1-09. タンクの長男はエルフと固定砲台
ハイオーガは持っている大金棒を威嚇するように地面に叩きつけるが、まだ攻撃してくる様子はない。
「ついてないぜ。まさかこんなところでBランク指定の魔物に出くわすとはな」
「戦うしかないみたいだけど、ちょっと勝てそうにないわね」
「魔法は?」
「貴方たちでいう中級魔法を何発か叩きつけてやればなんとかなりそうだけど、無理ね。30秒の詠唱を待てくれそうにないわ」
「……詰んだか。もうちょい冒険者ってやつを楽しみたかったんだがな」
「そうね。死ぬときはどこにいても死ぬんだから」
ハヤトさんとアリシアさんが軽口を交わすように話しているけど、そこにはあきらめが込められている。
「精いっぱいやってみようよ。せめてたろうくんを逃がすくらいの時間を作ろ」
「そうだな。そのくらいならやれるかもしれん」
覚悟を決めた冬子さんと田村さんは武器を握りしめ、タイミングを見計らうように身構えする。でも俺から見てもそれではハイオーガにダメージを与えられそうにない。
「うしっ、やるか! アリシアはとにかく詠唱でやってみてくれ。ユタカさんは万が一誰か怪我をした場合はすぐ回復する用意だ。ふゆこ、なんでもいいから攪乱してやれ」
「任せて」
「おう」
「はい!」
みんなが決意を固めて強い視線でハイオーガを睨みつける。
「太郎、隙を見て逃げきってくれ。それがこの闘いの勝利だ」
「……」
こんな殺伐とした空気の中でハヤトさんがさわやかに笑った。その笑顔に俺はなにを返事すればいいだろう。
「いくぞっ!」
『グォォォーー!』
ハヤトさんのかけ声にハイオーガは咆え返し、戦いの火蓋が切られた。
大金棒で叩き付けられたらそこで命が終わってしまいそうで、それが可能となる剛力をハイオーガは持っている。そのためにハヤトさんは大盾をオーガに投げつけ、目くらましとして使った。煩わしそうに大金棒で飛んできた大盾を叩き落としたハイオーガに少しだけ隙ができた。
そこへハヤトさんがバスタードソードで喉をさし込もうとしたが、あっさりとバックステップで躱されてしまった。
冬子さんは手裏剣を力いっぱい投げ飛ばすけど、鎧を着用するハイオーガに突き刺さることもなく、手裏剣が力なく地面に落ちていく。目を潰すつもりの手裏剣はハイオーガが左腕で防いだため、冬子さんの顔に絶望の色が一瞬だけ閃いてしまった。
それでも俺に視線を向けてから、すぐさま一撃離脱を繰り返す冬子さんは、きっと自分を奮い立たせていると思う。
先からアリシアさんは魔法の詠唱を始めたが、ハイオーガはオークの家屋だった木組みから焼け焦げた木を掴み取り、詠唱を阻止するためにアリシアさんのほうへ投げ飛ばす。
ハイオーガへ攻撃を斬り込むハヤトさんが体勢を崩したときに、アリシアさんは下級の火魔法でハイオーガの進攻を阻止し、どうにか急場を凌いだ。だけどそれが続くとアリシアさんの魔力は切れてしまう。
たぶんその時が、ヤマシロノホシというパーティの最後になるだろう。
俺を逃がすために、田村さんはずっと離脱するフリして逃亡方向へ動いてるけれど、その度にハイオーガは先読みして進行方向を遮る。俺は元より、こいつはだれも逃がすつもりはない。今までこいつから逃げたやつはいなかったかもしれない。
どのくらいの時間が立ったのだろう、みんなの顔に焦りの表情が浮かんでいる。それを察知したかのように、ハイオーガはニヤリと卑しい笑いを見せ付けた。
「はあ、はあ。くっそー、しつこいぞこいつ……太郎、逃げれそうか」
「無理だろう。こいつ、逃げる方向へ先回りしやがる」
ハヤトさんの問いに田村さんが俺の代わりに答えた。
「アリシア、ふゆこ、やっぱ無理か?」
「ええ、無理よ。魔力が減ってきたし、このハイオーガは詠唱させてくれないの」
「ごめん、手裏剣はなくなった。あたしの攻撃じゃ赤鬼に通じない」
これはヤマシロノホシのパーティメンバーに意思を確認するため、リーダーがみんなに最後にかける言葉だ。
「頼りないリーダーですまねえ、みんな。太郎、ごめんな。危険のないクエストと思ったが、甘かったわ」
「本当にね。この世界に来て、貴方たちと色んな無茶ができたから悔いはないけど、タロウのことだけが心残りになるわね」
「これじゃハナ会長に申し訳が立たないよ。ごめんね、たろうくん」
「僕らが死ぬのはしょうがないとしても、山田君を逃すための工夫をもうちょっと頑張ろう」
みんなから切なくなるお別れの言葉をかけられた。
死を直前に迎えられる時、冒険者ってやつはこんなに平然でいられるものなのか? 取り乱し、泣き叫んで、たとえ敵が魔物でも命乞いをするものじゃないのか。
安全圏内で眺めるだけで、どんな強敵でもいともたやすく葬ってきた家族の傍にいた俺は、自分自身の力を見極めることができたのだろうか。
目の前にいる全員が止まったままでも、勝ち誇ったようにハイオーガは見下ろすだけ。こいつはきっと、こうして敵の心を折り続けてきた。敵が戦いを諦めたとき、こいつは本気の殺意を起こすのだろうな。
俺は井の中の蛙だ。
冒険とはどんなものか、今日までは知らなかったと今さら自覚させられた。だけどね、ハイオーガよ、てめえも俺と同じく井の中の蛙と断言してやる。
お前を倒せるほどの強者じゃない俺だが、お前の倒し方を知っている。お前なんかより、ずっと強い魔物の断末魔の叫びを聞いてきたし、その中にお前の同族が含まれてるんだよ。
だからお前は俺たちが生きるために、ここで死んでくれ。
「——アリシアさん、燃え続ける炎魔法を詠唱してください!」
全員が無言で目を大きく開いて俺を見つめる。
ミスリルナイフをアイテムボックスに収納して、左腕に装着しているミスリルの盾を掲げる。
これで戦闘準備は完了。
収納箱はスキルで消さない。いつもなら戦闘中の移動で邪魔になるだけど、今日の場合は背中を守ってくれる防具になれるはず。
体をハイオーガに向けて、そいつにありったけの気持ちを込めて敵意を飛ばす。
敵が反抗する意思を持つ限り、優勢に立つハイオーガは決して敵を殺さない。その誇り高いプライドを利用させてもらう。
「来いやうらあーっ!」
『グォォォーーっ!』
抵抗する意思を感じたハイオーガが大金棒を頭上に振り上げ、俺だけに向かって吼えかけてきた。
左手はしっかりと取っ手を握り、その拳を右の手のひらを包み込むようにして回復魔法を全身に流し込む。これで瞬時のダメージを和らげる。
持ってる魔力の量なら、先代勇者のかーちゃんでも俺には到底及ばないとチワワマスターが教えてくれた。ただ俺にはそれを使いこなせる魔法がないので、ずっと無用の長物と心から諦めてた。だがこの闘いなら、魔法量は俺にとっては大きなアドバンテージになる。
「大範囲防御」
ミスリルの盾は輝き、魔法の膜が広がる。
ハヤトさんも田村さんも冬子さんもアリシアさんも口を大きく開き、驚きを隠せないでいる。
勝てなくても負けない戦いになるかどうかは、第一撃目で決まる。自信はあるけど確信がないから試すしかない。
さあ、ここからが俺の戦いだ。
「うおーーっ!」
自分を励ますようにこれでもかと叫び声をあげつつ、ハイオーガに向かって突進した。
横方向へ殴り飛ばしてくる大金棒ははっきりと見えるけど、それを待っている俺は足を止めるつもりなどない。
大きな衝撃が襲いかかり、全身に激痛が走った。天地がわからないくらい、地面を転がりまわっているが、流し続ける回復魔法はすぐに痛みを和らいでくれた。
よぉし、めっちゃ痛かったけどハイオーガではやっぱり俺を殺し切れない。負けないことをこれで確信できた。ゆらゆらと立ち上がってからハイオーガを目で探す。
ハイオーガは信じられないと言わんばかりに目を開いて、立っている俺を凝視する。今まで全力攻撃で倒せなかった敵はいなかったのだろうが、それがお前の敗因だ。
「アリシアさん、見てないで炎魔法を詠唱して! その間に俺がこいつを食い止める!」
「あ、は、はいっ!」
いまだに硬直しているアリシアさんへ声をかけた。俺にはハイオーガを倒す力はないけど、エルフのアリシアさんなら、きっと異世界だけにある燃え盛る魔法を知ってるはず。
それがこの戦いでハイオーガを仕留める決定打になるんだ。
「来いっ! 弱い赤鬼! 俺を殺してみろや!」
『グォォォーーっ!』
侮辱された魔物の中では弱くないハイオーガは、肌を鮮血のような真っ赤に染めさせて、猛き叫びで怒気を漲らせ、俺のみに殺意を飛ばしてくる。
二撃目は一撃目よりも強かったがそれだけのことだった。ハイオーガは自分の攻撃を三度も食らった俺が、それでも立っていることにものすごくイラついてる。
四度もハイオーガに叩き飛ばされたが、それでも立とうとする俺へ追撃しようとしたハイオーガに、アリシアさんの炎魔法が直撃した。
『グガァアー』
異世界では火魔法と炎魔法に違いがある。
火の魔法が瞬時最大ダメージなら、炎の魔法は魔法量に応じてじわりじわりと削るようなダメージだ。だから燃え続けているハイオーガは炎を消そうとして、くるくると地面を転がるけど、それでは魔法による炎を消せるはずもない。
「アリシアさん、魔法が消えたらあいつは反撃してくる。二撃目を唱えて!」
「ご、ごめん無理。もう魔力が……」
このままだと1分もしないうちに炎魔法は消えてしまうでしょう。激怒するハイオーガは誇りを忘れて全員をしとめにくるから、ゲームでいうとHPバーが0になるまで、炎魔法を撃ち続けねばならない。
だけど脱力して座り込んでるアリシアさんは青白い表情で返事してきた。周りでハヤトさんや冬子さんが今のうちに逃げようと叫んでいるらしいが、ここでハイオーガを殺さないと復活するあいつは絶対に殺しにかかってくる。そうなれば俺たちが死ぬ番だ。
俺には自分の魔力を使いこなせる魔法がない。
幼いときからずっとそのことがコンプレックスだった俺は、中学生の時にチワワマスターの教えで救われた。
使いきれない魔力の量と俺だけの特別なスキル、魔力譲渡。
自分を世界で最強家族の一員として誇れることがあるとすれば、それは俺が世界最強の魔力運搬者だ。
「アリシアさん、くそオーガを倒しましょう」
「——あ、あなた、なんでそれを」
アリシアさんの左手を握りしめ、これでもかと魔力を送り込む。魔力譲渡は異世界のみに存在するスキル、それゆえにアリシアさんも驚いたと思う。
魔力をもらったアリシアさんは右手を掲げ、聞き取れないほどの速さで炎魔法を詠唱中。燃え上っていく魔法の炎はしっかりと今でも転がっているハイオーガに向ける。そいつが死ぬまで、アリシアさんは魔法攻撃をやめないし、そのくらいで俺の魔力量が枯れることはない。
かの猛牛迷宮の迷宮主人、神獣フェンリルのクワードでさえ、俺とハナねえの魔法コンビには根を上げた。
エルフのアリシアさんがいる今、ハイオーガのお前は敵なんかじゃない!
焼けた肉の匂いが辺りに充満し、猪名川の赤鬼ハイオーガはその命の灯を燃やし尽くした。精神的な疲れで脱力している俺がその場に座り込んでいると、ヤマシロノホシの3人がそばに寄ってくる。
「お前のおかげでみんなが助かった、リーダーとして礼をいわせてもらおう。ありがとな、太郎」
力強く肩を叩いてきたのはハヤトさん、めっちゃ痛いけどその言葉はうれしい。
「また一緒に探索しよ。ね、たろうくーん」
砂や血で汚れている頬へ、冬子さんは触れるように口づけしてくれた。うん、頑張ってよかった。
「ポーターに対する考えを改めないといけないかもしれないが、山田君みたいなポーターはそういないでしょうな」
髪の毛を掻きまわすように田村さんは褒め言葉をかけてくる。えっへん、俺はライセンスでお墨付きのポーターだからな。
「帰れない故郷のことを感じさせてくれてありがとう。今度ゆっくりお話しましょう」
エルフのアリシアさんは右手に両手で握手してくる。ええ、いいですよ。うちにダメエルフもいるんで、ぜひご来店ください。おススメの美味しい料理がたくさんありますよ。
今日はとてもいい日。死にたくはないけど、冒険者になれたこのときのことを、この先までずっと憶えているのでしょう。
週に2回だけの投稿ですが、お読みになって頂き、ありがとうございます。
ブクマ、ご評価はとても励みになっております。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。




