計算問題は面倒で嫌だ。
「叔叔、西域とはどんな所なの?わたしみたいな髪色をした人が多いの?」
黄文書は巌の様にゴツい。筋肉が張っているのでは無くて、骨太だ。美形な黄姐と違い、伝え聞いた猿人を思わせた。
「西域と一口に言っても広大だからなぁ、胡娘が思っているより広い。中原が幾つも収まってしまう程だから、多くの国に別れている、それぞれに人種が違うから質問には答えきれない」
「叔叔、人種ってなに?人にも種類が有るって事?」
洛都は国際都市だから胡人は見掛ける。西域の人間だけでなく、東海人も見掛ける。大昔にこの国へ学びに来ていた蛮人の末だそうだ。東夷とも呼ぶ。
「そうだ、骨格、体格なんかも違う、顔つき、肌色や質、目色や体毛、胡娘は赤毛だが、橙色や金や銀もいる、共通してるのは人間だというだけだな、真っ黒い人間もいる」
当時は、大袈裟な与太だと思っていた。わたしが会話好きと知り、興味を引くために冗談を交えていたと思っていたが、黄叔叔は知識の披露には真摯だ。事実と知った時は驚いたものだ。
「真っ黒い人間が他にも居るの?」
以前母さまが退治した、化物(使役黒靈は人形をしていた)の事を指したのだが、黄叔叔は所謂“乱神怪力を語らず”の人なので、黒人種をわたしが見た物と解釈した様だ。
「ほお、胡娘は見たことが有るか、ならば話が早い、真っ黒い人種にも色々といてだな、肌色が漆黒の人種もいれば、一見漁師の日焼け程度の肌色の人種もいる」
「?叔叔、漁師の日焼け程度の肌色なら、何で人種別が分かるの、中原人だってよく焼けた人は居るし、他に違いが有るの?」
黒靈の事を言っている訳では無いと理解はした。ただ、面白そうな話だったので興味が湧いた。
「だから、人種さ。骨格や体つきが違う。肌色を抜きにしても、人種特有の特徴がある。奴等は筋肉質で呼吸器官が発達している、中原人とは明らかに別だ」
「つまり、顔つき体つきが同じで、肌色に違いが有るって事?なら何で黒いの?白い肌色の黒人種もいるのかな?」
「胡娘は頭が良い、人種別に理解出来るか。白い肌の黒人種、矛盾しているようで矛盾していない、結論から言えば居る」
「黒人種の白子?」
当時は白子とは単純に病気で白い人だと理解していた。
病気ならば、人種に関係なく発病する筈だ、ならば黒人種の白子がいてもおかしくないと考えたのだ。
「おお、白子を知っているのか。うん?翠朱が何か余計な事を言ったのか」
黄叔叔と母さまの付き合いは古い、小姐、この頃は本名の可馨から可小姐と呼んでいたが、可小姐が白子で夭逝した事を叔叔は知っている。
だから可小姐の専属侍女をしていた黄姐が、わたしに入れ知恵したと思ったのだろう。
「いや、叔叔、余計な事は無いよ、可馨様の事は知っている、白子だった事も。この服も帽子も可馨様のお下がり。まるで可馨様が居るみたいだと言われている事も知っているよ」
まあ、当の本人がわたしに居候している訳だが、流石に黄姐も親にも黙秘している。
この頃の小姐は、使い魔の制御に苦労していた。瓶の中にいた頃は黒靈に包まれついたので、黒太郎、黒次郎、黒三は簡単に使役出来たそうだが、わたしに引っ越した際、包んでいた黒靈は霧散した。
ので、自身に混じった黒靈のみが使役媒体となったそうだ。
比較的幼い黒士はまだしも、黒三は高位体だ。しかも目を離すと勝手をする。
付ききりだった。
「小馨様、そろそろ続きを始めましょうか」
黄姐に促される、休憩は終わりだ。
初期学問は読み書き算盤と言うが、わたしはまだ算盤は使えず、二桁の筆算をしていた。
読み書きの方は、教材が足りなくなるほどのめり込んだが、数字の方は駄目だ。面倒臭い。
「うん、翠朱頼む。儂は下の子達を観てくる」
流石に学舎は身分で別れている。読み書き算盤と先程言っていたが、商家からも生徒が通っていた。と言うより生徒は商家からしかいない。
工、匠家では、あまり学門は重く見られない。
いや、設計を手掛ける程の大家なら話は別だろうが、黄家には伝がない。
代わりに出版関係の伝から始まり、多種業商家から生徒が集まった。これは遨家に無関係では無い。
元服前の可馨の兄、奉可が一時通っていた事にも関係がある。
官位三品位の遨家の嫡子だ、伝を求めて大店、小店の商家が接近を図り、黄学習学問所は繁盛した。
元服後の奉可は強力な軍部の推挙もあり、近衛隊に入隊したが、本人の志望は軍務省参謀方だ。
出版の老舗で、学者家系の黄家には戦史書、戦記書、戦術書、兵法書、変った所で兵器書、兵事畜書、(分かり易い例として、伝書鳩、伝書犬、戦闘犬などの用法書)などが蔵書されており、黄より聞き付けた奉可が蔵書目当てに入学したのだ。
遨家は士大夫階級では無い。平民階級である。
凡そ百家の士族、大夫は国家創業以来の功臣の家系で、これは血統だ。
遨家はその武技の伝承から俸禄を頂いた新家で、創業百家ではない。
他家であれば、士大夫階級と縁を結び、その階級に納まる事も可能だが、武家武門の遨家ではそうも行かない。
力量無い当主では、一門は簡単に廃れる。故に血統では無く力量有る者が当主に迎えられ、結果的に平民階級だ。
ただこれは暗黙の了解で、周囲の近しい士大夫は敢えて遨家と縁を結ばない。軍部に顔が利く官位三品の遨家が、士大夫階級に昇階すると、影響力が大きく成りすぎる。
だから、大事が発生した場合、破滅の元と理解しているからだ。
話が反れてしまったが、此度も遨家から入学が有ると、元々の出版関係の商家子弟から噂が拡がり、大店、小店の商家から入学が殺到していたのだ。
遨奉可の前例が有るので、信憑性の高い情報として界隈に流れた。
本来なら、皇帝に目通り叶う三品官位の子弟子女は、通いで学門所に足を運ばない。
余計な騒動の元になるからだ。
これは王家宰の提案で、まだ幼い小馨に、身分差を肌で覚えてもらう事が目的だった。
浮浪孤児であった小馨は、身分的には社会の最底辺だった。
言動を勘考するに、遨家に養子として迎えられた事に感謝はしている様ではあるが、遨家の養子として生きて行く事の理解が乏しいとの判断だ。
小馨の感覚、自覚は、社会最底辺のままだと結論づけ、そこから矯正が必要だと、当主である京馨に進言したのが発端だった。
幸い、黄に懐き、学門に興味を持ち始め、黄の実家の学門所に感心を持ったので、感性矯正の意味から通って貰う事となったのだ。
黄文書の人となりは、王慶としても理解していた。小馨にはうってつけの人材であった。
小馨入学の噂は、出版関係だけから流れた情報ではなく、王家宰の手からも意図的に流された噂だった。
奉可の前例から、人が集まる事は分かっていたからだ。




