何故わたしが入関審査を受けねばならん
昔話は長い物となった。数日に渡った。それも仕方ない、記憶が曖昧な所もあり、当時小馨は感情が不安定な事もあって、主観ですら無い所も有る。
可馨と互いの記憶を補完しながらの話になるのだが、途中話しを混ぜ返したり、間の手が無茶苦茶だったりして話が進まない。
日中、兎歩の稽古をぶっ通しでする事も有り、また黒靈術の疲労からマルコが寝落ちするなどして、話が終わる頃には沙海に到着した。
天候も然ることながら、海神の庇護を受けているのと水夫達が気張り、海運船は何時もに増して船足が速く感じられた。
実際には黻陵は何もしていないし、何も出来ないのだが、気は持ち様とは良く言った物だ。予定より一日速く到港した。
沙海は独立行政区だ、親王直轄領である。ただし軍権は有さない、あくまでも行政の長としての独立行政区だ。
同様に天湊も独立行政区である、つまり親王直轄領である。
開業府が国土北部に有る事からも知れる事で有るが、中原人は大黄河以北を上位、いや中原中心認識しており、大長巾江以南、ましてや大濡江河口都市の広州は、中原脇の下位に見ている。
なので大交易湊都市で有りながら、香湊は広州管轄行政区である。
周海運公司の輸送船は沙海の商用港に入港する、積み荷の検査に港湾検査管理局の官吏が乗り込むが、元より違法物は積んでいない。
いや、違法ならば積み荷ではなく乗客なのだが、マルコ、善順共に書類は揃っている。なので二人は問題無く入港出来たのだが問題は小馨である。
「だから何でわたしが入関審査を受けなきゃならない」
本来ならば小馨の言い分は至極尤も。
周物品卸公司の社員証を有している事でも有る。出入関の簡易化の為に国の指導の元に申請許可された事業所発行の社員証だ、しかも偽造品では無い。
だが、何処からどう見ても胡人の、それも巫祝巫女……女宣教師の成りをした少女……大童を、疑い無く通関させる程港湾検査管理局の官吏は無能では無い。
そもそも官吏にしてみたら、胡小馨の名前になにがしか覚えがあり、確認の為に港湾検査管理局に同道してもらいたいだけである。
「いえお嬢さん、審査などではありません。この社員証は本物であり、お嬢さん、は胡小馨様ですね、小馨お嬢さんが周物品卸公司の社員で有る事は分かりました」
船長室での事だ。積み荷表や人員名簿の管理は船長がしていた。船長職は船を動かすだけが仕事では無い、善順を欲しがった事から分かる様に、読み書き算盤が出来る人材などそうは居ないのだ、岳船長はこれで有能な人材なのだ。
「では何かね、こちらも忙しい、このお嬢を周物品卸公司沙海支店に案内しなければ成らない。
積み荷の指示も受けなければ成らないしな」
予定より早く到着したのだ、荷下ろしをするにも、倉庫の手配がある。指示が無ければ人工が無為に遊んでしまう。
「いえ、本物だからこそ不審なのですよ、お嬢さんの年頃で大手商屋の社員と言うもの変だし、失礼だが、宣教師、西域人の様に見える、中原人には思えない」
今日は黒士を纏まっている、なので髪色や肌色は黒髪褐色肌に感じて見えても、顔形が胡人そのものだ。
それが大手商屋の正社員とは確かに妙だ、中原の言語風俗を理解していない者を正式雇用する大手商屋も無い。
年令的にも(小馨は成人してはいる)少女?の年頃の様である。
普通に考えれば周物品卸公司ぐるみの詐称だ、だが意図が分からず任意で聴取したいのだ。当然違法性が無ければ入関させるが、有れば港湾警邏局行きだ。
(そこで提案、大姐、思考誘導術を試してみないかね、上手い事行けば上手い事行くよ)
よし、採用。面倒だからさっさとする。
(了解、えい!)
掛け声は必要無い、ノリだ。周家家人何人かに、針の様に打ち込んであった黒靈針を真似て作った可馨の魂殻針だ。施術は人間相手は本日が初めてである、件の亀では実験を兼ねて施術済みだ。
ただ、亀と会話など出来ないので効果の程は良く分からない、気持ち従順になった気がした。
針は頚の裏に打つ、いや何処でも大差無いだろうが、黒靈針は全て頚裏に打たれていた。
これは術効の為では無く、黒靈針を生かし続ける為と思われた、頚裏が一番魂を吸収しやすいのだ。
ただ、ぶっつけ本番なので、黒靈針と同じに施術した。
さて、効果は………
「お役人、わたしは雑胡で生まれも育ちも開業府だ、周物品卸には投資のために訪れて、ノリで社員になった。わたしは若く見えるが、これでも成人している。お分かりか」
全く馬鹿にした応答だが、効果は覿面だった。
「成る程、そうだったのですか、それならば合点が行きます。いや、これも職務ですので悪しからず」
検査官吏が社員証を返してきたので鷹揚に受け取る。
「まあ、良く言われる。童顔なのも考えものだ。お役人、入港許可が下りたと解釈して宜しいか」
「勿論ですとも。船長殿、積み荷にも問題有りませんので此方の輸送船の入港も許可します。これが許可証です」
岳船長は呆気に取られたが、小馨をチラリと見るや納得して頷いた。
許可証を受け取り船名を記入する。
記入した許可証を検査官吏に返した、官吏は記入された船名に被る様に朱印を捺して、半分に千切り、半券許可証を再び船長に渡した。
もう半券は検査管理局で保管する、またこの輸送船が出港する時に、発行された半券を港湾検査管理局に返却するのだ。
返却がされないと出港許可証が発行されない、するとこの国では何処も寄港出来なくなる。
用は済んだとばかりに、一行は下船した。許可が下りているマルコと善順は先に下船して待っていた。
船員は船で待機だ、予定より一日早いので積み荷の手配が分からないからだ。
船長が支店指示を受けて来るまで休息となる。
「当たり前だけど、陸は揺れないんだな船長。うん、この地の地祇は大人しいな」
新しい地では地祇に挨拶の発経をする。
特にそんな習慣慣例は極拳には無い。
如娥娘娘との出合いにより、小馨は地祇挨拶を意識して行う様にした。地祇は如娥、黻陵に繋がると理解したからだ。
銀の簪が有るので、その気ならば即座に二柱に繋がるのだが、信仰とはそんな物で有ろう。
山の神に敬意を払うならば山の麓で一礼する様な物だ。
「さて、お嬢。沙海へようこそ。周物品卸公司沙海支店へ案内するよ。………妙な事はしないでくれよ」
「ああ。時に沙海は何が美味いんだ船長。出来たら亀を食べたいんだが」
「亀も無い事も無いが、有名なのはやはり沙海蟹だ、あと鴨かな。俺は蜻蛉返りで船に戻るが、支店の誰かに案内させれば良い。じゃ行くか、お嬢」
こうして一行は沙海に至った。




