船旅も飽きた、陸路も良いかも知れないな
「成る程、胡様、これは殿下のお人柄を知る良いお話を聞かせていただきました。殿下は親佛派で在られるのですね」
「うん?そんなに大した話なのか」
「はい、執政長が親佛派ならば、寺社優遇が考えられます。
ならば寺社主導事業の投資投機は有効で、これは殿下のお人柄が周知される前、つまり今が最良投機時期となります。
さて、お陰様で忙しく成りそうです、投機先を精査してみましょうか」
「ふうん、なら情報を一つ。今洛都では佛陀説話、釋尊一代記説話、各経文などの辻説法が流行っている。
内容を分かり易く講談、漫談仕立てにした物だが、殿下は大層興味を持たれていた。
ここ沙海で、洛都の辻講談説法を真似て推奨されるかもしれない、今の内に芸能公司に出資するのも面白いかもな。
講義講話とは話法が違うから、坊さん講釈師から話術を学ぶらしいから。
あと、説話自体を講談仕立てに監修するのも芸能講釈師だから、監修した講釈師によって人気に差が出るし、同じ下りでも笑いの壷に差違が有って面白い」
身分的に、辻講談説法を聞きに街頭へ下向する訳にも行かず、かと言って可馨から聞いていた講談説話から、励明公子が強く興味を持っていた事を、身近に接していた小馨も知っていた。
公子が強く望んだ事で、禁城外宮国学監殿で、紫衣の大学僧正が佛講義の為に召還されたが、公子の望みは講談説法の方で、落胆した事は言うまでも無い。
なので公子は、講談説法は可馨の声色の物しか聞いていない。
「……お詳しいですな胡様、どうして辻講話と芸能公司が繋がるかと思いましたが、成る程そう云う訳でしたか」
「佛説話講談の仕掛人を知っているからね。その御方の発案なのだが、身近なお人なので裏話も知っていたのだ」
講釈師が直接講談説法を語れば良い様に思えるが、説法は宗教活動なので、その宗派宗教家でなければ布教出来ないのだ。
前述したが、優良な納税団体である宗教団体は、国から正式に職業として認められているので、どうしても講談説法をしたければ、演者は出家得度をしなければならない。
勝手に語れば、僧侶や檀家人、在家得度人に捕まって警邏に突きだされる。剽窃罪で罰金刑となる。
後日、果たして目論見は当たり、行政の後押しで各山派はこぞって布教活動を行う。
辻説法は只で聞ける講談娯楽として沙海に流行した。
芸能関係の公司でも、演劇、奇術、雑技では無く投資は講談、落し噺系の芸能公司だ。
出資、投資は成功し、またそれらが呼び水となり、大衆娯楽が活発化するのだが、キリが無いのでこの話はここまでとする。
「大変有益なお話をいただき、有難う御座います。………如何でしょう胡様も協同で芸能公司へ投資をなさいませんか?笑話芸能公司に伝が御座いますので」
「いや、周延殿、香湊の本店の方で商業投資をしたので遠慮しよう。と言うより周物品卸に投資をしたので、芸能公司への投資ならば本店と協同でやって貰えば、配当は付くのだ」
投機は一任、儲けは折半なのだから周家には気張って貰いたいのだ。
話が大分逸れてしまったが、そもそも洛都への旅程ならば、海路ばかりでは無く陸路も選択出来る。
船旅に飽きた小馨にしてみれば陸路をのんびり進んでも構わなくなっていた。
基本、呆れる程雑……呑気な性分であり、洛都に怒られる為に急ぎ帰るのも躊躇われたのだ。
………当初の目的を忘れているかの様だ。
(……まあ、こちらは命の危機だったんだから旱導師には退場して貰うけど、その為に慌てふためいて帰るのもね)
ああ、それに神行歩で進めば暇じゃ無いしな。
わたしの足なら一月掛からない、そうしようか。
善順とマルコ君には騎乗してもらえば良いか。
本気でそんな事を考え始めた。
「所で胡様、お連れ様なのですが、如何成されますか?そちらの胡人の少年は、通行手形が有りますので問題は……いえ、香湊出港証明が問題に成りますが、何とか細工しましょう。ですがそちらの剃髪されたお連れ様は、胡様の手形に裏書きが必要となります」
「ああ、亮順様の用人がそんな事を言っていたな。時間が有れば広州で手続きしたのだが、急遽同道する事にしたから到着先で手続きする事にしたのだ、書類関係は揃っているぞ」
「はい、その様で。ですので本日より七日以内に手続きをしないと、一から申請し直しになります、それが済みません事には客船は勿論、陸路宿場で泊まる事も、移動用に馬を借りる事も出来ません」
手続きを簡略化しただけで、商船の出入関の記録は港湾検査管理局に残る。
なので適当に申請は出来ない。尤も、余程の間抜けで無い限り、七日もあれば申請は終わる。
今の時刻は未の初刻(午後一時)
手形の裏書きなのだから戸籍住民局の管轄に思えるが、それはあくまで戸籍区分の申請登記をするだけで、通関に必要な身分証となる手形裏書き申請は治安維持庁の管轄となる。
治安維持庁の下部組織が警邏局や港湾検査管理局である。
ただ、天湊、沙海は親王直轄領なので、名称こそ同じだが、行政各部署は中央省庁管轄下に無く、あくまで親王行政府管理下に有る。軍部だけが中央禁軍管轄下だ。
なので、時間も早い事でも有り、沙海料理が気になる小馨としては、手形の手続きをしたついでに、沙海料理を堪能しようと考えた。
「周延殿、実は海路にしようか陸路にしようか迷っている。どの道、わたしの手形に善順の身柄記載が必要だから、申請だけは済ませておきたい。なので、道に明るい小者を案内の為に借りたいのだが」
「御安い御用ですとも、それから胡様、今宵は胡様の歓迎宴を開きたいのですが、胡様のご都合は如何でしょうか」
余程の事情が無ければ、断りは無礼だ。本店の指示とは云え、予定外の来客を歓迎するのだ、当然本日の予定は全て白紙にした上での歓迎宴で有り、上客待遇だ。
小馨に断る理由は無い。
「周延殿、歓迎感謝します。そうだ、周延殿、私達は兎も角、善順は礼装を用意していない、借用できれば有難いのだが」
本店で歓待された時に、小馨とマルコは礼装を贈られているのだ。その時の衣装が有る。
行者衣装の件も有るので、暗に善順の採寸を願ったのだ。
極拳士は筋肉隆々とした体格には成らないが、それでも一般人からしたら筋も肉も有る。採寸は必要なのだ。
ここで小馨は、東海人が着用すると云う袴に出会うのだが、余程気に入ったのか終生着用する事になる。




