まあ、最悪暴れて逃げればいいか
「ごく、普通の招待状だ。別に果たし状でも何でも無いな」
同門とは云え、自流派の師範と死合い、
(極拳に限らず、上位闘者が戦うのだから、死亡率が高いため、試合と死合いは同義だ)
打ち負かしたのだから、面子に懸けて再試合を臨む筈だ。
(そこは、ほら、南遨老師は母上の兄弟子だけれど、母上が本家を継いでいるし、格はこちらが上なのよ)
(そうかも知れないが、母さまは南遨老師との縁談を蹴って毋様を婿に取ったからな。
それに遨家の相続に伴って、洛都を都落ちした形になる、遺恨はあるだろうよ)
(でも、断る事は出来ないよ、武家に対する招待状じゃなくて、姪に対する招待状だから)
そこが悩ましい。老師は太老師と嫡子縁談をしたのだから、法的に実子だ。
だから、法的に南遨老師と老師は実の兄妹となる。
わたしは老師の養子だから、義理とは云え姪だ。
家長の兄からの招待を、無視出来る訳がない。
高師範の事が無かったとしても、挨拶に赴いていないのだ、今更義理が悪くてばつが悪い。
「まあ、姪としてなら、武門の仕来たりに関係無いから、死合う事も無いかな?」
(甘いよ大姐、姪と云うのは呼び出す口実で、ノコノコ出向いて袋叩きかもよ♪)
(かもよ♪じゃねぇ!まあ、それならそれで良いけど、そうなるともう広州に来れなくなるな)
(?広州に、何か他に用があったっけ?)
(マルコ君を、故郷に返す事を忘れているな?
広州から海路移動するんだろ、周家の伝で)
(……そうだね、仕方ない。マル吾子の為にも穏便に済ましましょう。でも、備えだけはしておいた方が良いかな)
方針は決まった、一族として招待されたからには、拒否出来ない。
姪として招待されて、お茶を濁そう。
何かしてきたら、暴れて逃げよう。
高師範関係でグズグズ言ってきたら、暴れて逃げよう。
何時でも暴れて逃げれるように、旅装で良いかな?暗器仕込めるし。
(楽しそうで何よりだけど、返事は良いの?明日の昼頃の午の刻でしょ)
それもそうだ。
わたしは、到着の挨拶が遅れた詫から始まり、招待に感謝する文面を、小姐に考えてもらい、便箋に清書した。
それを南遨家極拳門下である、某に届けてもらった。
某は経を繋げる歩法が楽しいらしく、鍛練ができると、喜んで頼まれてくれた。
隣室のマルコ君の元に赴いた。
発経が出来ないマルコ君は、それなりに疲労していた様で、寝台に横になっていた。
慌てて起きようとするが、止めた。
小姐がゴニョゴニョ言っている。無視。
「マルコ君、そのままで良いよ。
兎歩は慣れるまでは大変だけど、その内に内絡が整って血脈、気脈の通りが良くなる。
疲れ難く、疲労が快復しやすくなるからね」
「凄いんですね、私は健康法とは知りませんでした」
「道法では発経絡と共に踏んで、兎歩経絡と言うんだ。何でも仙人に至る為の基本修行らしいよ」
「道法ですか……」
表情が曇る、よくない兆候だ。
……だからうるさいって小姐!
「マルコ君、道法と左道は別物だよ。道法から道を外れたのが左道だ。
だから左道士、左導師は道法の道服を着ているけど、道法に関係無いから」
言いたい事は理解しているだろうが、気持ちが追い付かないだろう。
何せ、異国人のマルコ君にしてみれば、その違いは分かりにくい。
自分を害した存在の教義が、大元では善道と言われても意味不明でしかない。
そもそも善道かどうかも不明だ。強いて言えば求道だろう。
どうやら、マルコ君の故郷の宗教は、二元的な考えが基本となるみたいだ。
多元的、と言うより、混沌的な思考が根底にある道法が、理解出来なくても仕方ない。
道法では、左道、外道ですら真理に至る道の一つなのだから。
「ところで、胡嬢。私に何か用事があるのでは?」
「明日の午の刻に、南遨家に招待された。一族としてだが、相手は武門だ、どうなるか分からない」
マルコ君はキョトンとしている。
仕方ない、この国の人間でも分かりにくい事案だ。
と言うより、武林が面子面子で分かりにくいのだが。
あまり意識して使っていないが、武門と武林は似て非なるものだ。
武門はつまり官だ。武林は民だ。
官は上から邸を賜り、門内で武技を磨く。
民は人目を避けた林の中で、武技を発展させる。
違いが分かるだろうか?
国に召し抱えられた武門は、伝承した技を勝手に変更出来ない。武技の伝承伝達の為に禄を頂戴したからだ。
民間である武林は、そもそも弱ければ廃れる。だから切磋琢磨し、技を進化させる。
だから、武林は弱体化を避け、また下目に見られる事を極端に嫌う。
面子を重んじる“侠”に通じる物もあり、それも手伝い侠者が武林に参入する事になる。
武林が一般認識とは解離している由縁だ。
民間道場である南遨家極拳は、武林とすべきだろうが、
本家の遨家は禄を頂戴する武門だ。だから南遨家も武門としたが、結果二重に分かりにくい。
武林としてなら、わたしは絶体放置できない。屈服させられなければ、殺すしかない。
一方、武門としてなら、双方合意で試合をしたのだから、遺恨はあってはならない。
負けた報復などして、公になれば、最悪取り潰しだ。
そこでわたしを、一族として召喚だ。
どう転ぶか、わたしにも、恐らく南遨老師も分からないだろう。
話が逸れた。
「もしわたしが帰ってこなければ、わたしは死んだと思ってくれ。
周家には話を通すから、これを路銀にして故郷に戻ると良い」
そう言って、わたしは金八十両と銀百両をマルコ君に渡す。端銭を除けば全財産だ。
足りれば良いし、足りなければ、これを元手に稼げば良い。
マルコ君の答えは簡潔だった。
「嫌です。無事に戻って胡嬢が故郷に連れていってください」
すこし拗ねたような表情が、なんとも愛ら……
だからうるさいって、小姐!
「分かった。では戻るまで、邪魔になるから預かっていてくれ」
簡単に答えた。
なんか台無し感があるが、まあ小姐に取り憑かれているのだ、こんな物だろう。




