折角の剃髪なんだから、行者の成りにしよう
「大分兎歩にも慣れたねマルコ君」
兎歩は本当に不自然な歩みで無意識に出来る様になるまで時間が掛かる。
「陸では揺れないので、勝手が違いますね、海上での歩行に慣れすぎました」
無意識に踏める様になると、疲労しなくなっている事に気がつく。マルコの兎歩はまだそこまでは達しては居ないが、滑らかな歩様にはなっていた。
マルコ君の荷物は善順が背負っている、善順は徒手なので背が空だ、鍛練の意味も有るのでわたしは自分で背負っている。
善順も徒手では不便だろうから、沙海の雑貨屋で背負子を買ってやろうか。
周支店で扱っていれば面倒が無くて良いが、……あとスルメも補充したい。
小馨は乗船中に完食していた、気に入った様子では有る。
一行は港湾を抜けて港湾大通りに出る、ここいらは問屋街で、それは湊町ならば大概そうだ。
態々山の頂に問屋街を造る妙な施政者は居ない。
なので香湊の周物品卸本店の様に大通りに面した一等地に支店は有った。
わたし達は客で有るので客用門から周支店に入る、船長もだ。
紹介状、と言うか周大人からの手紙が有るとは云え、周公司内部の岳船長から紹介が有った方が話が早い。だから同道だ。
門を潜るとそこは商屋、客に対応する者が必ず控えている、手代だろうか。
「支店長の周延殿は居るか、本店からお客様を案内した。後、荷物の手配だが、番頭はどこに居るか」
岳船長は海の男だ、物言いがざっくり過ぎる。
小馨一行と岳船長はここで別れる事になる。まあ何時までも付いてこられても仕方ない。
周厳直筆の手紙持参の客だ、上等応接室に通される。
小馨とマルコは外套、帽子を外した旅装なので、それ程でも無いが、善順はどちらかと言えば遊び人風の着流しだ。
まさか船内作業着と云う訳にも行かず、香湊港湾警邏局からの直行なので着の身着のままだ。
周勇と連んで遊び歩いていたと云う事でもあり、洒落者だ。ただ、剃髪した頭がそぐわない。
小馨は士を纏っているが、マルコは素のままだ、そもそも纏う意味が無い。それに白太郎は妙な塩梅に成長していた。
意味が無いのは、小馨とて同じだが赤髪を曬したくは無い。
時間的に全殺害参考人として胡蓮華の手配書が回っている訳など無いが、胡蓮華の特徴として上げられるのが赤髪だ。
赤髪は胡人でも珍しい髪色で、態々記憶に残りやすい頭髪色を曬すのは愚かに過ぎる。
まあ、本音は善順に赤姐バレしたくないだけなのだが。
出された茶を口にしていると支店長、周延がやってきた。
初対面だが、間違い無いだろう、周厳にそっくりだ。少しばかり若くした感じだから、兄弟だろう。
「お初にお目に掛かります、当商館主の周延です、胡小馨様、よくぞお出でくださいました」
両膝を着いた上差手礼だ、商家では上位者に対する一般的な礼法である。
つまり、周厳からの手紙には小馨の身柄に触れる一文が有ったのだろう。
小馨の方も無難な拱手立礼で応じる。
「本店の周大人にはお世話に成りました。周延殿、こちらでもお世話になる事になり心苦しく思いますが、何分若輩者にて世慣れしておりません、ご指導賜ります事を」
社交辞令だ、立礼から分かる様に立場は上なのだ。これが嫌でなるべく身柄を明かしたく無いのだが、今回は仕方ない。
互いに終礼し席に着く。
「胡様、本店の大旦那様からの手紙には、開業府の天湊までの海路手配と有りましたが、こちらは客船の手配で宜しいのでしょうか」
良く良く見れば、周厳よりも歳を経た周勇の様だ、良く似ている。何れ血縁だろう。
「……周延殿、当方の事情はどの辺りまで把握されておりますかな、かなり込み入っておりますが」
その通りである。遨家養女は置いておくてして、まず通行手形が他人の物で、広州では参考人手配をされている。
周家の社員証を本名で発行してもらい、周家の海運船で此処まで来ている。
見ようによっては、周家ぐるみで密出関を支援した事になる。
社員証が本物なのだから言い逃れは出来ない。
周親子は俠者だ、南遨家の伝の件もあり、信頼は出来る。
けれど周延は初対面で人柄は知れない。
同族が俠者だからといって周延も俠者とは限らない。だから手紙の内容も、端折った物かも知れない。
穿ち過ぎかも知れない、だが用心は必要だ、昔話をした事で、昔読んだ武俠冊子を思い出したのだ、たしかそんな心得が書いて有った。
まあ、最悪武力に物を言わすが。
(おお、大姐、調子が出てきたね、善善だ)
茶化すな、まあ士が興味無さげだから心配無いとは思うが。
「胡様、御安心を。兄上…失礼、大旦那様からは、“胡様から多大な恩を被り、最大限に恩顧に応えよ”と指示が有ります。
一族の恩人に報じるは人倫において最上の道理で有ります、決して仇で報いる事は有りません」
「周延殿、周大人は香湊の大俠客で在られたが、周延殿も志しを同じくする方で在られるか」
「ここ沙海に於いて、私は少しは知られた者で有ります。揉め事の仲裁、仲立ちに頼られる事も多数。胡様、御安心を」
本店はヤクザ商家の俠者であったが、支店の方は商家俠客の様だ、信頼しよう。
「心強い事です。信頼しました。
時に周延殿、こちら供の善順と言いますが、見ての通り周延殿に目通りするに礼に叶わない風体です。
既製品で構わないので衣類の類いの取り扱いは無いでしょうや」
「そちらの御方の事は、手紙にはありませんでしたが、胡様所以の方でしょうか。
いえ、ご立派な体躯ですので護衛なのかと」
まあ、剃髪、着流し、武道家体格とあっては普通旅行同行者には見えない。
「訳有ってわたしが預かった従兄ですよ、洛都に連れ帰る所です」
「こ、これは大変失礼を、左様でしたか。此方の商館も本店同様、各種商品を扱っておりますので、後程見立てましょう」
ここで不意に思い付いた、善順は折角の剃髪だ。どの道何を着た所で見栄えはしない。
ならば剃髪を活かして出家身形をさせよう。
(………何でまたそんな妙な事を)
妙かねぇ?ほら、昔読んだ水塞虎伝でそんな話が有ったじゃない、偽恩人一族を皆殺しにした破落戸が、逃亡するのに剃髪して行者に変装するくだりが、それに習おう。
(………だから何でまたそんな妙な事を。それから大姐、相変わらず水塞虎伝は武俠物と認めて無いのね)
面白いから好きな冊子だけど、あれは断じて武俠では無い。無頼戦記物。
(異議有り、妙な仙術が戦記部分に混入するので戦記とは認められないと、兄上が宣っておりました)
じゃ只の無頼物って事で。
(何だよ只の無頼物って、誰得話だよ)
「その事で少し要望が。善順は反省の意味も有り剃髪罰を受けたのだけど、やはり目立ち過ぎる。
そこで出家身形をさせようと思うのだが、行者か巫覡の様な服装は無いだろうか」
前述したが、巫祝、巫覡、行者、道人、修験者なる職は公的には存在しない。
宗教関係者を装おう無宿人が世間一般の認識だが、利点が一つ。
それは一定数は何処にでも存在する者達なので、それらしい格好をすれば、特に目立たないのだ。
少なくとも、剃髪着流しよりは目立たない。
「……さて、僧衣や道服ならば……あっ、いえ、そう言えば、行者と言うべきなのか、先頃取引した東海人から変わった衣装を購入しまして、一見するとまるで長裙(長スカート)なのですが左右の足で別れた下衣なのです。
袴と東海人は言っておりました。あまり見かけない下衣なので、行者装衣と言えばそう見えるでしょう」
「面白そうですね、周延殿、見本を見たいですね」
本人の意見無しにして、どんどんと善順の成りが決まって行く事になった。
善順は結局、行者の格好?で道中を過ごす事となる。割りと似合うのだが、慰めにもならない事だ。
あと件の袴だが、現物を見て気に入った小馨が自分でも購入し、益々正体不明な成りへと変化していった。




