一同大儀。散会!
遨家極拳士達が戻ってきたのは正午(12時)の事だ、
変事の一報を受けたのが辰の終刻(午前9時)前の事だから、驚異的な速度の暴動鎮圧である。
暴動自体は即時鎮圧なので、ほぼ移動や後始末に掛かった時間である。
墨家の一団は躯の運搬に荷車を予め手配しており、荷車待ちだ。なので現地に警邏隊と共に残留している、後で沙蘭が遨家に寄るとの事だ。
宝剣を捧持する白武道衣の拳士を先頭に、紅衣朝服を纏う貴人、その後ろに門下を従えた白武道衣の高弟一同。
それら三百名の集団の最後尾に賊の首魁を入れた檻車が続く。
檻車だが、賊の逃亡はあり得ない、顔面が完全に陥没しており、既に息絶えていることが明白だからだ。
遨家正門前の大通りに賊首魁は晒された。罪状告知の高札は、後で治安維持庁より発行される。
磔に処された賊首魁の前に一同は整列する、警邏隊士は邪魔にならない様に遠巻き配置だ。
京馨がくるりと翻ると、高弟以下門下一同方膝拱手だ、京馨も拱手立礼で応礼する。
「諸君、大儀であった。諸君の尽力により賊の討伐が完了した。感謝する。
王、其方と其方の門下の働き、誠に天晴れ。遨家として厚く報いる、願いがあれば可能な限り聞き届けよう。
墨、いち早く墨家一門に通知し、一門総出での合力、感謝に絶えん。墨家総帥は後程参るが、この場では一族の者として替わりに謝意を受けてくれ。
皆、誠に感謝する。この後、夕刻より諸君の労に報いる為に酒肴を用意する、時間の許す者は参加してくれ」
ザッと音を立て一門は差手立礼に佇まいを直した。
再び京馨は拱手礼を取る、そして終礼と共に宣言する。
「一同大儀!散会!」
タン‼と誰ともなく発経した、一門一同一心だ、それは轟音となり周囲を圧する。
こうして遨家の内乱討伐は終了した。
京馨は王を伴い屋敷に向かう、王は一門高弟としてではなく、遨家家宰としての随行だ。
途中、遨家警備の警邏中隊隊長の挨拶を受け、毋の帰宅を聞き安堵する。
「中隊長殿、娘達が世話になった。どうだろう夕刻に一門の労をねぎらう宴を開くのだが、中隊の皆も参加せぬか?俺の気が済まぬ」
「遨様、有難いお申し出では有りますが、小官達は公務を果たしたに過ぎません、お心置き無く」
「そうも行かぬ、娘達の護衛は、俺が郭殿に請願した事だ、後で郭殿が来る事になっているから、俺から許可を貰おう。
王、警邏の皆に配慮を頼む」
“分かりました”“ご配慮有りがたく”
の返事を受け、京馨は趣閣へ向かう。
そちらが司令部となり家人が集まっていると報告を受けている。
「今戻った、可丘殿、無事で何より。奉可、黄文から、見事な采配を見せたと聞いた天晴れだ。して、可丘殿、可馨を何時まで抱き寄せているのだ、俺が抱けぬでは無いか」
「お帰り京馨、ここまで発経が轟いた、遨家総帥、天下無双は過言では無いな」
「茶化すな可丘殿、あれは皆の発経だ」
「お帰りなさいませ母上、しかし流石は母上です、ご帰宅と共に屋敷の空気が変わりました」
「お帰りなさいませ。正に兄上のお言葉に有るように、大姐も母上の帰宅を察知した様で意識が層の上層に浮上しました。
夢を見ている様子ですよ、覗き見はしませんが」
「おお、可馨そんな事まで分かるのか、安静にしていなくて良いのか?」
「はい、大姐は兎歩経絡を修めたので、身体的な疲労は無いのですよ、私も体操作に慣れる為に今はこうしていますが、起しましょうか?」
「いや、大事無いならば寝かせてやろう、黄邸でも聞いたが、やはり疲労はしたのだろうから」
当主帰宅を聞き付けて、霍と白の両家宰がやって来る
「御当主様、恙が無い賊の討伐、祝着至極に御座いました」
「遨家の武威、斯くのごとしで御座います、感服致しました、御当主様、お帰りなさいませ」
二人が来たと言う事は、兵として出動した守衛、護衛も通常任務に戻ったのだろう。
「さて御当主様、苦言を呈するならば、些か軽挙です。御当主様は遨家極拳総帥以前に、陛下にお目通り叶う、高位朝臣家の御当主に在られます。単身出撃なさるべきでは有りませんでした」
これには奉可も追従する。
「霍家宰の言う通りですぞ母上、鼎の軽重を問われます。三品官位、妄りに動いては成りません狼狽えては成りません」
「ウム、分かってはいるのだ。其方達の申す事は当然の道理だ。
俺が極拳を修めていない、ただの貴家当主ならば、貴人責務の原則に則り私兵を派遣し、屋敷で報告を受けていただろう。
その結果、救援が間に合ったかも知れず、間に合わなかったやも知れず。
だから俺はあの場で出来る最良の行動を取った。俺の知る限りで最強の戦力を先駆けさせ、後詰として私兵派遣をさせたのだ。
どうだ奉可、遨家当主の肩書きを外して考えれば兵法に叶うと思うが」
「ムッ、暴徒の人数や暴動規模など不安材料は有りますが、それを踏まえての強行偵察は兵事に有ります。軍事的選択肢においては、確かにあり得る発想ですね。
母上は李以下数名の護衛戦力を把握して居られた、暴徒を挟撃する事も可能で、救援策としては最も成功率が高いと思われます」
「そうで有ろう。尤も其方達の窮地に座して待つなど出来ぬ。匹夫の勇、溺武小人と笑われ様が己の心は欺けぬ」
「御当主様、なれば特に意見は申しません。貴女様は誠に変わられませんな、御自身の最上を守る為には如何なる悪評を被ろうと曲げられません。お見事な御覚悟に御座います」
「ああ、兄上には負い目を感じているが、俺が遨家極拳を継がねば、遠からず遨家は絶えただろう。ならば俺が奪うまでだった。
俺は遨家極拳が好きだからな、墨の婆様の様に、張家極拳として分派するなど考えられない事だからな」
「お許しを御当主様、その様な意味での発言では無く、何時までも性根が真っ直ぐで感服したと云う意だったのですが、軽率に口を開きました、申し訳有りません」
「構わん。そう言う霍こそ変わらんな、良く仕えてくれている、今後ともに頼む。
それからこの後の事だが、調書を取りに郭价殿が参られる、墨家総帥もな、こちらは挨拶だ、手配を頼む。
そうそう、夕刻に門下を慰労したい、酒肴の手配も頼む、そうだな、四~五百人位だから仕出しで構わぬ」
「御当主様、私兵出動した者達は如何いたしましょう」
「酒宴に参加させる訳にはいかぬから、邸内で馳走を振る舞ってくれ、また危険手当てとして金一両づつ配れ。それから………」
武門武家は吝嗇では立ち行かない、緊急時に動員人数が揃わなくなる。
遨家財務管理の白第二家宰に命じて褒賞金を用意させた。護衛拳士に金十両づつ、李には配下用に別途金百両、王にも金百両を褒賞とした。
財務管理の白を通したのは、遨家の経費とするためだ、前記したが、金銭は使用した分に課税され申告が必要だからだ。
李と王への褒賞は、“隠社”関係の褒賞でも有るので、皆と同列に下賜出来ない、別途となる。
「それから黄、お前の献身に報いたい、望みは有るか」
黄は微笑をするだけで、即答はしなかった。




