わたしが雑だと!すまん、自覚はしている
帰宅の報は、小門守衛から第一家宰の霍に知らされる。
今日は当主である京馨と、その夫である毋可丘が在宅しており、小馨と昼食を採る事になっている。
三品官位の公人と大手事業家だ。連絡事項、決裁事項などで、特に緊急性の低いものは第一家宰が判断し、一家団欒を妨げ無い配慮が必要とされる。
奥向きの内容だが、第一家宰ともなるとそこまで信頼が厚いのだ。
報を受けた霍が、小馨一向を出迎えに出る。
「お帰りなさいませ小馨様。学問所への往来にも慣れたご様子で何よりです」
「只今霍家宰。兎歩のお陰か、疲れが少ないからね、初めはかえって疲れたけど。本当に凄いね」
「それは何よりです。私は拳士では無いのですが、たまに兎歩を踏むのです。健康に良いのですよ。小馨様、旦那様と夫公がお待ちです、お召し替えを願います」
簡易挨拶を交わして自室に戻る。
結局わたしの部屋は移動した。可小姐の部屋がわたしの部屋となった。
勿論、黄姐にも部屋を移動してもらった。
わたしが我を通した形となったのだが、元々黄姐は可小姐の専属であり、体の弱かった可小姐の看護、介護の為に、隣室が侍女、侍医の控え室となっていた。
その部屋を黄姐の部屋としてもらったのだ。
複数の人間が詰められる様にと、部屋の間取りは以前の部屋より広く、黄姐自身は却って喜んでいた。
黄姐に手伝ってもらい室内着に着替える、初夏と言うには、僅に早い。この頃は暑さ寒さが極端だ。
今日は、天気が良いので温かい陽気だ。
わたしの着替えが終わると、別の侍女に誘導されて食堂に通される。この間に黄姐も着替えるのだ。
この所、母さまは登殿したり、練兵場に指南に出掛けたりと、予定が合わなかった。
本当は、今日も午後の部の稽古を総監する事になっていたのだけど、母さまがゴネて王師範に振ったのだ、王師範とは王第三家宰、王慶の事だ。
家宰であり、師範でもある。
つい最近までは師範位では無かった。高弟の一人であった。
母さまは、考えが有るのか師範に筆頭席を置かない、なので序列は表向きは無い。
ただ、実績、人望、信頼から王慶が筆頭師範と周囲から認知されていた。
「只今戻りました、母さま、毋さま」
略式礼で二人に挨拶だ。
「うん、お帰り。小馨、毋さまでは水臭い、父さまで良いではないか」
流石に遠慮がある。それにわたしは父と云う存在に縁が無かったので、実感がわかない。
それに、
(大姐、替わって)
「只今戻りました、母上、父上。本日父上が視察から戻られるとは聞いましたが、日が高い内に戻られるとは思ってませんでした、お帰りなさいませ」
略式ではなく、正式挨拶礼をする。
「只今、可馨、小馨も。……なんとも妙な感じだ。可馨だということは分かるけれど、小馨の雰囲気がガラリと替わるからなぁ……反魂法か」
「はい、お陰で逆縁の不孝も、僅かながらお詫びできました」
「……うん、うん。小馨には感謝しかない」
「可丘殿、それはもう良い。何度目だ、それに小馨は可馨のオマケでは無い、俺達の可愛い娘だ」
母さまはわたしに激甘だ、可小姐に焼きもちを焼かれた事もある。
わたしも母さまには心が開く、だけど、毋さまにはどうしても警戒してしまう。
毋さまが悪人では無い事は承知している、理性的な人であるとも知っている。優しい人柄で、可小姐を心から愛している事も知っている。
けれど、いや、だから尚更警戒してしまう。
「何故なのですか?話の感じでは可狐師匠も慕っている様子ですが?」
マルコ君の翠眼がわたしを見つめる。この目には弱い、はて?何故に?
いつからわたしは、人の目の色をこそばゆく感じる様になった?
(?けっこう大姐は人の顔色見るよ、性格が雑だから、荒事には武力解決が多いけど、年少組なんかを指導してた時とか……そうね、今のマル吾子みたいにマメに面倒見てたよ。……眼福だったなぁ)
これだよ。それから雑って。まあ、良いか。
ここは周海運公司の海運輸送船の客室だ、殺風景な部屋だが、嵌め殺しガラス小窓が付いている上部屋だ。
海路、広州は香湊から沙海までの船旅で、夕食を済まし、暇をもて余したわたし達は、連れのマルコ君にせがまれて昔話をしていた。
思っていたより話し込んでいた様だ。わたし達は客なので、翌朝から船上作業云々という訳では無いから、構わないと言えば構わないのだが。
正直、わたしは眠い。体力的に疲労したのでは無く、今日は密度が濃い一日だったのだ。
(広場で乱闘して、如娥娘々様が降臨して、地脈通して、従兄を引き取って乗船の雑役やらして、一刻以上お喋りだからね。寝な)
……小姐が悪さするから、寝るに寝れないんだよ、まるっきりこの間と同じ情況じゃんか。
(嫌ぁだ、済んだ事を何時までも。マル吾子は私の弟子になったんだから、構わないでしょうに)
「構うんだよ、戯け!」
「うわっと、驚いた。師匠関係ですか?」
「その通り。驚かせて済まない。どうせその内分かるだろうから、今の内にマルコ君に教えておくけれどね」
「はい?」
「小姐、可狐……全く馬鹿馬鹿しい号を名乗りやがって。可狐…導師……道士は変態だ。マルコ君、奴の口車に乗っては駄目だからね」
「はい??」
(そう言えば、何も大姐の口を借りなくても、白太郎経由でマル吾子と話せるじゃない)
「やめてやれ馬鹿タレ、マルコ君に嫌われるぞ」
「……師匠。だんだん可狐師匠の人柄が分かってきました」
「………まあ、気を付ける様にな。わたしも気を付けるけど、前後不覚に寝入ってしまうと、小姐……可狐道士に体を乗っ取られる。
幸い可狐道士は体術はからきしだから、何かされたら横面を張ってやれば良いよ。わたしが起きれば体の支配は戻るから」
(余計な事言うな!)
「分かりました、胡姐。……そうですか、やはり可狐師匠はそっちの趣味の人でしたか」
おやや、たしかマルコ君は8才だったな。何だか子供らしからぬ台詞だねぇ……なあ小姐!
いいじゃない、別に減るものでもないんだし、犬猫ですらじゃれ合う物なんだし、仲良き事は美しき哉ってくらいだし、だいたいこの手の趣味の人間って割かし多いし、そもそも私10才だから………
「凄いなマルコ君、小姐……可狐がいじけて静かになった、一言で変態を封じるとはね」
「いえ……私は奴隷として、あちこち売買されてこの国に来た事は知っていますね。こんな子供の体では、労働力にならない事も。
つまりは、そう言う事です。
………それよりも話の続きが気になります、何故胡姐は毋様を警戒したのですか?」
誤魔化す様にマルコ君は話を繋げた。
わたしはその誤魔化しに乗ってやる事にした。
小姐、貸しにしておくぞ。




