黄姐は腐ってなんか………なんかねぇ
「仲良き事は美しき哉。喜喜」
黄叔叔の口調が砕けた物となる、普段はこんな感じの人だ。
「時に翠朱や、話が前後するが、ここまでお前を慕う胡娘のどんな言葉に項垂れたのだ?お前らしくない様だったが?」
そうそう、わたしも不思議だった。黄姐の頭の良さを誉めたつもりだったのだけど?
「あ、いや、それは……」
「うん?胡娘は何て言ったのだ、胡娘?」
「たしか奉可様の人となりを聞いていて、大変に頭の良い人だと聞いて、黄姐も書き物をするくらいだから、みんな頭が良いなと云う話をしたら、黄姐が傷付いた感じだったかな?」
黄叔叔の右眉が少し上がる。叔叔の癖だ。琴線に触れると叔叔は右眉が上がる。幼かったわたしは、真似をしようと練習したが、どうしても左眉も連れてしまい、上手くいかなかった。
「翠朱、ひょっとして、胡娘の無垢な言葉に恥じ入ったのでは有るまいな」
ヒュッ、と息を吸い込む黄姐。先程の凛とした威儀はない。どした?
「図星か!この未熟者!出版したからにはお前は作家である、自らの作を恥じるとは何と未熟、不覚悟。お前は自分すら恥じ入る作品を世に出したのか!戯け!」
何だか雲行きが……
「その、恥じ入る訳では有りませんが……尊敬されるような内容かと言うと……」
可小姐は、腐っていると言っていたけど、どんな本を書いたんだろう。
この時はそんな呑気な事を考えた物だった。その内嫌でも読まされ……と言うか書かされたのだが。
「何を言うか、衆道物は書き手こそ少ないが、読み手は豊富な立派な読書層だ。翠朱の作は描写こそ拙い点もあるが、心理、心情の捉え方が斬新で読みごたえがある。女子ならではの感性かと、感心した物だ、何を衒うか」
やっぱり黄姐は凄いなと感心した。
わたしの眼差しが尊敬に満ちた物だと理解した黄姐は、吹っ切れたとも、迷いが無くなったとも取れる、独自の悟りの境地に達したらしい。やけくその上位互換とも言うらしいが。
「有難う父様。その通り、作者が衒いを感じて、何が作家なのか。もう迷わない、本当にありがとう父様」
「喜喜、ただあまり過激な奴は駄目だからな、お上に発禁をくらい捕まる」
「やっぱり黄姐は凄いんだねぇ」
この時、黄姐は得意気に頷き返した。
……黄叔叔も余計な事を言った物だった。後年黄姐の作を読む羽目になったのだが、どう読んでもわたしを主人公に模した作品があり、珍しく黄姐と喧嘩した物だった。
だってねぇ少年のわたしと、同じく少年の小姐とが運命的な出逢いをしてだ、すったもんだした揚げ句、吸った揉んだするんだよ。
しかもそれですら表で出版した内容の奴で、千部発行した裏の奴は、間接表現、比喩表現一切なしの色魔仕様。
わたしの摩羅は右曲がりで、常に薔薇系の香水を、一物に吹き付けてあるんだそうな。出来る少年の身嗜みだとか何とかカンとか。
黄姐もこの頃はかなり文才が上がり、小姐も調子に乗って妄想を吹き込むものだから、本当に凄いのに仕上がった。
何故黙って見ていたかって?逆だ、見たくもないから、小姐に体を貸していた間は心を閉じていた。そしたらこれだ。
好事家からの好評が、更なる評判を呼び、またこの手の冊子は、千部しか出版しない事もあり、原本は金百両で取引されたとか何とか。
作品は模写されて、広く流通してしまい、お上の知る所となり、敢えなく発禁指定されてしまう。
それも、この日の黄叔叔の説教から全て始まったのだから、解らない物だ。
……戯け!
(何だか、胡娘の方は楽しそうね)
私は黒三に付ききりだ。いや、私本体は胡娘に居候をしているのだから、ずっと一緒なのだけど、耳目思考は勝手ばかりする黒三に同調添付しているから、黒三まかせの郊外に意識が飛んでいる。
黒士は学問所に置いてきている。士は従順だ、周囲警戒を命じると素直に従う。ただ、幼くそれ以上の事は出来ない。だから居るだけで、護衛にはならない。
まあ、何か有れば私に通じるし、李昆が居るから心配は無い。
それより黒三だ。そこらに浮遊している黒靈とも呼べない雑霊を喰らっている。
ただ、この数日同調して分かったが、別に喰らった分成長している訳では無い。喰った分とほぼ同量が散っている感じだ。
黒三は、常に餓えている。態々喰らうという形を取るのも、捕食の名残で、本能の残滓だろうか。黒太郎、次郎は吸収同化していく感じだから、確かに三は幼い部類なのだろう。
………何故散る?
これが解らない。捕食されても同化しないならば理解できる。黒靈では無いから相性の関係も有るだろう。
妙な線引きだけれど、死亡したときに目を閉じる生き物は、黒靈足りうる。
だから、魚や昆虫などの霊はたまにしか三は喰らわない。
ここらに、ヒントが無いだろうか。
よくよく観察すれば、魚や昆虫も幽かに霊魂は有する。意外だが、植物にもだ。
幽かな霊だから幽霊なのだが、植物のこれは精霊とでも言うべきだろう。三は、見向きもしない。
幽霊も、昆虫のはあまり喰らわない。もっぱら魚以上の幽霊、霊、黒靈だ。
(あ!)
油断した、黒三が人を噛んだ。噛まれた農夫は噛まれた事に気がつかない。
何かを噛み千切る、ペロリと噛んだ所を舐めて三は空に舞う。
(ん?生霊を食べた?部位的には足)
農夫はそのまま歩く、歩様に違和感を感じたのか足を見て悲鳴を上げた。
“鎌鼬にやられた”
などと騒ぐ。傷口は開いているが、出血はほとんど無い。
(三が止血した?何故?)
解らない。
霊体であり黒靈が僅かに同化した私には黒靈の事は少し分かる。
三に知能は無い。本能の様な感情で行動しているだけだ。
感情の主は餓えだ、人霊が多い、人霊が自我を失って共通感情の餓えで纏まっている。
餓えから、その他雑多な動物靈を取り込み、やはり同じく餓え感情で同化している。
自我の主が居ないから、知能は無い。まだ幼い頃は有ったのだろう、三とはその幼い頃の自我の名なのだから。
現在は、その三の自我自体が三に居るのかも解らない、とっくに霧散しているのかも知れない。だとしたら、黒三は三だった物に過ぎないのかも知れない。
いずれにせよ、黒三の行動は不明……黒三が、大きくなった?
三は農夫の足の生霊を齧ると、農夫の血止めをして、再び雑霊を喰らっていた。
(農夫の足の生霊?)
疑問を感じ、農夫に注目する。黒三越しだが、言葉もきこえた。農夫は傷口の手当てをしていた。
“畜生、今年に入って二度目の鎌鼬だ、ついてない”
農夫は、鎌鼬と結論付けていた。まあ、知らない間に裂傷を負い、流血が少なく痛みが無いならば、民間伝承では鎌鼬が当てはまるだろう。
私も初めて目撃したが、黒靈が犯人だとは思わなかった。それより、“今年に入って二度目”と。
なにやら、解りかけてきた気がする。




