6.09 勇者家族のへっぽこ長男は強くなりたい
本編最終話です!
霧が際限なく広がっている空間、懐かしいと思えるだれかが目の前にいる。
……だれだっけ?
『――やあ、久しぶりだね』
「……あれ? また来ちゃったけど、ここはどこだっけ?」
『まあまあ、せっかく来たんだから、なにも考えないでゆっくりしていきな。
どうせ全部忘れちゃうから』
「……そっかー。それもそうだね」
『放送中の僕っ子転移無双アニメ、あれは面白いね』
「そうでしょうそうでしょう。俺もそう思ってるんだ」
『魔法人形はちゃんと買うでしょう』
「もちろん。予約しといたから心配しないでくれ」
なぜでしょうか。
こいつのことは覚えられないのに、ずっと一緒にいるような気がするし、こいつの趣味がぼくと一緒でなんだか他人とは思えない。
『んん? この魔力の流れは――』
「どうしたの?」
『そっか、妖精が仲間になったんだもんね。息吹が使える妖精は珍しいだよ。妖精王の血脈かな?』
「そうだよ。リリアンってアホな子でさ、いいやつだけど目が離せないくらいバカなことばかりしでかすんだ。
――妖精王の血脈ってなんのこと?」
『ずっと見ているから知ってる。
妖精王の血脈はあれだよ、妖精の女王になる資格を有する特殊体のこと。
――そんなことよりもマカロンは妖精の分だけじゃなく、ちゃんとボクのために食べててよ』
「ん? そりゃ昔からの約束だから毎日食べるけどさ、しばらくはここから出られないじゃなかったっけ?」
『リリアンって子が魔力を分け与えているから、今回はすぐに目が覚めるよ』
「はい?」
『ボクは寝るのが大好きだからあまり邪魔しないで。
それといつも言ってることなんだけど、なるべくここには来ないでほしいな』
「それは――」
『妖精がだいぶ魔力を使ったから補充してやってよ』
「だから――」
『死に目にあうような危険をあまり冒さないで。
その都度にボクが取って代わってしまうからとても疲れるの』
「それはいいけど、もうちょっと話そうよ」
『ボクが作るこの心霊領域は魂を保護するもの、ただすっごく魔力を消費するからあまりやりたくないんだ。
目を覚ませば忘れてしまいでしょうけど、そこんとこはよろしくね。
――じゃあね、おやすみ』
「あ、ちょ、ちょっと――」
親しいそいつが離れていく気がした。
体がポカポカしてきて、とても温かい気持ちに包まれて、ぼくはもう帰らないといけない気がする――
――目が覚める。
……ここはどこ?
血の匂いが辺りを充満していて、吐きそうな気分に襲われる。先までどこかへ心が休まる場所へ行ったような気がした。思い出そうとすると頭痛がしてきて、どうしても思い出せない。
息を吐いて頭を振った。
それは子供のときからあった経験だから、追及するのはもうやめにしたと決めたはず。無益なことを考えるより、今の状況を確かめよう。
ぼやけている視界が少しずつクリアになっていく。
なんで俺がこんな場所に――
――九条さん! リリアン! 鎌本のやつ、俺は中島の野郎に死ぬほど殴られた!
「九条さん! リリアン!」
目の前で九条さんが変わらない笑顔をみせてくれる。
腕にあった腕輪はすでになく、どうやって取ったのでしょうかと考えようとしたとき、それらが目の中に飛び込んできた。
「――っひ! ひーーっ」
——人が死んでる! いっぱい死んでる!
ここでなにが起こったんだ?
視界に鎌本が穏やかな死に顔して床に倒れていて、その横で驚愕したままの死に顔、苦しそうな表情を見せる死人、俺が気を失ったときに、だれがここにいた人たちを殺した。
不意に柔らかいなにかに顔が包まれて、俺はなにも見えなくなった。
「大丈夫よ。落ち着いて、太郎ちゃん」
薄着姿の九条さん。
その大きな胸から心臓の鼓動をじかに感じて、混乱した俺は彼女の体臭で落ち着きを取り戻した。しっかりと抱擁されているため、すぐに呼吸ができないことに気付き、慌てて彼女の腕を軽く叩いた。
「あら、胸が大きいのも問題だわ。気持ちよかった?」
「あ、はい。めっちゃ柔らかいです。
――って、違う!」
九条さんのおかげさまで、平常心を取り戻すことができた。
「あのう、なにがあったんですか?
人がいっぱい死んでますけど、だれがやったんですか?
鎌本と中島、それにそこで死んでる冒険者って強いんですよね、だれが助けに来て――」
熱い抱擁、再び。
——ああー、やっぱ九条さんのお胸は柔らけえ……
……こ、呼吸が!
俺、死んでまうー!
「――落ち着いた?」
「はい、死にかけました」
腕を叩いての合図でも九条さんは放してくれなかったので、本当に死ぬかと思った。
「いいこと? 太郎ちゃんはなにも知らないことにしてほしいの。
ここにいる人は全部わたくしがやりましたから、後始末は副会長のわたくしが後で公表するわ」
「え、えっと――」
「――太郎ちゃんはなにもしらないし、なにも見てない」
「……はい」
たとえばなぜ九条さんの後ろにいる三人のエルフが俺にすっごく熱い眼差しを向けてくるとか、本当は聞きたいことがたくさんあるけれど、九条さんから発するなにも聞くな! みたいなオーラに口を閉ざすしかなかった。
「タロット、起きた?」
「ああ。おはよう、リリア――なんで透明になってる!」
「え? だってえ、魔力がほとんどないんだもん」
「ちょっとこっち来い――魔力譲渡」
相棒が幽霊みたいに透けてしまい、魔力がないことを告げられた俺はためらうこともなく、ありったけの魔力を送ることにした。
そう言えば、気を失っている間にだれかが俺にリリアンへ魔力を補充しろと話していた気がする……
——くそっ! 思い出せない。
そんなことよりもリリアンに魔力を譲渡することが先決だ。
ここにあった死体は九条さんの指示で、リリアンの亜空間に収められた。
扉の所にある大きなアダマンタイトの塊は俺のアイテムボックスに収めて、後で九条さんに渡すことになっている。
こんなに巨大なアダマンタイトの塊なら、たくさんの武器装備が作れるだろうと感嘆した。
なぜここにアダマンタイトがあるかは知りたいと思ったが、九条さんは絶対に教えてくれないから聞くだけ無駄というものだ。
「太郎ちゃんのものはこの部屋に置いておくわ。
シャワーでも浴びて、ゆっくり休んでなさいな。
10時間後に尋ねに来るからどこにも行かないでね」
あり得ないほどの魔力を使って、元の姿に戻ったリリアンと仲良く、晴れやかな笑顔の九条さんによって、大きなツインルームで軟禁された。
かーちゃんたちともすぐに連絡したいと思ってたので、別にどうということはない。
『良かったぁ……今回はすぐに意識を取り戻したのね』
「え?」
ビデオ通話が繋がり、しょっぱなからムスビおばちゃんがわけの分からないことを言う。
『あなたのおかげよ。ありがとう、リリアン』
「いいよ。リリアンも知りたかったことがわかったから」
『リリアンちゃーん、あなたは山田家の恩人よー』
『いつでも我が家に帰ってこーい、好きなだけ甘いものを食わすからー』
「やたー! リリアン、甘いものならなんでも食べるー」
スマホの前に来たリリアンが、仲良さそうにムスビおばちゃんと両親に俺の知らないことを話している。俺が気を失っている間になにが起きたのだろうか。
——よし、後でリリアンから詳しく聞いてやろう。
『リリアン、今日のことは太郎に内緒。
お礼に試作のパッションフルーツ味のマカロンが食べ放題よ』
「うん! リリアンはタロットになにも言わないから、ぱっしょんふるぅつ味のマカロンちょうだい」
ムスビおばちゃんに読心されて、先に手を打たれた。
この妖精はアホなくせに約束はキッチリと守るから、こいつから今日の出来事を聞くことはもうできない。
——ちくせう!
『山城へ行ったばかりで悪いけど、ヒナの用事が済んだら家に帰っておいで』
「うん。そうする」
『タローちゃーん。かあさんが美味しいご飯を作って待ってるから、すぐに帰ってらっしゃい』
『いや、それだと太郎のやつが帰って来ないからかーちゃんは飯を作るな』
『なんですってええ!
あなた、久しぶりにお説教されたいようね。こっちに来なさい!』
『違うんだ! 本当のことを言ったのに――』
『お説教のフルコースよ!』
『うわーーー……』
——オヤジ、息子の俺はあんたの尊い犠牲を忘れない。でもどうせ喜ぶんだから心置きなく逝ってくれ。
『アホたちが行ってよかったわ』
「まったくその通りだよ」
『ふふふ。あんたがすぐに目を覚ましてよかったわ』
「え?」
『とにかくそっちの用事を済ませたら すぐに帰って来なさいよ』
「あ、はい……すぐに目を覚ますってどういうこと? ねえ――
って、切ってやがるし」
なんも解明できないまま、ムスビおばちゃんに通話を切らされた俺は、最後の望みをかけてリリアンと交渉してみる。
「な、なあ。リリアンが起きたことを教えてくれば一日三回のマカロンをなんと、五回に増えるんだぞ」
「ええー、いいよ。
ムスビはこんてなっていう、とても大きな倉庫くらいに入ってるマカロンをくれるから、リリアンはケチなタロットからもらわなくてもいい」
にべなくリリアンから断られた俺は浴室へ行って 泣きながらシャワーを浴びることにした。
「太郎様は私たちの恩人です。
囚われている姉妹たちを救い出しましたら、エルフのコモロ一族はあなたのご恩に報いるまで、お仕えしますわ」
「――俺がなにかしたようですが、仕えるとかはどうか勘弁してください」
会うなりに土下座してくるエルフ三人衆。
エルフの土下座に対して、俺は人間の土下寝でお返しする。
特に俺とキスしたエルフさんからの灼熱なる視線に耐えられそうになかった。恩返しとか、仕えるとか、いったいなんの冗談のつもりだ。
思い込みで話しかけてくるんじゃありません。
「はいはい、あんたたちもそこまでにしときなさいよ。
太郎ちゃんが困るじゃない」
「そうそう、九条さんの言う通りですよ」
「夜伽の順番を決めて、太郎ちゃんの傍で世話するエルフメイドを決めてからあいさつに来なさい」
「違うっ! 九条さんの言う通りじゃないんですからね!」
——なにサクッと人の背中を刺そうとするの、九条さん。
エルフはこういう手の冗談が効かないから、俺の幸せな人生のためにも、コモロ一族エルフさんの安穏な生活のためにも、頼むからお仕えする行為はぜひやめてほしい。
「コモロ族のエルフはわたくしに任せて、太郎ちゃんは家に帰ってくださいな」
「そうなの?」
「山城と近江についてはしばらくの間ゴタゴタすると思いますから、当分の間はあなたにお願いするクエストがないのですわ」
「そうですか……」
九条さんが専属受付嬢の口調に戻っている。
でも確かに九条さんの言う通り、亀岡の件も片付いてないのに、鎌本やネオジパン党による襲撃が起きたから彼女も忙しいのだろう。
——ここは大人しく従っておくか。
外に出てみるとここは洛南にあるギルドの研修施設だった。
九条さんの連絡で迎いに来てくれたのは綾小路さんたち洛中ギルドの人たち。それに九条家に仕えるおじいさんの執事さんがわんわんと大泣きして、九条さんと抱擁を交わした。
彼女の体は柔らかいので、さぞかし気持ちが良かったのだろうと、ちょっぴりだけ羨ましく思えたのは内緒。
マンションの駐車場まで執事さんに送ってもらい、大量の手土産をもらった。自分の部屋で着替えてから愛車で家路についた。
鎌本に拉致されたこと、中島に殴られてたこと、死体がいっぱいあったこと、九条さんに守られたことなど、自分の弱さゆえに周りに迷惑をかけた。
車を運転しながら、フッと思いついた考えを妖精に聞いてみる。
「なあ、リリアン。俺は強くなれるでしょうか」
「できるかもよ」
「え? 本当に?」
「——きゃっ」
急ブレーキして道端に一時駐車する。
「ほ、本当に技能が固定された俺が強くなれるの?」
「もう。びっくりしたじゃない……
そうだね。世界樹ならなにか知ってるじゃないかな?」
「どうやって強くなれることでも?」
「うーん……昔に女王さまから聞いたなんだけど、森に住む弱いゴブリンがユグドラシルの助言を聞いて、わずかな魔力をうまく操れるようになって、イジメてきたゴブリン相手にざまぁってやつしてたんだって」
「ざまぁって——まあいいや。それでそれで」
魔力を操作する系列なら俺と相性がいいはずだ。
「魔力を操ったそのゴブリンはゴブリンのままでゴブリンキングを倒して、人族も恐れるゴブリン王国を作り上げたんだって」
「ほほう、それは面白いな。その後は?」
「リリアンは女王さまの長ーいお話に飽きたの。
その後は遊びに行ったから知らなーい」
「おーーい!」
ハンドルへ脱力した頭を乗せた。
——使えない妖精め、なんで一番大事なところで遊びに行くんだよ。
女王さまのありがたいお話なら最後まで聞いてやれよな。
「ユグドラシルか……
——そいつはこの世界でもいるのかな?」
「リリアンはユグドラシルがどこにいるかなんて知らない」
「なにそれ……」
気落ちした俺の頭をリリアンが小さな手で慰めるように優しく撫でてくれた。
「あっちの世界にね、ユグドラシルのじいさまとばあさまがいたの。でもダンジョンの転移でばあさまが消えていなくなったのね。
リリアンが思うにはね、こっちにいるじゃないかな」
「そっかー」
そう言えばラビリンスマスターは独自の連絡網がある。帰ったら巨乳のポメラニアンにユグドラシルのことを聞いてみよう。
「きゃあーー! いきなり発車しないでよ」
スキルが固定されて強い装備もできない俺は、今回のことでハッキリと自覚した。
このままリリアンにおんぶにだっこしてもらうわけにはいかない。強くなれる可能性があるのなら、その望みに自分を託してみたいと思わずにはいられない。
自分を変えるのは俺自身のためだけじゃない。
周りにいる人たちのため、支えてくれる人たちのために、自分自身の力で変わりたい。
勇者家族のへっぽこ長男。
昔はそう呼ばれていたよと、いつか笑い飛ばせるように俺は強くなりたい!
お知らせ:
本編はこれで完結いたしました。お読みになっていただき、ありがとうございます。
後日となる番外編を今日に投稿します。
自分では任意で使えない力ですが、太郎が作中で最強な存在です。へっぽこの正体は魔神の魂が混ざってるチート野郎でした。
ブクマとご評価、ご感想と誤字報告はとても励みになりました。心より厚く御礼申し上げます。
ご高覧いただき、誠にありがとうございます。




