まあ、スッキリしたし喜喜だ。
(私にも替わって)
(それは構わないけど、可小姐は蘇?醍醐?、区別がつきにくいね。乳製品苦手じゃない)
(いや、いや、そのままならな苦手だけど、大姐が食べている、野菜和えは美味しそう)
蘇?醍醐?を蜂蜜で溶いた甘い付けダレが、思いの外に野菜の湯道しに合う。干豆腐ではどうだろう?
「今、可馨と替わったのかな、不思議な物だ、見た目は変わらないのに、雰囲気が全然違う」
「それはそうです、私の方が年上なんですから胡姐よりは落ち着きがあります」
(今しれっと悪口言ったね)
悪口じゃないよ、じ.じ.つ♪私は大姐の倍生きているのよ。
毋さまは軽く頷いた。
父親っ子の小姐は毋様に関しては普段の観察力が発揮されない。
わたしが要警戒視点で採点が辛いからかも知れないけど、毋様の目の色は複雑だ。
憐れみの色、喜色、通常、そして無色。
今なら分かる、わたしも人生経験は積んできた。多分毋様は、小姐の死を受け入れていたのだろう。だから、反魂で甦った小姐に戸惑いと忌避感を感じるのだろうと。
毋家は代々佛教徒だった。わたしも深くは理解していないが、佛教では人は死んでその魂は、生前の行いにより、六つの世界の何れかに転生すると云う。輪廻と言うそうだ。
小姐が口にする、輪廻の輪とは佛道の教えだ。毋様から教わっていたのだろう。
毋様を慕う小姐は、毋様を通じて佛道的な生死感を思考の基幹に置いた。
六つの世界の内の一つが現世だ、大体の魂は再び現世に転生、生まれ変わるそうだが……
驚いた事に、この考えは概ね正解だと今日分かった。如娥娘々様から直接聞いたのだ、間違い有るまい。
黄叔叔に良い土産話が出来た。喜ぶだろうな、“乱神怪力を語らず”と言いながら“乱神怪力”が好きな人だから。
(いや、いや、いや、いや、いや、いや、なんでそんな呑気なの!あらゆる宗教で問われる最大の疑問の答えじゃんか、土産話で済ますな)
まあ落ち着け、わたしは宗教家じゃ無いし、考え様には、だから何だと言う話だ。
死ねば誰でも分かる事なら、別に死んでから分かれば良い話だ。
生きている間に、死んだ後の世界を思い悩んで何になる。どうせいくら考えても解らない事なら、考えても無駄だ。
(……私は白子だった。最期の方は、寝台から起き上がる所か寝返り一つ打てなかった。
死んだ後の事を考えても仕方ないと言うけどね、知り様のない事、いくら考えても解らないと云う事は、とても怖いのよ)
うん。でもまあ、今日如娥娘々様に教わってスッキリしたじゃないか。喜喜
(ハァ…………やっぱり大姐には敵わないね。うん、確かにスッキリした。もう怖くないからね、喜喜だ)
「?あの、胡姐、どうされましたか、師匠が何か話されたとか」
「まあ、そんな所だよ。こうして昔話をしてみると、同じ筈の景色が違って見えていたと分かってね」
「つまり今の話だと、毋様の捉え方が違うと云う意味ですか?」
「と、言うより最初から視てなくなる。毋様はおかしな人ではないよ、敬虔な佛道信者だし、貧民への施しも、元々は小姐…可狐道士への供養から始まったし、無縁仏の法要もまた然りだ。
それだけ可狐道士の成仏……成仏とは未練無く生まれ変わると云う意味かな?成仏を願っていた訳だから……」
「成る程、だから反魂して目の前に現れると、感情が落ち着かなくなったのですね」
「わたしに分かった位だから、可狐…もう面倒だな、小姐に解らない筈が無いんだけれど……」
(いや、分からなかった。いやね、大姐が何か言いたげなのは知ってたけど。父上関係とは知らなんだ。そんなに父上、感情が揺れてたの?本当に?)
「うわっ!驚いた!可狐師匠、白太郎からですか」
(さっき気がついたんだよ、この方が会話しやすい。白太郎を使役馴れさせる意味でも、便利に使った方が良いね)
「急に割り込むな小姐。あと、無意味にマルコ君に絡むなよ。
今本人が言った通りだ。盲信と言うべきだろうな、まあ、わたしも母さまを盲信しているから人の事は言えないな」
(ああ……分かりやすい、私あんな感じだったんだ)
「まあ、誘拐未遂事件を切っ掛けに、毋様も小姐の反魂を受け入れた様子だけどね」
マルコ君はギョッとした顔になった、続きを知りたがってはいたが、流石にわたしが限界だ。“続きは明日”と言うが早いか、即寝した。
卯の初刻(午前五時)だ。もう何年もこの時間に起きるので、体が覚えてしまった。
極拳士に寝起きの悪い者は居ない。兎歩の上位武技である経歩を踏む極拳士は、内絡が整っているからだ。
ただ、睡眠はとても深い。少なくとも、わたしは前後不覚に寝てしまう。
そう、前後不覚にだ。
(おい、狐。なんでわたしがマルコ君と寝ているんだよ)
(やあ、おはよう大姐。昨晩はお楽しみで……)
朝から巫山戯るな!まさかお前マルコ君に………
(そんなに怒らなくたって。いやね、マル吾子が寒そうだったから、添い寝をしてやった)
………本当だろうな?
(これは兎歩経絡の弊害かな?大姐はあまり暑さ寒さを感じないでしょ、疲労と同じく)
つまり、今は寒いのか?盛夏は過ぎたけど秋には早いぞ。
(船上を忘れているよ、水の上は冷えるよ。日中とは違うから気を付けるが良いね)
そうか、すまん。マルコ君は奴隷としてあちこちに変態に売られた。それを聞いていたから、つい頭に血が登った。
(私がいじけていた時にした会話だね。まあ、可愛い弟子だし嫌われる事はしないよ)
香湊の胡服屋で買った外套を、更に掛けてやった。
成る程、言われてみれば肌寒い気がする。
船上なので経歩を踏むと、どうなるかは解らないので、わたしは強兎歩寄りの兎歩経絡を踏みながら部屋を出た。
周乾物店で購入したスルメを噛りたくなったのだ。スルメはけっこう匂いが強い、マルコ君をこんな事で起こすのも可哀想だ。
建家の階上で経歩、練歩を踏んでも、ちゃんと返しは有る。ただ、床を踏み抜かない様に加減は必要だが。
階上なのだから、下は中空で返しなど無さそうに思うだろうが、地祇は地表ならば経を返す。
以前、母さまと興味に駆られて佛寺院の五重托搭で試した事が有る。
結果は地面上と代わらない。発経には大音が伴うので、てっきり音の様に下の階層で途切れるものかと思いきや違った。
黄姐も巻き込んで、色々と試してみた。橋の上だの、砂場だの、沼地だの、池だの。
結果は同じだ。やはり返しは有る。
ただ、海はまだ試した事が無い。
誘惑に駆られるが、海上で万一船を壊してしまったらと思うと、流石に出来る事では無い。
如娥娘々様の前例がある、虹、雹、地震の様な事ならまだしも、船底を割る様な事になったら困る




