簪は使い様なんだよ、何だよカラスとは
夜が明けた。今日は南遨家当主、亮順様に招待されている。
無事に済めば明後日は周家の輸送船で、沙海まで船旅だ。
実は船旅は初めてで、少しワクワクとしている。
(……大姐、貴女は本当に大物ね。南遨家の出方次第では、今日が私達の命日になるかも知れないのに)
「それは無いから、小姐。
拳士としてなら、わたし以上の達人など、いくらでも居るだろう。
けど、わたしには小姐と黒靈達が憑いている。そんな私達に勝る相手は、多分いない」
(そりゃそうだけど……でも、大姐が私を買っている事は嬉しいね♪)
思えば奇妙な関係だが、文字通り一心同体だ。
歳上の妹で左道術士だ、あの日小姐を受け入れた幸運を……いや幸運ばかりではない、相応の悪運も持ち込んで来ている。
そもそも小姐がやらかした事は、わたしがやらかした事になる。
あんな破廉恥な本を、何故わたしが編集して黄姐の実家で出版などを……
(良いじゃない♪稼げたし♪仕事と割り切れば。お陰で自活出来てるし)
(自活する原因も、小姐だけどな)
(何時までもうるさいよ、まあ、大姐の考えも賛同したし、お互い様よ)
あの件は、最悪の場合、国を割るかも知れない事件だった。
わたしが我を通して遨家を出たのも、わたしに接触してくる、士大夫のあぶり出しの意味もある。
あるが、堪えた。……本当に。
居場所と云うものは、本当に得難いものだ。
周とやらには、ざっとあらましを説明した。遨家の内情の、あまり外聞の良くない所は省略した。
高師範を呼び出した事が、事の一端になっている訳でも有り、恐縮していたが、これも成行だ。特に含みは無い。
ただマルコ君の事は、請け負って貰った。
やはり船旅だと、生活費分が足りなかった。そこで、銀百両分を周物品卸に投資して、増やす事にしてはどうか、と提案された。
面白い話なので、提案を受ける事にした。
更に、わたしが南遨家から無事に戻ってきたら、金五十両を投資することにした。
内容は、どうせ分からないから一任だ。
元よりわたしの金じゃないし、楽しみだ♪
そうこうしている内に時間がきた。
招待された側なので、南遨家から輿が廻されたが、固辞し徒歩で行く事にした。
はっきり言って信頼できない。いや、黒士が興味なさげなので、担子に害意が無いのは分かる。
だが道中は分からない。担子ごと弓で外部から、と云う事も有る。
昔そんな活劇小冊子を読んだ覚えがある。
(出典が雑誌なの?)
(そうなの♪)
わたしの衣装だが、流石に汚れた旅装と云う訳にも行かず、
暗器を仕込める内衫こそそのままだが、上衣は失礼にならない程度には質の良い生地の服を纏った。
ただ、装飾的ではあるが、手甲、脚絆をし、動きを阻害しないよう心掛けた。
これらの装備も実は周家で調った。本当に手広く商いをしている。
出費は最小で済んだ。
唯一の女らしい装飾は、この間購入した銀の簪だ。日の光りがよく反射するように、丁寧に磨かれている。
(大姐が光り物を好むのは意外!カラスみたい)
(一言余計だよ。念のため、黒三仕込んでおいて)
纏うと髪の毛と肌色が変わって見えるので、影に忍ばせた。
黒靈にも、得手不得手、個性が有り、
三は何とも雑な感じだ。一番凶暴であり。勝手をする事も有る。猫科の肉食獣みたいだ。
士は番犬みたいな感じで、警戒が強い。使い勝手は一番良い。
午郎はものぐさな感じで、あまり動きたがらない、亀を思わせる。今マルコ君に憑いている。
ちなみに、全部“ガブッ”とやる。
小姐が少し同化した事もあり、使役に呪符は必要としない。
担子に酒代として銀子を弾んでやり、大通りを通るように指事して帰らせた。
わたしは裏口から出発だ。
マルコ君は心配そうだが、まあ、大丈夫だと言い聞かせ、頭を撫でてやり裏口をでる。
某と周とやらが見送りに来ていたが、裏口からの出発に見送りも何もない。
わたしは気軽に“出掛けてきます周大人”と、簡単に応えた。
南遨家の道程は某から教わっている。
道中何事も無く南遨家の正門にたどり着いた。
襲撃や、嫌がらせを警戒していたが、空振りだ。黒士も呑気な物だった。
門番に来意を告げると、輿で来るものと聞かされていたらしく、確認の為に邸内に入った。
わたしは、門内脇の来客用亭にて待機だ。
まあ、待機と云うほどの事も無く、家宰?いや、服装からして用人か?が、門番と共にやって来た。
当たり前な話で、わたしは招待客で、輿を廻した時間からして、出迎えに待機していたのだろう。
招待状を確認してもらいながら、徒歩での言い訳を適当にした。
まさか襲撃を警戒して、とは言えない。
鍛練の為だ。で通す。
武門だから、通るだろう。特にその点に触れる事もなく、招待状の確認が済む頃に、今度は家宰が出迎えにやってきた。
用人が招待状を家宰に渡した。
家宰と挨拶を交わし、わたしは南遨老師の邸宅に案内された。
黒士の感じでは、特に不審はない。
洛都の極武館程では無いが広い敷地だ。
ただ、武館の方には用が無いので道場の様子がわからない、残念だ。
邸宅に通された、老師とは趣味が違う様で、簡素な建物ではない。
わたしは、こちらの南遨家の邸宅の方が好みだ。
客間に通される。上客用の客間だ、調度品の質が違う。
上席に初老の男性が座している。
問うまでもない、南遨亮順様だ。
一歩下がった席に座すのが、位置的に南遨家惣領だろう。名は知らない。
わたしは亮順様に対して膝を着いた。




