極拳は女人拳なのです、三練経に至れば女なら分かる
「お初にお目に掛けます。遨京馨の娘となりました胡小馨と申します。
南遨舅々におかれまして、ご挨拶が遅れました事、深くお詫びいたします」
そう言うと、わたしは差手で深く頭を下げた。
法的に南遨老師と老師は兄妹だ、だから舅々で良い筈だが、何せわたしは養子だ。厳密には分からない。
南遨亮順様は立ち上がり、差手で応礼をした。
「丁寧な挨拶、確かに受けた。
儂は南遨亮順、最近では水心と号しておる。
何、ここ数年親交も無かったのだ、気にはしておらぬよ」
ならば良し。そもそも親交の有る無しに、わたしは関与していないのだから、苦情は受け付けられない。
次いで亮順様改め水心様が、次席に座していた人物の紹介をした。
その人物はその場に立ち上がり、差手をする。
「儂の倅の豪順だ、当極武館で筆頭師範に就いている」
わたしが“極武館”と云う武館名に反応すると、水心様が苦笑いして言う。
「儂にとって、武館とは極武館だから、本家の館名をそのまま戴いた。額は父上に書いて頂いた。三十年近く昔の話だ」
「父上、先ずは挨拶をさせて下さい。
紹介にあった、豪順だ。
高が世話になったな」
いきなり来たな。だが、特に怒気を感じられない、黒士も特に警戒はしていない。
「高師範に勉強させていただきました、素晴らしい指導者だと思います」
これは本心だ。師範が下を引率牽引できなければ、武館など経営できない。
洛都の極武館は、何も門下の月謝で経営している訳ではない。
禄もそうだが、上に伝がある。
人脈を活かして蓄財を成しているのだ、
老師の夫である毋様が(流石に父上とは遠慮があり呼べない)蓄財の才能が有る様だ。
投資や共同事業の出資を、伝を使い商家や士大夫貴族に持ち掛け、かなりの資産を産み出したと聞いた。
話が逸れた。
侍女が茶を淹れる、招待主である水心様が先に口にした。
これは毒味の意味がある礼法だ。
わたしは茶を口にすることで、毒味の返礼をする。
「京馨はどうしている、あれの事だ、息災であるとは思うが」
意外だ、母さまの話題が上がるとは思わなかった。
水心様が苦笑いした、またしても顔に出たのだろう、未熟。
「どうも世間や門弟達が勘違いをしているせいで、誤解があるな」
「と、仰いますと?」
「この武館を建てるに、大半の資金援助をしてくれたのが京馨だ、経営が軌道に乗るまで、かなり助力してもらっていた。
……京馨は負い目に感じ過ぎだ」
「老太爺、知順様が援助を、ではないのですか?」
「父上が、家督を京馨に譲ったあとの話だからな。あれの事だから、人に吹聴する事も無かったのだな、まったく」
想像していた事とは、全く違う展開だ。
感触からして、相続以前から仲は悪く無さそうだ。聞いてみよう。
「水心様、いえ、南遨老師。
老師は遨老師と兄弟弟子であると聞き及んでおります。
会話の内容から仲は良好であったようですが、如何ですか?」
少し突っ込みすぎか?水心様は驚いたようだ。
「小馨といったか、驚いた。まるで京馨のようだったぞ、あれもズケズケと物を言った。
女傑であったぞ、練経比べで良く痛い目に合わされた」
水心さまは、思い出話で昔を懐かしんでいる様だ。
豪順様が口を挟んできた。
「小馨殿、その練経比べなのだが、高に何をしたのだ?
高からは、三練経での練経比べだと聞いたが、半日も体が麻痺するなど、聞いた事も無い」
ほう、半日か。大した物だ
(大姐や黄は、一日動けなかったからね)
「流石の回復力です、わたしでは一日は動けませんから。やはり男性は抵抗力が強い」
これには、水心様が口を挟んだ。
「いや、儂が弱く経絡を流してやって、高の内絡を整えた。京馨との練経比べで覚えた事だ。
…京馨め、己には必要無かったからと失念していたな」
それは良い事を聞いた、覚えておこう。
二重の意味で。
ついでに違和感の質問だ。
「水心様、豪順様、些細な疑問なのですが、練経比べとは、三練比べでは無いのですか?
豪順様の話だと、練経比べの中に三練経での比較が有る様ですが?」
これには、水心様が答えてくれた。
「京馨のやつだな、無茶をする。
小馨、儂が父上から伝承した鍛練に、三練比べなる鍛練は無い、京馨が考えたのだろう。
本家では上位門弟は全員するのか?」
そう言えば、わたしと黄姐と母さまだけだった様な。
「その顔では、京馨と小馨だけの様だな」
図星だ、黄姐も追加しておこう。
「あと、筆頭師範の黄を含め三人です」
水心様の顔色が変わる。
「その黄師範も女性だね」
断言だった。……もしや水心様もご存知か
「南遨老師もご存知でしたか、その通りです。極拳は、女人拳です。男では及びません」
「なに!?」
豪順様だ、南遨老師は静かに頷いただけだ。
「小馨殿、流石に今の言葉は聞き捨てならない、訂正するなら水に流すが」
水心様が止めた。
「豪順、本当の事だ。他武術ならいざ知らず、極拳、いや、発経、発経絡を用いる術に男は及ばない」
「なっ何を父上!そんな筈は無い!いや、父上の気持ちは分かる。
遨老師は、近代稀な天才女拳士だ。それは私とて認める」
「だから、兄弟弟子である父上が、その才能を大いに認める事も理解できる。
しかし、それは遨老師個人が優れているのであって、性差ではない、あってたまるか!」
「豪順様、遨家極拳はどなたから始まったのかは、ご存知でしょう?」
「知らぬ筈は無かろう、蓮明様だ、まさか蓮明様が女性だから極拳は女人拳と言うのでは無かろうな」
「違います。道法の巫祝、踊女と呼ばれる女達です。
いや、三練経に達した女なら分かる」
「何がだ!」
「更にその祖となる聖王兎です。
兎は間違い無く女だった」
豪順は絶句した。
アルファポリス様でも投稿始めました。




