚がバッチンバッチンと跳ねてる。


「あ、いや、それよりお嬢、さっきのは一体」


「船長、それよりじゃない。今、船の回りで気絶している魚は大神からの下賜だ。回収しなければ不敬だ」


 あわてて船長は船員に指示を飛ばす。何せ神威を目の当たりにした直後だ、疑問視して逆らう様な変人は居ない。


(何でそんな妙な嘘をつく、魚も神威に当てられただけじゃ無いの?)


 知らん。けど、魚だぞ、しかも新鮮な。幾らすると思っている。わたしは食べたい。


 洛都はやや内陸に寄っている。一番近い天湊の漁港からですら300里は有る(約120㎞)

 乾物ならまだしも、鮮魚は本来ならば冬場しか食べれない。


 ……わたしが海魚を好むと知った母さまが、生け簀を用いた輸送運搬屋に定期的に運ばせていたのだ。


 海魚の価格より、殆どが輸送費で、何も知らないわたしが喜んで食していたのは、良い思い出だ。


(そうなんだよ、だから何で大姐の悪食が治らないのかが不思議なんだよ、何で?)


 それだ、何でわたしが悪食だと言う。食える物ならば悪い物など存在しない。


(………昔の高僧で木喰和尚と云う人が、木喰行で木の根しか食べなかったと聞いたけど、別に大姐は修行で木の根や雑草や虫を食べている訳じゃ無いでしょ、何考えてんのさ)


 細かい事ぁ良いんだよ、それからあれは雑草じゃない、球根だ、茎は食わない。


(だから、態々食うな!苦いんだよ、あれ)


 また始まったな、困った事だ。そうだ、この機に善順に聞いておこう。


(勝手に話を打ち切るな!)


「船長、善順と話がしたいんだが、構わないか」

「ああ、魚を何とかしなければ出航できないからな、構わないよ。奴は筋が良い、お嬢、周海運に売ってくれないか」


「あんなで南遨家の所縁人だ、止めときな」

 無縁処分されているのだから、法的には問題無いが、亮順様は有情の人だ。水夫人足奴隷に身を落としたと知れば悲しむだろう。


「いや、本当に筋が良いんだ。学もあるし仕込めば俺の後任を委せられる」


「駄目。奴には本家でやってもらう事が有る」


「うん?惣領殿からは詮索無用と聞いてはいたが、お嬢と善はどんな身柄なんだ?」


「うん……まあ良いか。わたしは遨家の養女で極拳の師範だった。善順は南遨家の末子だったが失敗して無縁処分だ、わたしが預かった」


「んな!こりゃ大変な無礼を、てっきり巫祝巫女(ふしゅくみこ)か何かだと」


「いいよ面倒だし、それに巫祝巫女は良い。気に入ったからそれで通そう。まあ、それより善順だ」


 巫祝なる職種は公的には存在しない。宗教関係の職種、身分は、実も蓋も無い言い方をすれば、税を払えるかどうかで決まる。


 喜捨、布施、浄財は申告の義務が有る。そのまま宝塔なり、浄財倉なりに金銭を保管するだけならば税は発生しないが、組織の運営に金が掛かるのは常識だ。


 運用した分には課税されるのだ。

 話が逸れるが、熱心な佛信徒である毋可丘は旦那寺に投資を持ちかけ、定期的に儲けさせている。別段宗教団体が事業をすることは禁止されていない。


 ので、国家にとって有力な財源でもある宗教団体は、公的に職種として認められている。


 巫祝は厳密には、道法にも、礼儒にも、佛教にも所属していない。と言うよりそれらよりも古い存在で、原人の(まじな)い師が最初期の立ち位置だろう。


 礼儒は今でこそ国教であるが、その大元の原始儒こそが巫祝の発展系である。


 その原始儒を集大成したのが礼儒であるが、ここでは関係ないので省く。


 後発である道法や渡来宗教である佛教、勿論礼儒にも巫祝は存在を示し、呼称や、成りを変えてそれらに付随した。


 行者や道人、巫覡(ふげき)や修験者といった具合だ。


 いわゆる護摩(ごま)の灰と云う奴で、忌み嫌われ、蔑まれる存在で、宗教者では無く当然納税者でも無い。


 宗教関係の成りをした無宿人が、巫祝に対する大多数の認識だ。


 だが、巫祝踊女を祖と公言する極拳に於て、巫祝は別段蔑称ではなく、小馨としては受け入れ易い。


 ただ、岳船長としてはそうした歴史背景的な意味での巫祝発言では無く、胡人の容貌からの発言だった。


 西域から伝わってきた、景教なる異国の宗教の宣教師を、巫祝者と近頃は呼び始め、女宣教師は巫祝巫女と揶揄する様に呼ばれていた。


 小馨の風貌は、胡人そのもので、また胡服外套と方つば外しの二角帽が、宣教師の服装に似ていた。


 岳船長との初対面では、簡易礼服であったが、乗船時は件の成りなので、女宣教師、巫祝巫女と見えなくもなかった。


 また船上で神降ろしをしたとなれば、西域、中原、何れかの巫祝と思われても仕方ない。


 深い考えは絶対に無い人柄なので、当人は安直に巫祝巫女を名乗る事になるのだが、その風貌と相まって、あやふやな印象を与えるだけとなってしまう。


まあ、左道拳士よりは幾分マシであろう。


 呼ばれて善順がやって来た。当然だが、小馨には引いていた。

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