6.06 へっぽこ長男は暴力副会長と遭遇
久々に実家の厨房で料理人としての腕を振るい、仕事の後は若葉ちゃん姉妹とリリアンを交えてのアニメ鑑賞大会が楽しかった。俺から学んだ回復魔法付きのマッサージで、マイが優しく揉んでくれた至福の一時を過ごしたりした。
亀岡盆地の戦いと名付けられた戦闘で受けた精神的なダメージを家族たちが癒してくれた。
「それじゃ、行ってくる」
「今度からなんかあったら早く言いなさいよ」
「息子よ、もっと家に居てもいいだぞー」
「タローちゃーん、かあさんが晩ご飯を作るから山城に行くのは明日にしなさーい」
かーちゃんがとんでもないことを企んでるので、俺は健康のために今からすぐの出発を決意した。
山城へ戻ることになったのは九条さんからのメッセージだった。
『ポーターの仕事があるので、すぐに戻ってきてほしい』
いつもと違う文体《点》に頭が傾げてしまった。激務が続いて精神的に参ってしまってるかもしれないと憶測した俺は愛車のアクセルを踏み込んで、アニメソングを大音量で流し、山城の洛中ギルドへ向かった。
上機嫌で音楽を聴いていた俺は幸永からの着信音に洛中ギルドに着くまで気が付くことはなかった。
「てめえがへっぽこ野郎か」
「あんた誰?」
心配そうに眉をひそめる綾小路さんから執務室へ行くようにと言われた俺は、特に警戒することもなく九条さんの執務室へ入った。そこにいかつくて、悪役にしか見えない中年が俺の前に立っている。
「おう、下っ端、口の利き方に気を付けろ。これが目に入らねえのか」
「え? コーモンさん? あんたが有名なコーモンくさいさん?」
「てめえっ!」
『結界』
服にあるバッジを突き出す怖そうな中年へ俺は旧時代から生きてきたギルドのお偉いさんを思い出す。勝手に一人でキレたおっさんが俺を掴もうとしたとき、すぐにリリアンがバリアを張ってくれた。
「――これが妖精の力か」
「答える義理はないね」
舐めるような目付きでリリアンを見つめるおっさんに、俺の警戒度が一瞬にして頂点に達してしまった。
「へっぽこ野郎、自分が所属する協会の副会長くらい覚えてやがれ」
「九条さんがいないなら帰らせてもらいますね」
「待てコノヤロー」
一々キレてくるおっさんが扉のところへ回って、俺の退路を断ちやがった。
「オレが山城探索協会の副会長代理となった鎌本だ。覚えてやがれ」
「山城探索協会副会長の九条さんに呼ばれたので、代理の鎌本という人には用がありませんから退いてもらえますか」
「――てめええ」
なんでこうも敵意をむき出しに噛みついてくるのだろうか。
「あ、更年期障害か」
「敬意ってやつを知らねえガキみたいだな」
「敬意とはそれ相応の人に払うべきものだと考えてますが」
「……」
あれ? もっとキレるかと思ったが意外にも俺を興味深々な目付きで睨むだけでなにもしてこない。
「口がなってねえガキだな」
「まあ、人によっては対応を変えるようにしてます」
「――ふ……ふあはははははっ」
「え?」
いきなり笑い出したけど、この人、大丈夫かな。
「嫌いじゃねえぜ、その態度」
「あ、いや。褒めてくれてありがとう?」
「こういう形で出会ったのが残念だな」
「別に?」
「まあいい――わかった、クエストは九条から出させる。ギルドでオレはお前に構わないようにする。それでいいか?」
「ご配慮、ありがとうございます。副会長代理さん」
「鎌本だ」
「鎌本副会長代理さん」
「……もう行っていいぜ」
鎌本といういかついおっさんが扉の場所を開けてくれたので、俺は早く退室しようと思った。
「――高島にいたサバギン族はお前が逃がしたみたいだな」
「うーん。若年ボケが始まってますのでなんのことかがよくわかりません」
弱めのプレッシャーをかけてくるおっさんにびっくりしたリリアンがねぐらの中へ隠れてしまった。
「そうか、それならしょうがねえ。それはそうと近江へ物運びのクエストが多いから、せっせと運んでくれや」
「冒険者ですから、報酬次第で請け負いますよ」
「違いねえ。行っていいぞ」
「どうも……失礼しました」
にやける顔で俺を見送る鎌本に、山城ギルドで何かが起きていると嫌でも気付かされた。こういうときは正重先生によると情報収集が一番なので、その教えに従おうと俺は綾小路さんと会うことにした。
2階の一番奥にある待合室へ俺は綾小路さんに連れて来られた。
階段から上がってくるときに小声でここなら盗聴される恐れがないことを聞かされた。他の部屋なら盗聴される恐れありと記憶へ深く刻み込むことにした。
「九条さんはすでに一週間以上、こちらへ出勤されておりません。わたしのライバルでありながらなんたる失態を演じられますのか、本っ当に憤りを禁じえません」
「は、はあ……」
綾小路さんがこんなキャラだったとは知らなかった。九条さんをライバル認定するなんて、この人は将来に副会長職を目指しているのでしょうか。それにしては強そうに見えないのだけど。
「山田様って、失礼なことを考えてるって言われませんか?」
「え?」
「人を見てニヤニヤしたり、一人で納得するように頷いたりするのは、見ていて吐きそうくらいに気持ち悪いですよ」
「っんな!」
そういうことか……
マイたちに読心のスキルがあるじゃなくて、俺が思っていることを表に出していることがいけなかったんだ。それは改めようと決意した俺は綾小路さんに感謝するけど、吐きそうくらいに気持ち悪いという表現はないわ。心にトラとウマが住みついたらどうしてくれるかなと怒ってやりたい。
「ふふ、少しは落ち着きましたか?」
「え?」
「だって、すごい顔で降りて来られたですもの。着任した当協会の副会長となにかあったのかなと」
「……ありがとうございます」
そうか、綾小路さんは俺を宥めるためにわざとそういう言動をしたのか。とてもありがたい。
「でも吐きそうくらいに気持ち悪いのは本当のことですから気を付けてくださいね」
「えっえー」
そこはうそであってほしかったなあ。
できる若手の受付嬢はちょっとだけお茶目でいつもより可愛く見える。もしかしてこれも彼女が作り出すイメージかもしれないけど、それはそれでアリだと俺は思う。
「さて、ここから先は真面目なお話ですからね」
「はい」
「山城の探索協会はいま、ヤバいです」
「はい?」
声を潜める綾小路さんは入口の扉に目をやってからまた俺のほうへ視線を戻す。
「一階の受付で気付いたことはありませんか」
「そう、だねえ……知らない顔が多いかなと」
「大当たりです。元々山城に所属する冒険者たちは副会長代理に近江地域のクエストを受けさせられています」
「え?」
「山田様が親しくしておられるヤマシロノホシやセルリアンナイトなどは近江地域で長期クエストを強引に引き受けさせられました。山城地域の熟練冒険者はここ一週間で全員が九条さんの名義による長期派遣クエストで山城にいません」
「そうなんだ……」
二週間ほど家に帰っただけなのに山城の変化がこんなにあったとは思わなかった。
できることならクリスマスイブはマイと過ごしたいし、正月休みはマイとリリアンを連れて山城で初もうでしたい。それにもう師走だから店が忘年会で忙しくなっているのでクエストがないなら家に帰りたい。
だけど、九条さんを放っておいてはいけない気がする。あの鎌本って男は俺から見てもかなりヤバい。
「鎌本副会長代理って、どんな人ですか」
「見た目まんまの人ですよ、鎌本は」
呼び捨てのままで即答された。でもそれでなんとなく人となりがわかった気がする。
「太郎様って、仙人と呼ばれてませんか?」
「あー、九条さんの専任冒険者ですよ」
無言となった綾小路さんが見つめてくるから見つめ返す。うーん、なんだか照れるな。それはそうとして、綾小路さんまで俺を太郎と呼び始めた。これは仲良くなったと考えるべきかどうかが悩みどころだ。
「なんとなくですが太郎様って、どういう人かがわかった気がします」
「そうなの?」
俺って、浅い人間なのかな。みんなに見抜かれている気がする。
「鎌本は日ノ本で勇者一族を除いたら最強の冒険者ですよ。あ、勇者一族と言っても定義的に太郎様は含まれてませんからね」
「うっせー、ほっとけ」
弱いのは自分でもわかっとるわい。
「タロット、おやつはあ?」
「――リリアン様、よろしければ机にある茶菓子を食べてください」
「うん、リリアン、茶菓子食べるー」
すぐに綾小路さんに懐くリリアンは間違いなくチョロインだ。
「少しは現役冒険者のことも勉強をなさってください。もちろん、探索協会のこともですよ」
「はーい」
綾小路さんの言う通り、現役最強の冒険者である鎌本のことを知らない俺はちょっとおかしいかもしれない。ただ、言い訳になるけど、本当にそういうことには興味がないもの。
「先ほどの話に戻りますが、今の当協会はヤバいです」
「ええ、それは聞きました」
「だから太郎様はクエストを受ける際、なにがあってもわたしに通してから受けてください。たとえそれが九条さん名義のクエストであってもです」
「はい、そうします……綾小路さんはなんでこうして俺に良くしてくれるんですか?」
これが俺の疑問だった。
別に彼女とは接点がなかったわけだし、セルリアンナイトとクエストを受けたときに何度か世話になっただけ。その彼女がなぜこうして世話を焼いてくれるのかがわからなかった。
「え? だって、太郎様ってクエストの達成率は高いし、ちゃんと誘導すればこちらの都合でクエストを受けてくれるから受付嬢にしたら業務ボーナスがガボガボ入る、カモがネギを背負うみたいな冒険者じゃないですか?」
「今なんて?」
「なにかおかしいことを言いましたっけ?」
「……」
こいつはあれだな、若手だが確かに大物受付嬢だわ。さすがに九条さんをライバル認定するだけの肝っ玉を持ってる。
鎌本じゃないけど、こういうのは嫌いじゃないぜ。グッスン
「よろしいですか、勝手に言われたクエストを受けるんじゃありませんよ。山城にいるなら九条さんほどじゃないですが、太郎様を守るくらいはこの綾小路でもできることです」
「ありがとうございます」
「さしあたって、いくつか運搬クエストを依頼したいですが、よろしいでしょうか」
「説明してくれればいいですよ」
人を食うような表情で彼女がスッと体を近づけてくる。クラクラしそうなとてもいい匂いが漂ってきた。
「九条さんの家へ行って九条家の名産であるお酒をギルドへ運んできてください」
「はい?」
これって運搬クエストかな? なんて思い悩んでいたら綾小路さんが楽しげに笑い出して、晴れやかな太陽が良く似合う美しいお嬢様だと失礼ながら見とれていた。
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