金二十両安いものだ。元々わたしの物でも無いしな
「どっどうしたんだ姐御、急に大声で」
そうだ、こいつがいるのだ。小姐とは、心で対話しないと、まるで危ない人だ。
それから、さっきから姐御が気に触る。
「通称の胡嬢でいいよ、据わりが悪い」
「分かった……その、胡嬢。さっきからの独り言は、やはり左道関係か?」
やはり聞かれていたか、当たり前か。普通に喋っていたからな。
小姐だから、左道関係で間違いでは無い。
「そうだ、魔物との対話だ、放置すると碌な事をしない」
(いくらなんでも酷い言い草!私がいつ碌でも無い事をした)
(直近では昨夜マルコ君。古くは発禁本の作製販売。最悪なのが公子、なあ小姐、処刑されてもおかしく無かったんだぞ)
(済んだ事よ、根に持つわね)
(当たり前だ!勘当されたんだぞ)
(旅立ちの時期だったのよ♪)
くっ、まあ良い、確かに済んだ事だ。
だがこうも悪びれないと、腹立たしくなる。
「そこだ、姐、じゃなく、胡嬢」
港に対面した大きな問屋屋敷だ。
ここは問屋街の様で、周とやらの正業は問屋業だろうか?
「周大人は商人だったのか、店構えからして繁盛しているな」
少なくとも、目につく店舗内では、一番の大店だ。
「特定の商品専門と云う訳じゃないが……」
分かっている。
真っ当な商品も扱うが、
マルコ君の件からしても、人身売買も手掛けているだろう。
別に人身売買は違法では無い。
妓楼の姐々などは、大半がそうだろうし、
多数の漕ぎ手が必要な船舶の漕手も、奴隷だ。
その他、肉体的にきつい仕事は、大体売買された人間だ。
かく言うわたしも、当初は老師に買われる話だった。
卯の正刻を告げる私的鐘が、店内からした。
店舗部分ではなく、客用門に通された。
門の所に、繋ぎに走った男が出迎えている。
背格好からして、最初に倒した男だろうが、関心はない。
まだ早い時間ではあるが、正業?は問屋業だ。
出荷は兎も角、入荷は時間が不定期だ。深夜以外大体の問屋は開いている。
店舗部分に、かなりの人が出入していた。
通された客間にも、その雑踏は僅かに聞こえた。
話に同席するのだろう、息子の某もそのまま席についた。
出された茶に口をつけず、某と雑談と云う探りあいをした。
そこで某は教えてくれた。
わたしは全の金子を全て頂戴したが、死体と荷物は放置だ。
道中手形から、全の身元は割れて、あっという間に情報は裏に流れた。
全の関係者である周家が更に探り、
そこから、安宿のわたしにたどり着くまで、一日は掛からなかった。
まあ、周家に用があったので、わざと目立ち足跡を残したのだが、こうなってはあてが外れた感はある。
無謀と思われるかも知れないが、わたしには小姐と黒靈達が憑いているのだ、
滅多に遅れは取らない。
……昨夜はしくじったが。
恰幅の良い男が入室してきた。
わたしは立ち上がり差手の礼をとる。
男がそれに応じる。
「初めて御尊顔を拝します。わたしは開業府洛都産、胡小馨と申します。周大人でありましょうか」
「丁寧なご挨拶痛み入る。当商館主、周厳です。商取引に、お出でになったと伺いました」
互いに礼を解くと、着席した。
「わたしは、商取引に従事している訳では無いので、物言いが短刀直入になってしまう無礼を、許して頂きたい」
「いえ、構いませんよ。見たところ倅と同年輩の様だが、礼を心得てらっしゃる」
どうとでも取れる物言いだ。
「さて、死亡した全、彼はわたしの依頼人でして、わたしは彼とその連れの護衛として、この地に来ました」
「はて?それでは、その連れの胡人の少年に、特に所有権が有るわけでは無いのだね」
「そうですね、しかしそれは周大人も同じ筈。手付金を、全の依頼人に支払ったとの事ですが、正式な売買契約を締結した訳では無いでしょう?」
「如何にも。しかし手付を支払った段階で、商通称的に仮契約は成立している。
少年は当方が引き取る事が筋ですが」
「そこです、周大人。実は周大人も、わたしも、全…いや全の依頼人に騙されていたのですよ」
「どういう事です?仲介の全の話では、その売主は、洛都で永らく人身売買の事業を営む老舗と聞きました。
全ともこれが初めての取り引きではない」
「丁度、条件が合致したのでしょう。
その老舗の売主は知人ですが、狂人です。
狂人の左道導師ですよ。
ついでに言えば、全もその狂人導師の配下で、左道士です」
「何ですと!誠の話ですか!道士ではなくて導師ですか?本当ならばこれは不味い」
この国は歴史的に、巫蠱(呪殺呪術)事件と言われる、その時々の皇族すら巻き込んだ、大逆事件が何度も起きている。
まだ、清那の時代から幾度もだ。
巫蠱に関係した者は、一族ごと処刑され、恨みからそれが連鎖した。
縁者の報復から、次の巫蠱を産むのだ。巫蠱がらみは極刑で言い訳は通用しない。
何せ、皇族すら極刑の対象になるのだ。
恨みが連鎖し巫蠱が巫蠱を産み、処刑が処刑を呼び、国は荒れた。
国は巫蠱を禁じ、その担い手である左道導師は、多くを処刑した。
ここ広州は、歴史的に政治的事変から逃れてきた人々が多く、巫蠱に限らず反政府的な事案には敏感だ。
左道や、ましてや導師など、関わり合いになりたい訳が無かった。
「……大変有益な話ですが、証拠がない。
胡殿の話が本当ならば、これで手切れで丁度良いのだが、胡殿の話を鵜呑みにするには、信頼が無い」
「この際、わたしの信頼はあまり関係ありません。わたしが大人の支払われた手付金を、返還するのですから」
「?何故ですか、当方にとっては損の無い話で有り難いが、胡殿にとってはまるで益が無いではないか」
「一言で言うなら、“義”ですね。少年が余りにも哀れだ。
また、左道導師とも因縁がある」
「“義”ですか……分かりました、それで手打ちにしましょう。
手付金の金二十両、失礼ですが胡殿に払えますかな。分割でも構いませんよ」
「大丈夫ですよ。では胡人の少年に対する権利の喪失を、書面にて願います」
「分かりました。誰か、文房用具と印鑑をここに」
道具は周某が用意した。
わたしは、暗器と共に小分けして懐にしまってある金子を取り出す。
(全の奴が、金百両持っていて良かったね)
(実は余り良くない、小分けしているが、邪魔だし重い)
余談だが、両は単純な通貨単位ではなく、重量単位であり通貨単位だ。
百枚もの金は、単純にかさばるのだ。




