まあ、これも浮世の義理だ。頑張れ!
わたし達も入室した。善順は亮順様を見て狼狽した。
「ち、父上、何故この様な場に、高師範も?兄上が、私の身柄引き取りに見えられたのでは?」
「身柄は引き取ろう。貴様には病死して貰わなければならなくなった。ここでは迷惑がかかる」
いきなりだな、まあ、仕方ない。
南遨家の体面を保つ為に、善順には責任を取ってもらわないとならない。
本家の人間を、公式侮告した形になったのだ。
だから、南遨家で内々に処理してもらいたかったのだ。
別にわたしは血に飢えている訳ではないので。
「な、何をち、父……」
「黙れ!愚か者!高から聞いたが、貴様は胡老師に言いがかりを付けて挑んだ挙げ句、逆しまに恨み、侮告した。
更にならず者を胡老師にけしかけるなど、言語道断!
貴様の戸籍は先程抹消した、後は病死届けを出すだけだ」
さっき用人に言いつけてて、下人が走ったなと思ったら、そんな事を。
つまり、今ここにいるのは、無宿人の南遨善順。いや、戸籍抹消だから姓が消えて、ただの自称善順か。
病死と云う事は、服毒か。
まあ、如娥様曰く、死は蛇の脱皮みたいな物で大した事は無いそうだから、来世で気張れ。
「な!何故です!私は騒動を未然に防いだのに、何故毒を飼われなければならない!
むっ!後ろの女!貴様小馨か!貴様が仕組んだな!おのれ!」
見つかっちゃった。やはり、無帽だと分かるよね。
善順が飛びかかってきたが、わたしは一番後ろだし、前列は名うての猛者達だ。
(周兄は微妙)
あっさり高師範に制圧された。
「つくづく情けない。老師から預りながら、この有り様。よりによって、父君、師父、師兄、師匠の前で、大恩人に暴言狼藉とは。
老師、私にも処罰を」
「それには及ばない、高、そこな愚か者は戸籍のみならず、出生記録さり抹消する無縁処分とすることにした。
だから、初めから存在しないのだ、誰に罰が必用か」
無縁処分して、存在そのものを無かった事にされるのか、無宿人の病死のがマシだったな。
勝手に野たれ死ねだから。
いや、多分外聞のため、刺客か仕置人が送られて無縁塚行きだ。
高師範と善順では、秤にかけるまでも無いと云う訳か。そうなると引き抜きは……
(まだ狙ってたのね、いい加減諦めな)
「父上!誤解です!皆して騙されている、その小娘は人殺しだ!我家に凶をもたらす災厄だ!私はそれを防いだだけだ!」
「貴様!まだ言うか、この……」
「それが何だと言うのだ。百歩千歩譲ったとして、胡老師が、その商人を害したから、だから何だと言うのだ」
「な、父上?」
「胡老師は、未熟な儂の蒙を啓き、尚且つ南遨極拳の将来を示して下さり、秘奥の数々を伝授して下さった。
貴様も武人の端くれなら、それがどれ程の厚情、大恩か分かるであろう」
「な!……」
「更に、つい先程、胡老師はその身に大神を降ろされた。
我々はその神威に打たれ、自然と跪いた。
貴様が侮告した相手は、神聖なる巫女にして、御使いに在られる。
貴様は畏れを知らぬのか、神威を蔑ろにするか」
「………」
「第一に、貴様は身内を売ったのだ。それも一家一門の大恩人をだ。
南遨家当主として看過できん。せめて病死と情を掛ければ逆上だと、貴様、恥を知れ!」
「……分かりました。巫女の辺りは理解の外ですが、父上がそこまで言うのなら、南遨家は大恩を受けたのでしょう。私は処罰を受け入れます」
「うむ。潔さは認める、短慮が過ぎたな善順。それに免じて、無縁追放のみで、仕置人は勘弁してやろう。以降南遨を名乗るなよ」
「……御厚情、感謝します、南遨様」
善順は決別宣言をして、項垂れた。
わたしは、別に善人では無い。かといって極悪人でもない。
だから、別段善順の仕置きに賛同も否定もしない。
ただ、わたしは叔叔の頼みを思い出していた。
思い付きだが、悪い考えでも無かろう。
善順は単純で馬鹿だが、見所はある。まあ、良いだろう、見栄も悪くないし。
「亮順様、お願いが有ります。善順の身柄をわたしに預けて下さい」
「胡老師。構いませんとも、胡老師が迷惑を被ったのです、自身の手で処分される事は、当然配慮すべきでした」
いや、だから、血に飢えている訳では。
「そうでは有りません、善順は短絡的な人柄ですが、見所が有る。
本家で預かって貰います、わたしが頼めば、遨老師も許可くださるでしょう」
これは本当だ。わたしの浸透経打を、不完全ながら気合で弾いて、内絡の乱れを誤魔化したのだ。
単純さ故の強みか、善順は気脈が強い。
誰にでも出来る事では無い。
何より驚いた事に、善順には思考誘導の黒靈は憑いていない。いや、憑いていたのを自力で落としていたようだ。
(痕跡はあるのよ、でも憑いていない。無意識かどうかは知らないけど、自身の気脈、気力で祓ったみたい)
三や士に喰われた、何だか兄弟には憑いていた。
(李。忘れる方が難しい姓)
わたしがノンビリ構えている間に、敵はいろいろ工作していた様だ。
まあ、何れにしろ海路になる。善順には船上詰問しよう、何か分かるだろう。
「胡老師……この愚か者を許して下さるのか。これ程、胡老師に敵対した愚か者を」
やはり亮順様は情が深く、善順の仕置を心の奥では軽減したいと思っていたのだろう。
厳罰の様で、命は助かる様に誘導していた手腕は見事だった。
それを追求するのは、野暮だ。
わたしは南遨老師を気に入っている、悲しませるのは本意ではない。
「わたしの胸内に納めます。ただ、南遨老師。善順の無縁処分はそのままで、高師範が自責に駆られてしまうので」
「感謝します。胡老師」
亮順様は差手礼で頭を下げた。一同もそれに倣う、わたしも差手で応礼した。
「さて、善順。本来であれば、わたし自身が手を下す所だが、お前は亮順様の末子で、わたしの従兄だ。
いや、従兄はどうでも良い。亮順様の御血筋に免じて不問とするのだ。亮順様への感謝を決して忘れるな」
「………はい、決して父上への感謝は忘れません」
「うん。時に善順、お前は幾つになるのだ?」
これは大事な事だ。
「はい?いえ十八になりました。それが何か?」
となると九つ差か。まあいいか、母さまは一回り違うし。
「まあ、道中説明してやる。周兄、人員が増えたが、今からでも手配は間に合うかな?」
「胡老師、本気か?いや、マルコ君と同じ扱いで良いなら大丈夫だが」
「済まないが頼む」
何とかなりそうで良し。周大人からの餞別は、そのまま善順の船賃になるが、まあ良かろう。
とにかく善順は、洛都に連れ帰らなければならない。
それで、頑張って黄姐を口説いて貰おう。
黄姐はわたしより十歳上だから、本気で不味い。適齢期などとっくに過ぎている。
(黄は頑固だよ、多分無理じゃない)
分かっている。でも黄叔叔から、ずっと頼まれていたしね。
まあ、
これも、浮世の義理だ。




