そうだろう、絡は楽しい。それはそうと、ようこそ娘娘様
海運船は投錨停泊している。
沿岸に沿って航行しているのだ、闇夜に航行して他船舶に衝突しても詰まらない。
なので目視可能な明るさになるまで停泊していたのだ。
わたし達は乗客では有るが、この船は客船では無い輸送船だ。だから景色を楽しめる様な観覧所は無い。
まあ、口寂しくてスルメを噛りに出てきたのだから、景色はどうでも良いのだが。
主帆柱の上部に見張り場所が有るが、態々登る程もの好きではない。第一周囲を見回したければ、三か士か午朗と視界同調して飛ばせば良い。
大本の術者で有る小姐が、分からないけど高位術者らしいので、半同魂のわたしもそれくらいは出来る。
(いや、黒靈術の奥義なんだよ、簡単に言うけどさ)
そうか、便利だよな黒靈。そうだ、たまには小姐も兎歩踏むか?
(そうね、いまは人目も無いしたまには良いかな)
小姐は寝たきりだった事もあって、動きが鈍い。今はわたしの体なので体力面で問題は無いのだが、操作の点で駄目だ。
体操術。単純に体術とも言う、武術と混同されがちだが、別物だ。
うん、兎歩がそうだ。知る限りでは、速走術、水泳術、柔身術(武術の柔術とは別物)、などが有る。健康術と理解した方が分かりやすい。
小姐は体を動かす経験が足りないので、手軽に兎歩を踏んでもらっていた。
わたしはこれでも師範位だった、兎歩目当てで入門する子弟子女もいるのだから。当然指導はできる。
体の支配を渡した。
右足、左足、右足揃え。
左足、右足、左足揃え。
拍子は悪く無い。ただ、わたしの体だから元々内絡は整っている。それに順序が逆になるが、黒靈術を操る小姐は魂の扱いが上手い。
仮説だが、絡は魂殻ではないかと云う結論に達しており、仮説が正しいとしたら、魂を操る小姐は絡も操れるのだ。
ただし、兎歩経絡を踏む事と、黒靈術の移魂法は似ているだけで違う物だ。
それに、知っている事と、出来るはまた別物だ。
導引吐納。実際やらなければ分からない事だ。
(何やら、魂が流れていくのは分かるのよ)
前に、段階を踏まないで知識を得ると変な癖が付くと聞いたが、正にその通りだな。
小姐の場合は絡の……魂の操作が上手すぎて、気脈と血脈が乖離しているんだ、魂みたいに分別してしまう感じかな。
(そこが分からないんだよ、大姐の話だと、魂殻と絡が違う物と解釈しているみたいだけど、同じだよ)
多分同じだ。だけど、個性が有ると分かった。如娥娘娘様が言っておられたけど、わたしの絡が馴染むと、聖王様に似ていると。
(ほう、ほう、興味深い)
わたしは気が短く、気脈が先走り血脈が付随する絡だ。黄姐は、心音を拍子として開眼したのだから、血脈が主体で気脈が従の絡だろう。
(………成る程。つまり私の場合、大姐の体は大姐の内絡で整っている訳だから、血脈に合わせるには)
多分、せっかち気味に気脈を通せば絡に成ると思う。
(流石だ、大姐見事。なるほどね、実際やらなければ分からない事だね)
いや、それだけどね……
(なんだよ、言いにくそうだな)
小姐は斜口が合うな。いや、人それぞれに絡が違うなら、他人に流しても意味が無いんじゃと思ってね。
(あん?)
無理して言うな。亮順様から教わった浸透経の治療法だ。
わたしはとっさの思いつきで奉納絡の返しを流して、結果治療になったけど、わたしの素の絡じゃ治療にならないのではとね。
(いや、亮順様の話した感じだと、マシになる程度の治療だからね。いや、絡は研究するほど分からないね。でも大姐の考察は面白いよ、私もせっかち気脈を試してみよう)
へんな名称を付けるな。
私達は船の後部甲板で兎歩経絡を踏んだ。見た目は兎歩そのものだけど内容はまるで別物だ。
私自身、大姐が成功させるまで分からなかった。
いや、今だに分からない事もある。
何故、大姐は絡を、兎歩を、経歩を、そして練歩を楽しむのか。
何が楽しいのか、何が愉快なのか、何故我を忘れる程に踏めるのか。
意識は同調しても、楽しい気持ちは分かっても、何が楽しいのかが、分からない。
私が内緒にしていた研究内容だ。
余談だが、私達もそれぞれに知られたく無い心情は、互いに探らない取り決めを交わしている。
その気になれば、互いの深奥は知れる。だけどそれは封じる事で合意した。
その時、恐らく魂同士の契約になったのだろう。お互いに開かない心の内は理解しないようになった。
まあ、大姐の心情は呆れる程に単純で、覗くまでも無く理解出来るのだが、私の心情を思いやっての合意だろう。
………あの時から、胡大姐は私にとって大姐となった。6才の児童だったが、姐となった。
敵わない。調子に乗られると癪なので言わないが、大姐は愚者であるが、暗愚では無い。大賢は愚に似ると言うが、その類いだろう。
一言で評するならば、やはり侠女だろうな。
兎歩を踏みながら、そんな事を考えた。
大姐の方を覗いてみると、スルメの事ばかりを考えていた。
……まあ、良い。そもそもスルメを噛りに出てきたのだし。
一歩間で、血液が体を一巡し、一呼吸終える。
難しい、想像がつかない。
早い物を想像する、風、疾風、旋風。
まだ、まだ、遅い感じだ。
流星、落雷……落雷か。
東の空から太陽が登る、水平線から光が射す。
即座に兎歩を踏んだ、固まった意識を即座に実行する。私の“速い”は日輪の光だ!
タン………
タン………
タン………
タン…………
タン……………
タン………………
(やったね、小姐。流石だ、成る程なこんな感じなんだな、人の絡の流れって)
タン………
タン………
スタン。
そうだったんだ。大姐、そうだったんだね。
(そうだ、楽しいだろ、まるで祭りだ)
うん、心音は太鼓、呼吸は笛、歩様は踊り、そして心の高揚。祭が一番しっくりくる。
楽しい、楽しすぎる。これは止められない。
(だろう。まあ、それよりもだ。如娥娘娘様ようこそ御降臨下さいました)
え?あ!娘娘様、大変ご無礼を。
再び高位神格が私達の体に降臨された。この神威神格は如娥様で間違い無いだろう。




