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勇者家族のへっぽこ長男  作者: 蛸山烏賊ノ介
第1章 難なく生きることが目標のへっぽこ長男
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1-08. 人によっては有能な長男

 冒険者パーティのヤマシロノホシは移動用の車両を持っている。表面に薄く伸ばしたミスリルを貼る装甲板、それを外面に装着した魔動車は前方が8人乗りの座席で、後方は荷物が置ける空間を設けている。ハヤトさんはパーティ専用の特注魔動車と俺に自慢した。


 移動中に俺とヤマシロノホシの会話がもり上がった。なんでも勇者一族にポーターしか使えないへっぽこ長男がいると、ずっとギルドでうわさになってたけど、本人を見るのは初めてとのこと。車の中でみんなが気にするなと言ってくれた。


 別に気にしてないし、家族を基準にすると確かに俺がへっぽことして見られるのは自覚してること。でもこういう時は素直にありがとうって答えるべきだ。



 臼井冬子さんはハナねえの同級生で俺の先輩にあたる。顔の防具を外したらその清楚な顔立ちにちょっとドキッとした。比較する対象がうちの家族じゃなかったら、ひょっとすると俺の恋心がクラッとゆれちゃうかもしれない。


 在学中に顔を合わせたことがなかったし、俺らの学級ではマイたち幼馴染がとにかく有名過ぎて、俺はクラスの片隅で目立たたないように、尚人たちとひっそりと生きてた。そのために彼女は俺の顔を知らなかったと残念がってた。


 後輩でしかもハナねえの弟であることがわかったとたん、冬子さんはすごく親切にしてくれた。車内で熱いお茶を零さずに入れてたし、さりげなくせんべいも添えてきた。あんたはどこのばあさんだ。



 川島さんと田村さんは亀岡市の遠征へ参加してたみたい。かーちゃんたち勇者パーティの圧倒的な力に敬服したと、何度も俺の手を握ってくる。


 俺がすごいわけじゃないけど、どう返せばいいかと迷ってたが、とりあえず余所見は危ないので、運転に専念してと川島さんに注意した。近々みんなで来店する約束を交わしたから、かーちゃんにファンが来ることを伝えておこう。



 アリシアさんはエルフなので、言うまでもなく薄い胸の美女。彼女にクララのことを話したら、これまた飛び上がるくらいに喜んでた。向こうの世界ではどこの村に住んでたとかを聞かれたけど、ぶっちゃけ知らんとしか言いようがない。


 子供の時、ダメエルフに聞いたことがあったけど、高い山の近くで深い森の奥に里があるって返事された。どこやねんそこ、そんなことを言われても俺にわかるはずがないがな。


 アリシアさんも店に来たいと言ったので、ハナねえたちにはしばらくダメエルフを同行させないよう、きつく言付けておくと心に決めた。あのエルフは放浪癖があるから、ちゃんと抑えておかないとすぐにどこかへ消えちゃう。



 木津前線キャンプにつくと、冬子さんと川島さんに田村さん、三人が揃って俺の肩を軽く叩いてはとにかく頑張れと元気づけられた。なにをどう頑張ればいいのか、俺にはよくわからないけど、こういうときは頷けばいいと在学中に学習したつもりだ。




「うわさと全然違うじゃねえか。こんなに使えるポーターは初めてだ」


「そうですか、川島さんにそう褒められるとなんだかうれしいなぁ」


「隼人って呼べ。川島さんってなんか初対面みたいで水臭いぞ太郎」


「う、うん。わかりました、ハヤトさん」


 あなたたちとはまったくの初対面ですが、ここはあえてツッコまないほうがいいのでしょう。



「そうね。山は魔石が取れないのでいつもは収入が少ないけど、タロウは採取がとても上手だから助かるわ」


「色々と教えて下さい、アリシアさん」


 迷宮以外の魔物は殺しても消えることなく、死体がそのまま残ってしまう。ゴブリンなどの下級モンスターは使える素材がないので、殺してもなにも取れない。イノシシを討伐すると死体が大きすぎて、運搬に困ってしまうことが多いと田村さんがぼやいたけど、俺の収納箱(アイテムボックス大)なら平気で収納できる。


 アリシアさんは物知りで、名も知らない木に実る果物を採取するたびに果実が持つ効果を教えてくれる。おかげさまでビワとよく似た果物は、必要の素材と調合すれば中級ポーションになると知ることができた。



「ここにビワの群生ありと……山田くん、確かに薬草もあったな」


「はい、ユタカさん。まばらですが、薬草は生えてます」


 田村さんは持っている詳細地図に動物や植物の種類、それに出現する魔物の種族を書き込んでる。横で流れる猪名川へ入っては水深を測ったり、スマホで辺りを録画したりととても忙しい。出発の前にハヤトさんが取り決めた方針で田村さんが記録係を担当してる。


 どうも以前からずっと記録係をやっていたみたいで、記録の仕方はかなり手際がいい。することがないときは田村さんの横で記録のやり方を覗くけど、田村さんは嫌がらずに時折り手を止めて、作業の内容を説明してくれる。


 予想以上に勉強になっているので本当に同行できてよかった。ところでパーティ名であるヤマシロノホシの由来が知りたいと考えが浮かんだが、まだそこまで仲良くないから聞けずにいる。




「前方にニホンザルの群れ発見、こっちに向かってる。個体数不明、アリシアは上方に警戒して。たろうくん後方へ下がって」


 こちらに向かってくる冬子さんは走りながら警告を発した。


 ハヤトさんはバスタードソードと大盾を構えてから冬子さんが来た方向へ体の向きを変え、アリシアさんは杖を両手で握りしめ、木の上へ視線を向ける。バトルヒーラーと自称する田村さんがクォータースタッフを振り回すけど、本人がいわく、体を温めているとのことだ。


 いつものようにナイフと盾を手にした俺はみんなの邪魔にならないよう、後ろへ控えるように下がった。




 手長猿というべきニホンザルは俺からすればわりと強敵。身長は約120cm、石つぶてを飛ばしながら太い枝を振り回した。アリシアさんが使う氷のつぶての魔法を、サルたちが避けたときはびっくりした。


 それよりも木と木の間を蹴りで飛び移り、忍刀と手裏剣で猿を殺していく冬子さんの運動能力は圧巻だった。


 幼馴染の正重は当代勇者パーティの上忍で、隠密行動や体術は間違いなく冬子さんを上回ると思うけど、地形を活用した冬子さんの移動は次を読んでの行動だと理解できた。きっと実戦経験が加算されて、自分の体を上手に扱える人種が熟練の冒険者だと感心した。


 自称サイゾーの正重は勇者パーティの役割で戦闘に加わることが少ないため、あいつにいつか冬子さんを紹介してあげたい。



 ニホンザルは取れる素材がないので、田村さんが川沿いに死体を集めて、アリシアさんの火魔法でまとめて焼き尽くした。今のところ、動物の死体が森にどのように影響するかは研究されてないから、ギルドのほうからパーティにゆとりがある場合は焼却することを勧めてる。



「太郎は本当にやるな。魔法まで使えるとは」


「本当に便利よね。魔法でドライヤーができるなんて、あたし初めて知ったよ」


「ええ、そうね。複合魔法でこういう使い方は見たことがないわ。人族のことをちょっと見直した」


「アハハハ、ソウデスカ」


 返り血を浴びた冬子さんは川の水で洗い流したけど、ここの気温が低いので寒そうにしてたから、火魔法と水魔法を混合させた温風で乾かしてあげた。彼女はすごく喜んでくれたし、アリシアさんも俺の魔法の使い方にびっくりしてた。



 だけど違うんだ。


 アリシアさんがいうこの複合魔法は、ハナねえが得意とする特級魔法である獄炎旋風(ファイアーストーム)の模倣だ。ハナねえの場合は広範囲の敵を一掃する超大型火炎放射器となるけど、()()()()は悲しいことに気持ちのいい即席ドライヤーにしかならない。マイのお気に入りだから別にいいけど。



「ユタカさん、予定地まで後どのくらいだ」


「地図によるともうすぐ笹尾を抜けられそうだ。その先の清水を越えたら島に入る。予定地区の杉生はさらに先だけど、地図にある旧杉生郵便局辺りが杉生前線キャンプの予定地で、今日はその一帯を中心に偵察して、記録が取れれば本日の依頼は完了だ」


 ハヤトさんと田村さんが打合せをする間に、間食を済ませた冬子さんは偵察の任務に戻った。タマゴサンドを食べながらウトウトするアリシアさんがとても可愛らしい。


 川から涼しい風が吹いてきて、満腹の俺もせせらぎの音で夢の国へ誘われそうになったけど、たまに聞こえてくるニホンザルの咆え声で目が醒めてしまう。



 コボルドの集団に襲われたりしたが、ヤマシロノホシのメンバーが相手では返り討ちにしかならない。本日2頭目のイノシシは高さが2.5mの大物で、アリシアさんが放つ氷のつぶてで両目を潰されて、ハヤトさんが脳天へトドメの一撃を加えたら、あっさりと俺の収納箱へ貯蔵物になってしまった。


 田村さんは臨時の収入にホクホク顔でにやけてる。冬子さんの案内で俺たちは本日の予定地である山間にある平野に入った。




「これは……」


「かなり昔の前に焼かれた魔物の集落だな。なにが住んでいたんだろう」


 話し合ってるハヤトさんと田村さんの横で俺も話を聞いている。地図の上でみると旧時代ではこの辺りに杉生郵便局があった。焼かれて炭化した数十の木組みをみると、わりと大きな集落がこの付近で築かれてた。



「死体らしきものは残ってないよ」


「この大きさからするとオークの集落と思うわ」


 集落跡を見回っていた冬子さんとアリシアさんが戻って来た。報告を聞いたハヤトさんが顔をしかめてなにか考え込んでいる。なにを考えてるだろうかと俺が見ていると、田村さんから話しかけてくれた。


「この規模だと100体以上のオークがいたと思われる。それが襲撃されて死体すら残ってないのなら、オーク以上の強敵がこの辺りをうろついてると仮定できる」


「え? オークって、下級魔物だけど限りなく中級に近いですよね」


「そうね、オークは弱くないわ。それにこの壊し方を見ると武器が使える魔物とみるべきね」


 俺が田村さんの推定に驚いてると、アリシアさんが補足意見を付け加えた。


「もう少し辺りを見てみよう。場合によってはギルドにキャンプ設置の回避を伝えねばならん」


 ハヤトさんの提案に反対する人はだれもいなかった。




 そろそろ撤退しようとみんなが集まってきた時に、北側の林が少し不自然に揺れ動いた。


「……ふゆこ、ちょっと見てきてくれ。無理はするなよ」


「うん」


 冬子さんが走っていくと、俺以外のメンバーは無言で一斉に武器を手にした。それを見習って、俺も盾とナイフで武装する。


「太郎、なにかあったら一人で先に行け。ユタカさん、地図とスマホを太郎に渡してくれ」


「ああ」


 田村さんが情報を書き込んでいる地図と自分のスマホを俺に手渡そうとする。



「あ、あのぅ。俺も残ります」


「タロウ、勘違いしないで。今日の貴方はポーター、情報をギルドに渡すのが一番の任務。戦闘になった場合はわたしたちに任せなさい」


 ここに留まろうとする俺をアリシアさんが諭した。反論できないまま、とりあえず田村さんから地図とスマホを受け取って、収納箱に収納する。静かな山間に小鳥のさえずりが鳴きやまない。



 北側の林から数百匹の小鳥が突如、一斉に空へ飛び立つ。



「オーガだ! オーガがいる。()()だ!」


 冬子さんの叫び声で一気に緊張が高まった。

 赤肌のオーガはただのオーガじゃない。迷宮の下層でオーガを率いる上位種、ハイオーガと呼ばれてる。


「逃げるぞ!」


 ハヤトさんの掛け声で南へ逃げようとすると、頭上で()()()が飛び越えた。


 俺たちが逃げようとする方向に、鎧を着こんでるそいつは、大きな金棒を持って俺ら全員を睨んでいる。鎧の隙間から見せているのは赤い肌。ハイオーガは高い攻撃力と、激怒した時に鮮血のような肌へ変わることから赤鬼と恐れられてる。



「なっ!」


『グォォォーー!』


 田村さんが驚愕した面持ちで前方に立つハイオーガを見ていると、そいつは俺たちのほうへ向かって咆哮をあげた。



 どうやらハイオーガ(こいつ)はここにいる俺らを逃がす気がないらしい。


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