6.08 世界最強は勇者家族のへっぽこ長男
太郎無双す! の巻。
畿内でも有数な格闘家、闘鬼の中島はこの部屋に入って来る前に、与えられたエルフを散々と犯してから、これでもかと肉体強化の薬を注射器で自らの肉体に打ち込んだ。
自分が東海道地方尾張本部で、九条という女にこってりと絞られたのは勇者一族の役立たずのへっぽこ長男のせいだ。あいつが手配してもらった緊急クエストを邪魔しなければ、今頃は東山道地方探索協会の副会長になってもおかしくない。
この日ノ本で唯一恐れている鎌本から与えられた指令はたった一つ、へっぽこ長男を瀕死にさせろと。
それは中島にとって飯を食うよりも簡単なことだった。
「中島よ、やってやれ」
そのゴーサインにためらいをみせる理由はどこにもない。鍛え上げられた格闘の技を中島は山田太郎という若者に、わずかだけの手加減で思う存分に叩きつけた。
殴ったら壁と激突する。
蹴ったら天井まで飛ぶ。
自分の前途を邪魔した目の前にいるガキを許す気持ちは、中島にはこれっぽちも存在しない。しかもこいつをかばってた九条が床を這いずって助けようとしている。
その行為で中島は興奮して思わず全力で頭を殴りつけた。
「あ、やべ」
少しだけ焦ってしまった。
もしこいつを死なせたら、鎌本が自分が殺すかもしれないと、中島は頭を机にぶつけた太郎の様態が気になった。
倒れている太郎の手が動いたことに、ホッとする中島は鎌本のほうへ、暴行を続行するかどうか、その確認を取るために視線を向ける。
鎌本は驚いたように目を見開いてる。
その顔を不審に思った中島が振り返ると、先まで血を噴き出し、手足が折れてるはずの太郎がうっすらと体を光らせて、椅子からずり落ちたネオジパン党のじいさんたちを背に、何ごともなかったかように佇んでいる。
「こいつぅ……
――痛みが足りないらしいな。食らいやがれ!」
「――ま、待て」
背後で鎌本が叫んでいるように聞こえたが、すでに攻撃に移った中島は止まれそうになかった。
先と同じように拳は太郎の顔に命中したものの、先と違うのは太郎が吹き飛ばされないということだ。
全力で殴ったはずなのに、手応えがまったくない。
「て、てめえ――」
太郎の右手は動いた。
中島の目に飛び込んでくるのは、太郎の右手にあったはずの魔封じの腕輪が無くなったこと、それとなぜかナイフが握られていることだった。
思考するより前に、太郎の握るナイフが自分の右腕に掠ったことを確認して、それで自分が倒されるはずもないと思った中島が笑おうとした。
そこですべての意識が断ち切られた。
畿内でも有数な格闘家、闘鬼と呼ばれた中島は崩れた人形のように何の反応もなく、そのまま息絶えた。
山田太郎の顔に表情があるとすれば、それは気だるさというものだろう。
後ろにいるおじいさんへ軽く斬りつけると、頬を切られただけの老人がものを言わぬしかばねと化した。
死んだ老人と太郎を眺めていたほかの老人たちから、意味のない絶叫が湧き上がり、老人たちは我さきと扉のほうへ逃げようとした。
右手を掲げる太郎は扉の前に金属の塊を出現させた。
鎌本は鈍い光を放つその金属に見覚えがある。武器装備用の貴重な金属、ラビリンスアタックでほとんど最下層にしか出現しないアダマンタイトだ。
それを山田太郎という、目を赤く光らせているこの若者は、いともたやすく扉が塞いでしまうほどの量を出してきた。
——なにが起こったんだ?
鎌本には急すぎたこの変化についていけないが、ただ一つだけ本能で感じ取ったことがある。
この太郎は先までガキらしくキャンキャンと吠えていた太郎とは別人だ。
泣いて許しを請う老人が一人、また一人と斬り殺され、その殺され方が異常に思えた。
指を切られた人間が死ぬはずもない。
だけど太郎に斬られた老人はだれもかれも死んでしまった。こんなことは鎌本の長い冒険者の経験で一度も見たことがなかった。
ネオジパン党の前原はもう死んだ。
前原に従属の腕輪で操られていた瀬田も放心したまま、抵抗することも泣き喚くこともなく、ただ静かに殺された。
「あのガキはヤバい!
お前ら、生き残りたかったら手加減はするな!
エルフに魔法防壁を張らせるからガンガン撃ちやがれ!」
鎌本の命令でここにいる、護衛で来た三つのAランクパーティが攻撃の態勢に移る。
命令されて魔法防壁を張ろうとする三人のエルフを、太郎は優しい手付きで触れた。腕にあった従属の腕輪が崩れ、エルフ三人は気を失って床に倒れ込む。
這いずることをやめ、ただ惨劇を眺める九条日奈乃に、太郎はエルフたちにしたように彼女の腕を触り、煌びやかな腕輪は跡形もなく崩れた。
閉じ込められた妖精に近付いた太郎が小鳥用の籠を触ると、リリアンという妖精がその場に残り、籠は虚無に帰ったように消え去った。
妖精が太郎へ向けて呟いた言葉を聞いたのは鎌本と九条だった。
「魔神ヴァルラーハ……ここにいたのね」
それがなにかは鎌本も九条も知ることはできない、だけど鎌本は自信があった。
あれは自分も行きたかった異世界にいる超然する存在、それがこの世界で現れた。
「魔神か……
——悪くねえ! やるぞおらあ!」
恐れと慄きで震えるAランクパーティ12人の冒険者を鼓舞して、太郎へ攻撃を仕掛けた。
炎魔法が撃ち出され、魔力で構成する炎の塊が太郎に当たるとそれはいきなり消されてしまう。
味方のことを考えない、広範囲の爆発魔法が起動するがすぐに収束してしまい、何ごともなかったように魔法が鎮静化させられた。
氷の塊が砕け散り、雷の光が暗闇に帰ってしまう。水は力無く床を濡らすだけで、火は部屋を照らすことしか機能しない。
山田太郎にすべての魔法が効かない。
座り込んでしまい、呆然と見上げる魔法士へ太郎は右手のナイフで容赦がなく、命を刈り取る刃が向けられた。
死んでしまった仲間を悲しんで、突撃する戦士の剣を平然と体で受け止め、攻撃が通用しないことに脱力した彼や彼女へ、太郎が送ったのがやはり死の一撃だった。
「なんだお前は! お前はいったいなんなんだあっ!」
Aランクパーティの最後の一人である重装騎士がハルバードを太郎に向けて、全力で振り下ろした。
直撃はしたものの、太郎に傷はなく、折れたのはハルバードの刀身だ。それがそのまま重装騎士の頭に突き刺さり、絶命した重装騎士は膝から崩れ、床に体を預けると二度と立ち上がらなかった。
「これが異世界の力か」
『……そうね。否定はしないわ』
怒ることもなく、いたって平穏な表情で鎌本はモニターに向かって、昔の仲間に問いかける。
それに答えたのは鳳結、勇者の山田明日香と山田勇起は、許す気がない厳しい表情で鎌本を睨みつける。
「……お前らでもこいつに勝てないだろうな」
『ええ、そうよ。あなたの言う通りだわ』
人の世を取り戻そうとして、勇者の山田明日香について行き、鎌本と九条に忘れたくても忘れられない輝いた時代があった。
だけれど、それはもう戻って来ない遠い昔の出来事であると、鎌本は自覚している。
「――はんっ! それでもオレ様が日ノ本最強の冒険者だ。
東海道地方探索協会の副会長として、こいつを生かしちゃおけねえ」
『バカねえ、鎌本くん』
「ふっ。言ってろよ、ムスビ」
両手を握りしめ、拳に力を込めた。
鎌本は昔の先輩たちから視線を外して、生涯最強の敵に意識を向ける。
一撃に賭ける爆発力なら、勇者の山田明日香でさえ、今でも鎌本光には勝てない。
10代の頃、正義に燃えた気持ちが湧き上がる。
「おい、化け物! オレの一撃を食らいやがれ」
山田太郎は答えない、動かない、ただ静かに鎌本を見ているだけ。
全ての力を右手の拳に宿し、それを太郎の頬に全力で撃ち込んだ。
生涯最高の手応えに満足した鎌本が見てるのは部屋に満ちた死体の山、自分が半生をかけて守る抜いてきた人たちが死に絶えてる。
――これでいい、これで時代が変われる。
刀光一閃。
美しい光りだ。オレもそれに負けないくらい、輝ける道があったのかな――
……穏やかな表情で日ノ本最強の冒険者だった鎌本光が死んだ。
静かすぎる空間で血の匂いだけが充満する中で突如、山田太郎は床に突っ伏して動かなくなった。
モニターの向こうで泣いてる勇者の山田明日香を、旦那の山田勇起が慰めてる。
『タローちゃん……う、うう……』
『しょうがないよ、かーちゃん。
鎌本のやつが仕組んだなら、どこにいようと太郎は捕まったんだ』
『わかってるわよ、そんなこと!
でも最低半年はタローちゃんと話せないのよ?
あなたは悲しくないの?』
『悲しくないはずがないでしょうが!』
「ねえ、どういうことか教えてくれる?」
ようやく身動きを取り戻した九条が質問すると、結は死んだ鎌本を一瞥して、彼女に返事しとうと体を向ける。
『これでわかったでしょう。
先代勇者の明日香ではなく、当代勇者の舞でもなく、この世界で最強と言えるのがこの子。
異世界を含めて、太郎が出現させてはいけない最強の勇者』
「……それが隠されてた勇者一族の秘密なのね?」
『そう。これが知られてはいけなかった秘密なの』
「わからないわ! 太郎の力があれば――」
『――モンスターもアニマルもプラントもなにもかも滅ぼせるわね』
「ならなぜ隠したわけ!」
責める口調でモニターの前まできた九条に、結は顔色を変えずに語りかける。
『何もかもって言ったでしょう』
「どういうこと?」
『魔神に乗っ取られた勇者が人間に牙を剥いたとき、たとえ勇者全員でも止められない。
世界滅亡を覚悟に、やらせてみる勇気があなたにはあるわけ?』
「あ……」
操れない巨大な力は危険でしかないことを九条にも理解できてしまった。
もし、魔神化した太郎がラビリンスやモンスターにだけではなく、この世の生きとし生けるものへ刃を向けたら、だれも太郎を止めることはできない。
『そういうわけだから、変な気を起こさないで。
だれもかれも太郎を殺すことはできないの。
この子が瀕死にならない限り、魔神が現れることはない』
「そのために姉様たちは太郎に危険な目を合わさなかったわけね」
『理解してもらえる仲間ができて嬉しいわ。
これからも仲良く協力してくれるでしょう?』
「もちろんですわ。太郎ちゃんはわたくしの専任冒険者なのですよ。
専属受付嬢として面倒見るのは当たり前ですわ」
九条日奈乃と鳳結は山田太郎を守ることに合意した。
鳳結は外部で信頼できそうな協力者を得たことで喜び、九条日奈乃は本当の意味でのワイルドカードを確保したことに心を躍らせた。
「それで、太郎ちゃんはいつ起きるかしら?」
『ふう……今までの経験で最低半年は太郎として起きることがないのよ』
「え? 太郎ちゃんとしてって……どういうこと?」
『うわーん。
――食っちゃ寝タローちゃんがまた現れるわ』
『気をしっかり持て、かーちゃん。
大丈夫、起きたらまた運動させればいい』
泣き崩れる勇者の山田明日香を見て、九条はなにが起きたのかがよくわからなってない。
『……太郎はね、魔神化の後は魂をすり減らして自我を失うの。
意識を取り戻すまでは、魔神の性格が影響して飯を食ってばかりなのよ』
「ええー! 姉様は冗談が好きのはわかるけど、こんなときに言わなくてもいいと思いますわ」
『こんなときだから冗談は言わない』
「それじゃ、魔神化した太郎が魂をすり減らすってのは本当のこと?」
『何度も言わせな――』
「――息吹ぃ」
九条日奈乃と鳳結が会話を交わしているときに、その声が部屋の中で響いた。
妖精のリリアンは体を光らせて、太郎へ回復の光を送り込んでいる。
見る見るうちに透けていく妖精を九条はただ見守るだけで、行動を起こせずに戸惑っていた。
「リリアンちゃん、あなた――」
「う……うん——ここは?」
すっかり透明化になった妖精の姿に驚き、我に返った九条がリリアンの息吹を止めようしたときに、意識を無くした太郎が目を覚まして、寝ぼけた顔で辺りを見回す。
そのことに驚いた勇者夫婦と鳳結は開いた口が塞がないまま、山田太郎をモニターを通して凝視するだけであった。
太郎が最強の巻でした。
下記が魔神化した太郎のスキルです。
――収納箱(虚無)――
【究極のアイテムボックス。無限の収納量を誇り、時空の制限がないために現在の世界と異世界に存在するあらゆる物資を自由に取り寄せることができる】
――絶対防御――
【神からの攻撃以外はいかなる攻撃も無効化させ、魔法攻撃は魔力として吸収する。註:異世界の神は男神カラと女神リアンを残して、そのほかは全て先代の魔王によって消滅させられた】
――極限強化――
【魔神の肉体を持ち、究極の体力と魔力を誇る】
――死の発現――
【傷の多少にかかわらず、生物としての死を与える】
――魔神刀術――
【ナイフ使いとして最高峰の刀術を使いこなす】
――魔力生成――
【いかなる場所でも無限に魔力を生み出すことができる】
――回復魔法(絶)――
【対象とする種族が持つ生物としての最良状態にすることができる】
――全魔法――
【神級と言われる時空魔法や奥義魔法を含め、すべての魔法が使える】
――無限創造――
【あらゆる武器と防具を創り出すことができる】
――技能顕現――
【魔神ヴァルラーハの魂と入れ替わったときに所有するスキルの偽装は解除されて本当の能力が発揮される】
ブクマとご評価していただき、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




